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「築地から豊洲へ 世界最大市場の将来」(視点・論点) 

東京財団政策研究所 上席研究員 小松 正之

1603年に徳川幕府による江戸開府と同時に日本橋で魚市場が設けられ、慶長年間に神田に青物市場が、寛文2年に京橋に大根市場がそれぞれ開設されました。大正7年、富山の米騒動が起こり、産地から消費地に食料を円滑に輸送し消費者に届ける目的で、中央卸売市場法が成立しました。そして、関東大震災から11年半の歳月を経て昭和10年2月に築地市場に移転しました。太田地区への移転案や築地現状地整備案などのう余曲折を経て、83年間にわたる幕を閉じ、新卸売市場が10月11日豊洲に開場しました。

小池知事は2年前、知事に当選直後、豊洲移転を延期しました。その理由について、安全性への懸念、巨額で不透明な事業予算、情報開示不足の3点を挙げました。
東京ガスの工場跡地では、土壌や地下水から高濃度のベンゼンが検出され、土壌汚染対策のため盛り土がなされていなかったことが発覚したためです。
 しかし、土壌汚染対策等専門家会議は、7月30日に汚染対策の追加工事を評価し、小池知事は豊洲市場の「安全宣言」を出しました。
 第一次世界大戦後の物資不足と投機から生じた米騒動や、第二次世界大戦直後の食糧難の時代は遠い過去のものとなりました。戦後70年以上を経て、生鮮食料品の流通形態は大きく変わっています。産地、商社から、スーパーマーケットなどに直接販売する「市場外流通」も拡大してきました。

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市場流通は、ピークの9割から、平成20年代には、水産物は5割強、青果物は6割に減少しました。食品流通を取り巻く環境は大きく変容しています。そして、中央卸売市場もその取扱量の減少及び卸売業者の小売りへの直接販売取引の増加とセリ前の荷の先取りなどが見られるのに、卸売市場は既に形骸化したセリ売の販売を基本とした卸売会社から仲卸売業者と小売店を通じた販売を原則としております。
     
 ところで豊洲市場にとって最も深刻なのは、入荷物の減少です。特に水産物の減少が問題となっています。

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日本の漁業・養殖業生産量は、1984年の1282万トンをピークに、昨年は430万トンになり、ピーク時の3分の1近くまで落ち込んでいます。つまり国内の水域では656万トンを失ったのです。
 この間、国内では適切な資源管理と国際情勢の変化に合わせた体質改善が十分に図られず、古い漁業法制度が改革されませんでした。
世界各国は、科学的根拠に基づき、漁業者が獲ってもいい漁獲量の上限、TACを設定して、
個別の漁業者に割り当てられた漁獲数量、IQを導入しました。さらに、過剰投資をしないためにマーケットに合わせて、漁業者間で売買、譲渡できる漁獲割当量、ITQを導入しました。こうして漁業を安定化させたアイスランドやノルウェーの大型船による漁獲物に対しインターネットによるオークションがなされ、そして応札者により落札された漁獲物は、世界中の市場や加工場に直接運ばれていきます。

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 また、オーストラリアのシドニー魚市場株式会社は、ITQを購入してそれを保持し、このITQを漁業者に安価で貸与しています。その漁船はシドニー魚市場に漁獲物を持ち込んでいます。このような仕組みは将来、日本でも検討に値するものだと考えられます。
 豊洲に限らず、全国の中央卸売市場の集荷力は減退し、入荷量の減少は避けられない状況にあります。中央卸売市場は、流通経路も複雑で、小口の配送専門業や手配業などを経由することが多いのです。
 海外の出荷業者は、築地市場のコストは世界の50%増しで、商品の内容にうるさく、安い値段で購入しようとするので、売りたくないと言います。
 また、日本の卸売市場は、取扱い品に関する情報の透明性に欠けているのも問題です。諸外国に比べてICT、情報通信技術の導入が遅れ、水産物は、科学的情報に基づく商品表示が行われていません。せりなどでも魚の評価は、経験に基づく勘に頼り、誰でも理解できる文字化・数値化した情報になっていません。
 また、公営の市場である中央卸売市場は、独立採算の「市場会計」を原則としていますが赤字です。
 最近の東京都中央卸売市場の収益的収入の合計は210億円でした。このうち、市場の本業収入、売上高割使用料と施設使用料は119億円弱で約50%を占めるにすぎません。

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 総事業費5691億円も要した豊洲市場の維持・修繕費は、築地市場のそれに比べて多額です。また、冷却能力の向上が図られたことから、卸、仲卸などの負担額も格段に増大します。一方、収益的収入は、市場の取扱量・金額に比例します。日本漁業の衰退と輸入の減少で、豊洲市場での取扱もさらに減少し、中央卸売市場会計の赤字が増大すると考えられます。この改善が急務であり、これには都民からの十分な理解を得ることを前提として、一般会計からの支援以外に方法はないと思います。
 
 最後に、提言を3つ述べます。
第一に、豊洲市場の主たる入荷物は、日本の200海里内の水産物です。これらの生産量が増大しない限り、豊洲市場は衰退し、消費者への供給の使命を果たすことは不可能です。したがって、卸売会社、仲卸業者などから、日本の漁業者に対して、科学的根拠に基づく持続的な資源管理の実行を迫ることです。そのためにも科学的情報も、市場が資源管理の専門家を雇ってでも入手することが必要です。
第二に、市場に入荷される水産物等の商品については、情報にどこからでも関係者がアクセスできるようにする必要があります。せり、入札等も電子版やデスクトップで目に見える形で行われるのです。デスクトップや端末によって、海外も含めてどこからでも入札に参加できるようにすることが好ましいと考えます。
第三に、コミュニケーションの円滑化です。豊洲市場の建設と移転に際して、東京都、卸売業、仲卸業および売買参加者ならびに青果・漬物・鳥卵業者との間の話し合いが不足しました。今後、豊洲市場の運営にあたっては、各業界と東京都の協議をもっと円滑にすることが必要です。
また、汚染物質の地下水モニタリングに関しては、都が定期的に半永久的に市場内の定点を観測し、その情報を市場関係者だけでなく、広く都民と共有し、定期的な説明会の開催が極めて重要となります。
     

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