「人道的な避難所設営と運営を」(視点・論点)
2018年06月25日 (月)
新潟大学 特任教授 榛沢 和彦
みなさんは、災害時に設置される避難所に国際基準があることをご存知でしょうか?わたしはこれまで、様々な災害の避難所で医療活動を行ってきました。またイタリアやカナダの避難所や災害対策も調査しました。今日は、これらの経験をもとに、避難所における国際的な基準にもとづいた避難所づくりと運営方法についてお話ししたいと思います。
国連は紛争や災害後であっても被災者や難民が人間的に安全に生活できる権利があることを明確に認めています。
これを実現するため国際赤十字や人道援助を行っている世界中のNGOが集まって1997年より地球規模で行うという意味で、スフィアプロジェクトという活動が開始されました。スフィアプロジェクトでは人道的な避難所運営のための行動理念と基準そして場所・物資などについての最低基準を明文化しました。
この避難所の最低基準がスフィア基準と言われているものです。これは発展途上国を含めた全世界の災害被災者および難民の人権を守るための最低基準です。このことは重要で、経済的に困窮している発展途上国においても守らなければならない基準であり、先進国では当たり前のものであるはずです。
しかし日本の避難所ではその基準を満たしていないものがたくさんあるのです。たとえば避難所の一人当たりの広さは3.3平米となっていますが、日本では2平米としている自治体がほとんどです。トイレの数は災害急性期、すなわち災害発生から48時間以内では50人に1個、それ以外では20人に1個必要で、男女比で3:1となっています。日本の避難所で仮設トイレが準備されるのは48時間以降であることが多く、長期使用されることからトイレは20人に1個必要です。しかし内閣府が決めた避難所運営ガイドラインですらトイレは50人に1個とされ、男女の比率は記載されていません。これらは明らかにスフィア基準を下回っており、国連の考える被災者の人権を守るための理念に反しています。日本政府はこのことをもっと深く理解し反省して改善すべきです。
実際に東日本大震災の経験があったはずの熊本地震でも避難生活が原因で体調を悪くした被災者も多く、そのため災害関連死亡者が外傷などによる直接死亡者の4倍以上になっています。
一方、イタリアでは1980年のイルピニア地震で震災による直接死亡や外傷数よりも避難生活による死亡および病気発生数の方が多かったことを反省し、災害対策を抜本的に見直しました。自治体中心の災害対策から市民保護の国家機関を設立し、国が直接関与する体制に移行させました。そして市民保護省が設立されてからは災害関連死が直接死を上回ることは無くなっています。
災害対応はほかの欧米諸国もほぼ同様に国が主導して行っています。アメリカでは、防災や災害などの対策に当たる国土安全保障省や大災害に対応する緊急事態管理庁FEMAが、英国では国土安全保障省があります。またEU諸国ではイタリアのように市民保護省があります。東京帝国大学の物理学者で東大地震研究所所にも所属していた寺田寅彦は昭和初期から災害、天災は国難であって、国防と災害対策は国が行うべきと主張されていました。
さてスフィアプロジェクトでは、被災者の人道主義をうたっており、被災者に必要なものを適切に、タイミング良く迅速に行き渡らせることを目標にしています。
2009年に発生したイタリアのラクイラ地震では仮設トイレが発災当日に届き、暖かい夕食が当日夜に供与されました。簡易ベッド、シーツ、枕と毛布がセットになってテントと一緒に翌日までに準備されました。なぜこれほど早く避難所に必要なものが準備できるのでしょうか。
その理由は3つあります。
第一に、法律で避難所には48時間以内にテントやベッド、仮設トイレや食堂などを準備し提供しなければならないことが明記してあること、第二に支援物資が大量に備蓄されていることです。そのための大きな備蓄倉庫が各州にあり、さらにボランティア団体にも備蓄倉庫があります。そして第三に災害支援物資を運搬・配布する職能支援者が多数いることです。
以上のことから日本の避難所環境改善のために必要なことは2つあります。
第一に必要なことは災害救助法など災害関連法の見直しと改訂です。特に市町村中心の災害支援から欧米のような国中心の災害支援への変更が必要と思われます。さらに避難所設営のための具体的な基準、すなわち、いつ・どこに・どれくらいの大きさの避難所を設営し、仮設トイレ、簡易ベッドをどれくらい準備するかなどを明文化することです。
第二は職能支援者組織の構築と国による統括です。欧米などで災害に対応する省庁の構成員の多くは職能支援者です。
職能支援者とは職業を持った一般住民です。災害支援活動を希望して、あらかじめ災害時の対応訓練を受けてから国に登録している人々です。職能支援者は被災地で自らの職業を行います。たとえばコックさんは料理を作る、運転手はトラックを運転するなどです。また職能支援者には被災地までの交通費が国から支払わられ、日当も支給される場合があります。さらにイタリアでは登録している職能支援者に被災地へ行くように連絡があった場合には、雇用者はそれを拒否できない法律もあります。このようにしてイタリアでは災害時に支援する300万人近い登録された職能支援者がいます。
日本でもこのような仕組みが早急に必要です。なぜなら首都直下地震や南海トラフ地震などでは圧倒的に災害支援者が不足するからです。熊本地震と同じだけの支援を行おうとすると警察・消防だけでも400万人以上必要という試算もあり公務員だけでは現実的に不可能です。
最後に避難所の運営側への人道的配慮について考えたいと思います。日本では家族が行方不明になるなかで公務員が住民のために無理して働くことが美談とされているところがあります。しかしこれは被災地の公務員も一人の被災者であると考えた場合に人道的に許されることなのでしょうか。家族を気遣い、行方不明の家族を探すことを認める人道的な配慮が必要なのではないでしょうか。残念ながら日本で今の災害対策を続ける限りこのようなことは続くと思われます。イタリアでは前述したように国が中心となって被災地以外から市民保護省と職能支援者が来て避難所を設営し運営します。もちろん被災地の公務員も協力しますが、日本のように被災地の公務員が中心になって避難所運営することはあり得ません。
大地震を経験したイタリアのラクイラ市の危機管理官は「震災で市町村が避難所を開設するかどうか決める必要は無かった、市民保護省が決め設置した。我々は手伝うだけだった」とはっきりと言っていました。このようにイタリアでは災害支援の必要性は国や州の市民保護省や保護局が判断し、職能支援者と協力して支援物資を被災地まで迅速に運搬・配布し、避難所設営を行い、ベッド、トイレを供給し暖かい食事をその場で作って提供します。したがって被災地の公務員が無理をして避難所運営をする必要は全くありません。これは被災者の一人である被災地の公務員に対する人道的配慮であることは間違いありません。
国内では、首都直下地震、南海トラフ地震など市町村や県レベルでは対応不可能な災害が差し迫っている現在、一刻も早く欧米のように国が中心となった災害対策専門省庁と職能支援者制度の構築が必要だと思うのです。そしてこれらが人道的な避難所設営と運営を実現する唯一の方法だと思います。