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「シリーズ・『日韓共同宣言』から20年② 相互競争的な日韓関係へ」(視点・論点)

東京大学大学院 教授 木宮 正史 

1998年10月、韓国のキム・デジュン大統領が日本を訪問、小渕恵三総理との間で日韓パートナーシップ宣言に署名しました。キム・デジュン大統領は、1973年8月の日本滞在中、韓国中央情報部によって拉致された、所謂、金大中事件の被害者でした。この事件は真相が究明されないまま日韓政府間で政治決着が行われました。それをキム・デジュン大統領は批判してきたので大統領は日本に批判的ではないかという危惧がありました。

しかし、パートナーシップ宣言は、植民地支配であった戦前の日韓関係とは区別された戦後の日韓関係の成果を高く評価すると共に、日韓関係を日韓の間の問題に矮小化するのではなく、国際社会に向けた日韓協力の可能性を切り開こうとする内容でした。そして、キム・デジュン大統領の国会演説も、戦後日本の平和憲法に基づく平和と繁栄を高く評価した点で印象的でした。韓国の大統領は、それまで戦前の日本を批判することはあっても、戦後の日本を高く評価することはなかったからです。日韓関係が新たな時代に突入したと私は確信しました。

 しかし、その後の日韓関係はある意味で「失われた20年」とも呼べるような状況でした。キム・デジュン政権を継承したノ・ムヒョン政権は、2002年9月の小泉純一郎総理の第1次訪朝に直面して対北朝鮮政策をめぐる日韓協調に期待をかけたのですが、拉致問題の顕在化に伴う日本の対北朝鮮世論の悪化により日韓協調は難しくなりました。その結果、歴史問題や領土問題という対立要因が前面に出て日韓関係は悪化しました。その後、イ・ミョンバク、パク・クネ政権という保守政権の成立により「韓国が保守であれば日韓関係はよくなる」という根拠のない期待が日本では高まったのですが、そうした期待は裏切られます。イ・ミョンバク政権末期の2012年8月には「竹島上陸」という外交上の「禁じ手」が使われました。さらに、パク・クネ政権前半期は慰安婦問題が解決されなければ首脳会談には応じないという頑なな姿勢を堅持しました。

しかし、こうした日韓関係の悪化には、指導者の個性だけには還元できない構造的な原因があったと考えます。一言で言うと「非対称で相互補完的な関係」から「対称で相互競争的な関係」への変化に日韓双方がうまく対応できなかったことです。冷戦期、北朝鮮と対峙する韓国の経済発展と政治的安定を、日米が協力して支えました。ところが、冷戦が終焉し、韓国が持続的な経済発展と政治的民主化を達成することで、北朝鮮に対する体制優位は揺るぎのないものになりました。日韓は、市場経済と民主主義という体制価値観を共有し、しかも国力の面でも相対的に均衡のとれた関係になりました。
そうすると、日韓双方の対応に変化が見られるようになります。
日本は、韓国との力の差が縮まってくると、今までのように韓国に譲歩してばかりいられない、もっとはっきりと主張するべきだというふうに変わってきました。韓国も、日本の支援に頼らなくてもよくなったので、もっと正々堂々と日本に対して主張するべきだというように変わってきました。このように、日韓が対称関係に変わると、相互に競争的な側面が浮上してきます。日本では、韓国に負けないように、国内においてもっとしっかり歴史教育や領土教育をやるべきだということになります。私は日韓がいろいろな局面で競争することが悪いことだとは全く思いません。正々堂々と、共通のルールの下で競争することは、双方にとって望ましいことだと思います。しかし問題は、そうした共通のルールが不在のまま競争が過熱し相互に消耗しているように思います。もう少し賢く競争することはできないものかと思います。

したがって、パートナーシップ宣言20周年と言っても日韓の間には、当初、相当な温度差がありました。ムン・ジェイン政権は進歩・リベラル政権であったキム・デジュン政権の後継であったため、パートナーシップ宣言を元来高く評価していました。さらに、2018年に入って韓国の尽力によって南北首脳会談や米朝首脳会談が開催され、北朝鮮の核ミサイル開発をめぐる軍事的緊張局面から、北朝鮮の非核化を前提とした対話局面へと劇的に転換しつつあります。ムン・ジェイン政権は日本の協力を得るためにも、日韓関係を悪化させないように管理しました。釜山の日本領事館前に新たに徴用工の像を設置しようとした労働組合の現状変更を認めなかったのは、その現れだと見ることができます。
安倍政権はパートナーシップ宣言には特別な思い入れはありませんでした。また、韓国主導の緊張緩和もうまく行かないだろうと冷ややかに見ていました。しかし、対話局面への急展開に対応して、拉致問題を解決するためにも日朝交渉に取り組まざるを得ず、この流れに便乗する機会を探ろうとしています。日本も日韓関係を悪化させることは得策ではないとして、その管理に前向きに取り組むことになります。

最近になって、韓国政府のみならず日本政府もパートナーシップ宣言20周年に関心を持つようになった背景には、こうした日韓政府双方の思惑が作用しています。とすると、やはり日韓関係は周囲の要因によって左右されるものでしかなく、それ自体の関係が根本的によくなることはないのかという落胆の声が聞こえてくるかもしれません。しかし、私は国家間の関係において、相互に必要だからその関係を悪化させないように管理していくという姿勢こそが重要だと考えます。日米関係や米韓関係もそうだと思います。振り返れば、20年前のパートナーシップ宣言も、その直前に北朝鮮が発射したテポドンミサイルが日本列島を越えて太平洋岸に着水したという日本の安全保障上の危機があったからこそ、成立したと見ることもできます。
その意味で、今日の朝鮮半島情勢、そして日韓関係は、対北朝鮮関与政策で日米韓が歩調を合わせて協力するという点で、ちょうど20年前の状況に似ていると見ることもできます。私は、北朝鮮が躊躇しながらも非核化の方向に一歩踏み出そうとしている中で、それを後戻りさせないように、日米韓、そして中ロも協力し、その流れを既成事実にしてしまうことが、問題解決のためには重要だと考えます。非核化をめぐる米朝交渉が漸進的ではあるが進む、そこに韓国が積極的に関わり日本も支持する。そして、中ロも建設的な役割を演じるように説得する。その中で、日朝国交正常化とそれに伴う経済協力を念頭に置き、日韓が協力するためにその関係を管理しようとする。以上のような構図です。

最後に、この「失われた20年」の結果でしょうか。日本では、「韓国は元来反日の国なので、日本が何をしたところで反日は変わらない」という諦めにも似た声をしばしば耳にするようになりました。しかし、それは、日本に対する韓国の多様な見方の一部だけを過大に評価しているように思います。今年、韓国からの訪日者数は800万人に迫る勢いです。訪日者数の増加は円安という要因が作用しているからだと言えますが、全人口の2割近くの人が日本に来ている、あるいは来たことがあるということの意味は過小評価されるべきではありません。他方、日本人の訪韓者数は300万人を下回っていますが、韓国ドラマのブームで絶頂に達した韓流も、形を変えながら今日まで生き続けています。
韓国のアイドルは日本の多くの聴衆を熱狂させています。こうした、お互いに顔が思い浮かぶ関係ができることが、日韓関係を変える大きな原動力になり得るのではないでしょうか。

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