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「北朝鮮は何を目指しているのか」(視点・論点)

元公安調査庁 調査第2部長 坂井 隆

北朝鮮の朝鮮労働党・キム・ジョンウン委員長は、先週開催された南北首脳会談を通じて、核関連施設の廃棄を約束するなど、「非核化」実行の意思を改めて示し、膠着していた米朝関係の打開に強い意欲を示しました。
本日は、北朝鮮が言うところの「非核化」とは何を意味し何を目指すものなのか、また、北朝鮮は、それを通じて究極的にどのような国造りをしようとしているのか、といった点について、お話ししたいと思います。

まず、北朝鮮の「非核化」に関する主張と、その狙い及び根拠についてお話しします。
 北朝鮮の主張は、北朝鮮の非核化措置と米国の相応措置を同時並行的に実行していこう、というものです。
その狙いは、そのような相互の動きを推進することによって、米国及び韓国と北朝鮮との関係改善の流れを加速し、自らの体制の安全を確保することにあると考えられます。

北朝鮮の「非核化」実行の意思に対しては、「本当に実行するつもりはない」との懐疑的な見方も少なくありません。しかし、北朝鮮が「非核化」の実行をいつまでも引き延ばせば、米国の強い反発を招き、従前以上の苦境に直面することは必至です。また、米国及び韓国との関係改善はキム・ジョンウン委員長自らの取り組みであるだけに、その失敗は、同委員長の権威失墜にもつながりかねません。
したがいまして、北朝鮮が今後、「非核化」のための実質的な措置に応じる可能性は存在すると見るべきでしょう。ただし、それは、あくまでも体制保全と言う目的実現の目途が確実に見込める状況において、かつ、それに必要な最低限の範囲においてのみ、実行され得るものと考えられます。

では北朝鮮は、何を根拠として、そのような主張をしているのでしょうか。
最大の根拠は、米朝首脳会談で採択された共同声明です。

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それは要約すると、「新しい米朝関係の樹立」という概念の下、米国は「北朝鮮に対して安全の保証を提供すること」を、北朝鮮は「朝鮮半島の完全な非核化に取り組むこと」を約束するものです。共同声明には、両首脳が「相互の信頼醸成が朝鮮半島の非核化を促進することを認識した」との文言もあります。
北朝鮮の立場からすると、この共同声明に基づく以上、北朝鮮がまず「非核化」を先に実行すべき、というのは受け入れがたい要求であり、米国の相応する行動も同時並行的に進められるべき、ということになります。北朝鮮が強く主張している「朝鮮戦争終戦宣言」は、まさにこの「新しい米朝関係樹立」の出発点として位置付けられているとみられます。

このような北朝鮮の主張を外交的に支えているのが韓国及び中国、ロシアによる同調的な姿勢です。なかでも重要なのが韓国との関係です。
そもそも、米朝間の緊張関係は、南北間の対立・抗争が契機となって生まれたものです。そのような韓国が北朝鮮の主張に一定の理解を示しつつ、米国に北朝鮮との関係改善を積極的に働きかけるということの意味は重大です。

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北朝鮮の「非核化」が米朝関係、南北関係に及ぼす影響を図にしてみました。北朝鮮の「非核化」は、米朝関係の改善を引き出し、南北関係の改善・緊密化を加速します。同時に、米朝関係の改善と南北関係の改善は、互いに促進しあう効果があります。北朝鮮にとって南北関係改善の意味は、それだけではありません。南北両政権は、樹立以来長年にわたって体制の正統性を争ってきました。この争いに終止符を打つことは、北朝鮮体制の保全にとって、かけがえのない成果です。
 北朝鮮の「非核化」に向けた動きは、単なる個別的な「見返り」の獲得にとどまらず、このような相互作用の連鎖的な加速化を促進し、もって体制の保全・盤石化を実現しようとの遠大な狙いに基づく戦略的方策であると考えられます。

次に、北朝鮮が「非核化」を通じて、維持保全を目指している国家体制とはどのようなものか、についてお話ししたいと思います。
それは、世界でも他に例を見ない非常に独特な体制です。以下、その特徴を政治、思想、経済の三つの側面から紹介します。

政治面で特徴的なのは、首領ないし最高領導者と呼ばれるトップの指導、権威を絶対的なものとしていることです。そのことは憲法や党規約で制度的に規定されているほか、「朝鮮労働党の唯一領導体系確立の十大原則」と呼ばれる規範を通じて、より具体的に規定されています。

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この「十大原則」は、北朝鮮国民が必ず遵守すべき規範として周知徹底されており、それに違反する言動は、厳しい制裁を受けると言われています。
同時に、国民の大半は、朝鮮労働党及びその指導下にある、青年・女性・勤労者などの団体に加入し、これら組織を通じて、思想教育を受け、日々の行動を統制され、経済建設への積極的な参加を督励される仕組みとなっています。

 次に思想面を見ますと、「10大原則」に掲げられていたとおり、「金日成・金正日主義」で社会を一色化する」ことを国家の最大の目標としています。「金日成・金正日主義」といいますのは、キム・イルソン、キム・ジョンイル両氏が示してきた思想、路線、指導方法などをキム・ジョンウン委員長が継承・発展させたとされるものです。

一方で、国外から流入する情報に対しては、「ブルジョア思想文化」と呼んで、その「害毒性」をしっかりと認識し、国内に蔓延しないよう積極的に努力しなければならないとして、強く警戒し、排撃する方針を示しています。
とりわけ本年には、韓国、米国との関係改善と並行する形で、国民に対し資本主義社会の「腐敗性」、それに対する社会主義体制の「優越性」といった考え方を強調する教育、宣伝活動を強化しているとの指摘もあります。

経済面について見ますと、北朝鮮は、本年4月、「経済建設に総力を集中する」との路線を打ち出していますが、そこで何よりも強調しているのは、「自力更生」という方針です。すなわち自国の資源、材料、技術に依拠した経済の振興が強調されているのです。
 また、かねてより「市場経済的要素の拡大」との現象が指摘されていますが、その実情をみますと、当局がむしろ積極的にそれらの要素を社会主義経済の枠内に組み込み、経済の活性化に利用しようとしているとも言えます。
北朝鮮が「非核化」を通じて、経済制裁の解除や経済支援の獲得などを期待していることは明白ですが、だからと言って、既存の経済体制の枠組みを超えた中国流の「改革・開放」路線を目指していると見るのは早計でしょう。

 結局のところ、北朝鮮の国内政策において認められるのは、その独特の体制の保全に向けた動きです。今後、キム・ジョンウン委員長がソウルやワシントンを訪問したとしても、北朝鮮体制のこの特異な性格が変化するとは考えられません。

以上を要約しますと、第一に、北朝鮮は、米国などの対応によっては、限定的ながらも「非核化」を実行する可能性があるということ、第二に、北朝鮮が「非核化」を通じて目指すのは独特の体制の保全強化であり、いわゆる「普通の国」になろうとの考えからそれに応じようとしているわけではない、ということです。
 このような北朝鮮に適切に対応していくためには、先入観に捕らわれることなく、その実相を冷静・客観的に見極めていくことが重要であると考えます。

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