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「『ふつうのおんなの子』の大切さ」(視点・論点)

JT生命誌研究館 館長 中村 桂子

21世紀に入ってから東日本大震災など色々な災害もありましたし、これからどんな社会になってほしいのかということを考えることが多くなりました。いつの社会にも問題はありますけれども、この頃気になるのは、何か普通の暮らしがしにくくなっているんではないかなっていうことなんです。私自身は、もうこれからそんなに長く生きないかななんて思ってますけど、でも子供や孫、若い人達が生き生き暮らしてほしいと願って、ちょっと、これからのことを考えています。

私は小学校の4年生の時に太平洋戦争が敗戦という形で終わりました。社会全体が貧しい状態でした。私は学童疎開というのをして、夏でしたので、もう毎日毎日おかずがおナスで悲しい思いをしました。ですから、前に食べたアイスクリームがもう1度食べたいなって言って、お友達と、食べられませんので、絵を描いて食べた気持ちになったりしていました。その後、みんなが一生懸命働いて日本は豊かになりました。けれども、豊かさを求めているうちになんだかものすごく競争しなければいけないとか、たくさんのお金を手にするのが一番だとか、何かそんな風な考え方になって、国としても大きな国になろう、経済はもちろん武力まで強くなろう、なんかそんな考え方が強くなってきているような気がいたします。
 
なんかちょっと、しんどいなっていうのが実感ですね。私が求めているのは、ふつうのおんなの子としてのびのび生きること。それがしにくくなっているって思うんです。そこで、『「ふつうのおんなの子」のちから』という本を書きました。でも「ふつう」も「おんなの子」も今ちょっと問題視されますよね。ただ、私は生き物の研究をしていますので、地球上に色んな生き物がいて、蟻もタンポポもみんなそれぞれに生きている。人間も生き物ですから、それぞれに生きればいい、それが普通だって私は思っています。普通に基準があるわけではないんです。
摂食障害という方が「私も普通ですか?」ってお聞きになったんですけども、「もちろんそれは、お苦しいでしょうけれども、そういう生き方もあって、それを乗り越えていっていただきたいな」っていう風に思う、そう申し上げたら、「あ、これで楽になった」って言ってくださったんです。おんなの子っていうのは、私の中にある気持ちなんですけども、私は日常接する人や物や事をよく見て、自分の言葉で考えて、納得しながら普通に暮らす。これを私の普通だとしています。

もちろん男の方にもこういう生き方してらっしゃる方があるので、男性女性という区別をしてはいないんですけど、でも私の気持ちということで、「ふつうのおんなの子」ということを書いています。ただ、私がどういう生き方をしてるかっていうのは、皆さんご存知でないと思いますので、そこで物語の中にいる女の子達、その子達に語ってもらおうと思いました。そこで「赤毛のアン」とか「アルプスの少女ハイジ」とか「若草物語」の4人姉妹、セーラ、ケストナーの「ふたりのロッテ」、私、大好きなんですが、そんな子供達、おんなの子達に語ってもらおうと思っています。

代表として「あしながおじさん」ご存じですよね、そのジュディ、彼女は、実は両親がいなくて、施設で育っています。でも作文が上手なので、それを書いたらば、お金持ちの評議員の方が、大学に入れてあげよう、でもその代わりに、自分にいつもいつも報告の手紙を書きなさいって言われるんですね、そこで彼女は手紙を書きます。その中に彼女の考え方の一番基本が書いてあって、そこが私は、とても好きなので、そこを読ませていただこうと思います。

『最も価値のあるのは、大きな大きな快楽じゃないのです。小さい快楽から、たくさんのたのしみを引きだすことにあるのよ、おじさん、あたしは幸福の真の秘訣を発見しました。そしてそれは、「現在」に生きるということにあるのです。いつまでも過去のことをくやんでいないで、または、さきのことをくよくよ考えないで、現在こうしているこの瞬間から、できるかぎりの快楽を見いだすにあるのです。あたしは、この一秒一秒をたのしむつもりよ。そして、たのしんでいる間は、じぶんがたしかにたのしんでいることを、はっきり意識していくつもりですの。たいがいの人たちは、ほんとうの生活をしていません。かれらはただ競争しているのです。地平線から遙かに遠い、あるゴールへいきつこうと一生けんめいになっているのです。そして、一気にそこへいこうとして、息せき切ってあえぐものですから、現にじぶんたちが歩いている、その途中の美しい、のどかな、いなかの眺めも目にはいらないのです。そしてやっとついた頃には、もうよぼよぼに老いぼれてしまって、へとへとになってしまってるんです。ですから、ゴールへついてもつかなくても、結果になんの違いもありません。あたしは、よしんば大作家になれなくても、人生の路傍にすわって、小さな幸福をたくさん積みあげることにきめました。あなたは、あたしがなりかけているような、こんな女哲学者のことをおききになったことが、おありになって?』
(「あしながおじさん」より ジーン・ウェブスター著 遠藤寿子訳)

なんか、女哲学者なんて言いも言ったりですけれども、でも私は、この考えが大好き。難しい哲学よりもここにほんとの生き方があるような気がしています。他にも好きなところがあります。
「人生で立派な人格を要するのは、大きな困難にぶつかった場合ではないのです。誰だって一大事が起これば奮い立つことができます。また心を押しつぶされるような悲しいことにも勇気をふるってあたることはできます。けれども毎日のつまらない出来事に笑いながらあたっていくのは、それこそ勇気がいると思います。」
これって、本当にそうだと思いませんか?私達、ほんとに毎日毎日、つまらないことかもしれないけれど、悩みがいっぱいありますよね。でもそれにこう、あたっていく、それを積み重ねていくことでほんとに生きるっていうことができるんだなって思います。

そこでジュディは、そういう風に生きていた結果、本当にこんな気持ちになったんですね。
これも好きなところです。「この世は幸福に満ちています。ですから、もしあたし達が自分の身に来る幸福を進んで受けさえしたら、みんなに行き渡るほどたくさんあるんです。ただ、その秘けつは、あたし達の気持ちが素直になるにあり、なのよ。」
ほんとにそうですよね。自然の中で遊んだり、色んなこと、お友達と遊んだり、その小さなことで楽しむ、それが一番大切じゃないかなと思います。
このように日々を楽しむことを幸せに感じる、これが普通の女の子。そう考えますね、暴力は苦手、戦争なんかダメです。特に地球上の全ての人が1つの祖先から生まれたって、私達、生物学者は明らかにしたので、そんな中での戦争は無意味です。

ですから、私のこの本を読んで幸せになったって言ってくださる方がたくさんいらして、今、私は、ちょっと幸せです。ちょっとって言いたいのは、なんだか今の世の中にまだまだたくさんの問題があるって思ってますので、社会が幸せに暮らせるとこになるように、女の子の力で生きていきたいと思っています。


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