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「ものづくり産業の将来」(視点・論点)

東京大学教授・ものづくり経営研究センター長 藤本 隆宏

2018年に入りましたが、国内外の経済や社会は、楽観論と悲観論が同居し錯綜する、わかりにくい時代、ややこしい時代になりつつあります。
それもあってか、これを論じる側の言論界でも、短期的な動きに振り回された議論や、ものごとを一面的にしか見ていない議論など、やや混乱が目立ちます。
こういう難しい時期こそ、我々は、長期的な歴史観と、物事を多面的に見るぶれない視点をもって、ものづくりの議論をしていく必要があります。
私は、国内外のものづくりの現場や企業に足を運ぶ、実証スタイルの社会科学者ですので、今日は、その立場から、昨今の日本のものづくり産業の現状について少し考えてみたいと思います。

まず、日本の製造業の長期的な流れを見ると、1980年代までは先進国間の競争で生産性や品質の優位性を誇った日本国内の優良現場でしたが、1990年代に入ると、バブル崩壊、低賃金国とのグローバル競争、デジタル情報革命がほぼ同時に来るという歴史的な偶然が重なりました。
このため、賃金が中国の20倍というような大きなコストのハンデを背負った日本国内の輸出財産業の現場は、存続の危機に陥り、多くが工場閉鎖され、低賃金国に生産拠点が移されました。
しかし同時に、多くの国内現場が、結局は生き残りました。生産革新により現場の付加価値の流れを改善し、2年で3倍、5年で5倍といった大幅な生産性向上で、粘ったわけです。その一方で中国の賃金も2005年あたりから、ほぼ5年で2倍のペースで高騰しはじめ、いまや日本との国際賃金差は3分の1から5分の1ぐらいに縮まってきました。
その結果、能力構築によって中国など低賃金国の現場に対して3倍から5倍という高い生産性を持つ、優良な国内現場は、約20年の悪戦苦闘の末、長かったトンネルをようやく抜け出つつあります。潮目は変わったのです。

今、全国の優良な現場や中小企業を訪ねると、その多くでは、「今は仕事が来すぎて人手が足りません」という答えが返ってきます。
長年頑張ってきた優良現場に関する限り、低賃金国とのコスト競争に負けて仕事が来ない、という深刻な状況は、ほぼ終わりました。
潮目は変わったのです。
むろん産業現場の実力はまだら模様ですが、最も厳かった過去20数年を、能力構築と生産革新で乗り切ってきた国内優良現場に対しては、私は慎重ながら楽観論を持っています。中小企業でも、実は3割ぐらいは、大企業平均より儲かっているところがあると言われています。
ところが、相変わらず「日本の製造業は低賃金国にコストで負けていずれ消滅するのだ」という、以前に流行った製造業悲観論をまだひきずっている論者もいらっしゃるようです。もっと現場をよく見て、潮目が変わったことを認識すべきだと思います。
製造業悲観論は他にも、①昨今の検査不正発覚が心配だ、②デジタル情報革命に乗り遅れた、③電気自動車へのシフトで日本企業の競争力が失われる、などの悲観論が昨今は多く語られました。これらは一面において正しいですが、その一面だけを見ていると、大局を見失うので要注意です。
たとえば、昨年後半、いくつかの日本を代表する製造企業で、検査工程で長年続いていた不正が次々と発覚しました。これらは法規や契約に対する逸脱行為であり、断じて許されることではありません。こうした不正の発覚が今後も続出すれば、日本の製造業全体が信頼感を失うのですから、重大な問題です。徹底的な解明と再発防止対策が必要です。
しかし一方、一部には、最近、長期間の検査の不正が次々に発覚しているので、日本の製品の品質の不良が増加しており、したがって、日本の製造現場力が最近落ちている、との議論があります。
しかしこれは、検査不正と品質不良の混同、短期と長期の混同、発覚と発生の混同などがある、論理的にも科学的にも誤った推論と言わざるをえません。こうした混乱した議論が続くと、そうした言論自体による風評被害の恐れも出てきます。せっかくちゃんとやっていて、上向きであったものづくり企業や現場にまで、受注減など、深刻な影響があるので、非常に注意深い議論を我々もすべきです。
そもそも良い品質は、①製造現場による「品質作り込み」の工程能力と、②検査部門の厳しく正しい検査の2つによって達成されます。この二つを分けて考えるのが、良い品質管理の基本です。

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今回起こったのは、このうち検査部門での不正ですが、もしも、①製造部門の品質作り込み能力が十分に高く、②検査部門の検査基準が社会や顧客の許容範囲に対して十分に厳しいものであれば、たとえ検査に不正があっても、顧客に対する品質の不良は発生しない可能性が高いのです。
実際、今のところの報告を見る限り、「検査の不正はあったが、それに起因する品質の不良は見つかっていない」ということであり、品質作り込み能力が十分に高くなければ、そういうことにはならないのです。
つまり、検査不正=品質不良=現場力低下、という議論は、一見わかりやすいが、実はかなり誤った推論なのです。
「デジタル化に日本の製造業が出遅れた」という議論に関しても、「重さのある地上の世界」と「重さの無い上空の世界」の動きを混同しない必要があります。

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確かに、重さの無いICT=情報・通信に関する技術の世界では日本は出遅れており、そこを牛耳る、いわゆるプラットフォーム・リーダー企業はグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックなどアメリカ勢ばかりで、日本のものづくり企業は当面、制空権を握られた状態で戦うしかありません。
しかし、地上の世界には依然として、強い現場が「すり合わせ型製品」を作る日本企業が多く存在します。
その地上と上空がつながりつつある現在、たとえばスマホに数百以上入っているセラミックコンデンサーという、1個1円以下の部品を1兆個以上つくっている日本企業が、圧倒的なシェアと高い利益率を出しているように、強い本社がしっかりと業界標準を取り、強い現場が従来の力を発揮し続ければ、日本企業にも勝機は十分にあるのです。
さらに言えば、今、上空と地上をつなぐ低空の領域が、標準化やエコシステム作りの主戦場となっており、インダストリー4.0、エッジコンピューティング、IoTなどは全て今低空領域の戦いです。日本でも、ネットワークの標準化などで、さらなる産官学連携が必要でしょう。
電気自動車に関しても、モーターの入ったハイブリッドカーなどの電動車とエンジンの無い電気自動車を混同すると議論が混乱します。電気自動車のシェアは、今は1%以下です。10年後ぐらいに出るかもしれない次世代の電池のエネルギー密度によって、2030年の電気自動車のシェアが10%以下か30%以上か決まってくる、というような長期戦になるでしょう。
電気自動車には良いところも欠点も両方たくさんあり、高性能な電気自動車は、そんなに寄せ集めで簡単には作れません。このように、物事の両面をしっかり押さえたうえで、冷静な議論を続けるべきです。明日にも電気自動車への全面シフトが起こる、というわけでは全くありません。
このように、経済も技術も大きく変化する時代に必要なのは、①長期的な歴史観と、②多面的な産業論、③そして地道なものづくり論の3つです。
一面的な議論は、それが上空のデジタルシフト論であれ地上のエネルギーシフト論であれ、結果的には間違いやすいのです。
物事の両面をバランスよく見ないと間違える、
そういう「ややこしい時代」に我々は今、さしかかっているのです。 

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