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「8Kを使った医療の可能性と課題」(視点・論点)

杏林大学 教授 森 俊幸

ことし12月から放送の世界では4K・8K高精細映像の本放送が始まりますが、この技術は放送以外、とりわけ、私たちの医療の世界で革命ともいえる大きな変革をもたらそうとしています。
 今日は、医療の世界ですでに始まっている8K実用化の様子、今後の展望、そして課題についてお話ししたいと思います。

1980年代後半に始まった内視鏡下手術のビデオシステムは性能が不十分でした。組織同士の見分けが難しく、少し出血すると手術解剖がよくわからなくなり、開腹手術が必要になったりしていました。その後、内視鏡手術用のカメラも現在のハイビジョンとなりました。手術の器械や技法の開発とともに内視鏡外科手術の件数は著しく増加しており、2015年には年間総手術件数が20万件を超えています。

ハイビジョンによるビデオシステムも臓器の立体的把握などにも限界があります。このため、さらなるビデオの高精細化や3Dビデオ内視鏡の開発が望まれています。こういった観点から、我々は8K高精細映像の医療応用に取り組んでまいりました。業務用としてはすでに2012年のロンドンオリンピックで8Kによるビデオ収録が行われています。当時のビデオカメラは重量が80kgあり、医療応用は不可能でした。その後8KCMOSセンサーやビデオカメラの開発が進み、2013年にはカメラの重量が2.5kgと大幅に軽量化されました。
我々は動物実験を経て、2014年に世界初の8K内視鏡下手術を臨床例で行いました。
腹腔内臓器が初めてヒトの視機能を超える性能を持ったビデオカメラにより映し出されました。85インチモニターに映し出された臓器はとてもリアルであり、臓器表面のしわすら観察できました。臓器周辺には毛細血管の走行により認識できる3層の膜があることも明瞭に観察でき、その高精細な画像に驚きました。この時点でも、内視鏡カメラは一般臨床で扱うにはあまりに重く、また腹腔内での感度も不足していたために、臨床研究にとどまっていました。

以後も8K高精細内視鏡の開発は進み、2017年には十分な感度を持つ550gのビデオカメラが完成し2度目の臨床研究を実施いたしました。モニターは再び85インチの大型のものを用いました。当初モニターを手術台から離れた場所に設置していましたが、ビデオエンジニアからモニターと外科医の距離は1m程度が望ましいとの指摘もあり、症例を重ねるごとに手術台とモニターの距離を縮めていきました。モニターフレームが視界から消えると自分が術野に没入する感覚、つまり、目の前に組織が迫ってくるような感覚がありました。

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これはあたかも自分が映画「ミクロの決死圏」の医師となったような初めての感覚であり、8Kテレビの没入感が腹腔内映像でも得られることを知りました。今まで我々は32インチ程度のモニターを見ながら手術操作を行ってきましたが、その操作感と8K没入感手術における機器操作感は大きく異なっていました。没入感手術における手術器械の操作感は我々にとり始めての感覚でしたが、自分の手術器械操作が良くなったのではないかと感じました。この没入感手術が実際にどのようなメリットをもたらすかはこれからの研究課題ですが、より繊細な手術器械の開発により、現在より非常に細かい内視鏡下外科手術が可能になると思いました。

8Kの高精細画像の応用はいくつかの分野で進んでいます。
東京オリンピック2020では、ふかんカメラというサービスが始まるようですが、医療用としても同様のアイデアがあります。つまり8Kのふかんカメラをへそにおくことにより、お腹の中の任意部分を2Kから4Kの画質で切り出して表示するアイデアです。この方式のカメラでは、スコープと手術器械の干渉がなくなり、より自由度の高い内視鏡下手術が行われるようになると思います。

8Kカメラの利用により内視鏡下外科手術と顕微鏡下手術の中間の形態の手術が発達してくると思います。このアイデアはすでに眼科や脳外科の顕微鏡手術の代替手段として臨床例にも用いられ始めています。

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眼科医は顕微鏡を覗き込む代わりにモニターを見上げて手術するようになるので、高感度カメラを顕微鏡の代替とする手術はHead up surgeryと呼ばれています。Head up surgeryはこれまで顕微鏡や拡大鏡が必要だった手術を一変させる可能性があります。
血管外科や形成外科の血管や神経同士を縫い合わせることなどもHead up surgeryで行われるようになるでしょう。外科医は繊細な作業の際に、顕微鏡を覗き込む代わりに、背中を伸ばし壁面のモニターを観察しながら手術するようになると思います。
8Kはこれまでのビデオより色表現に優れています。このため色の差を利用した組織境界の表示など、新たな応用の研究も始まっています。
これらが実現すれば、これまでより機能を温存する手術につながるでしょう。

高精細で色再現性が高いため、病理標本や皮膚疾患の遠隔診断ばかりでなく、患者さんと遠隔で対面診断を行うような、遠隔診療の有用なツールとなっていくとも思います。

没入感手術やそれを応用した内視鏡下マイクロ手術、Head-up Surgery、色彩を応用した外科手術が本当に役に立つようになるには、これからの技術・機器開発や外科手技の洗練などが必要であることはいうまでもありません。特にレンズなどの光学系は今までない性能のものが求められています。またこれらの新たな取り組みの手術が患者や外科医にとり、どのようなメリットをもたらすかも、科学的に検証していく必要があります。

8Kで収録したビデオアーカイブの構築もこれからの課題です。内視鏡下手術に限らず、従来の手術の詳細な記録が可能になり、若手医師が手術を学ぶ際の重要な情報源となっていくでしょう。

8Kを用いた外科手術等の実用化までにまだ多くの課題があります。先ほど述べた没入感手術やHead Up Surgeryが実際に行われるようになるまでに、それぞれの手術に最適化された光学系機材の開発に加え、手術器械やテクニックの開発も必要です。

一方、8Kの映像は情報量が膨大であり、その記録、編集、伝送ともに現実的には困難です。現在のインターネットのプロトコールであるTCP/IPでは効率よく8K映像を送れないため、新たな電送方式の開発が必要です。さらには8Kプロジェクターも現時点ではほとんどなく、8Kの手術映像を学会等で多くの人にお見せすることも困難です。これらの機器の技術開発ののちに初めて8K内視鏡下手術の一般化が進むのだと思います。

8K内視鏡の登場により我々外科医はヒトの視機能を超えた手術の目を手に入れました。これまでの歴史を振り帰っても、新しい観察法は外科に大きな革新をもたらしてきました。
8K内視鏡を用いた新たなアプローチは、まだ本邦で始まったばかりですが、世界的な注目を集めています。8K内視鏡を用いる内視鏡下外科手術が近未来の外科治療の一つの形であることは疑いがないと思っています。

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