NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「羽生善治 永世7冠達成」(視点・論点)

棋士 勝又 清和

 12月5日、将棋の竜王戦第5局が行われ、挑戦者の羽生善治棋聖が渡辺明竜王を破り、15期ぶりに竜王位を奪還し、「永世7冠」を達成しました。このニュースは日本中を駆けめぐり、数多くのメディアが前人未到の偉業と取りあげました。
今日は、永世7冠の意味、羽生竜王の強さ、そのすごさについてお話ししたいと思います。

s171220_01.jpg

羽生竜王は1970年9月27日生まれの47才、1982年にプロの養成期間である奨励会入りし、1985年に15才・中学3年生で四段に昇段しプロ棋士に。1989年、19才の若さで竜王位を獲得、そして1996年、25才の時にタイトル全てを同時に獲得、史上初の七冠王になり、社会現象ともなる羽生フィーバーが起こりました。その後もタイトルを保持し続けて将棋界の第一人者として君臨しています。

s171220_02.jpg

羽生竜王がこれまで獲得してきたタイトルの数をご覧ください。
すべての棋戦で驚異的な活躍をしているのがお分かりいただけると思います。
将棋界には現在8つのタイトルがありますが、最近できた叡王戦にはまだ永世称号がありません。
「永世」の称号は、1949年に名人を5期獲得すれば引退後に「永世名人」を名乗る資格を得ることになったことに始まります。その後に創設されたタイトル戦にも永世称号が作られました。棋戦によって条件は違いますが、どれもハードルは高く、永世竜王の条件は連続5期獲得か通算7期獲得です。
羽生は2008年には名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖の6つのタイトルで永世称号の資格を得ていましたが、永世竜王だけは3回のチャンスを逃してまだ獲得していませんでした。今回渡辺明棋王との7番勝負を4勝1敗で勝ち、7期獲得で永世竜王の資格を得たのです。
これで羽生の獲得タイトル数は99期となりました。19才で竜王を獲得してから、28年後の現在まで202回のタイトル戦があったのですが、その約半分を獲得したわけです。
 対戦相手が弱かったわけではありません。
羽生竜王より20才以上上の世代には中原誠16世名人・米長邦雄永世棋聖・加藤一二三九段と歴戦の強者がそろっていました。現在55才の谷川浩司九段は17世の永世名人の資格を持ちます。羽生の7冠達成時の対戦相手ですが、谷川は後に羽生から竜王と名人を奪いました。
 同世代には羽生より先に永世名人の資格を得た、森内俊之九段、永世棋聖の佐藤康光九段、タイトル6期の郷田真隆九段、竜王3連覇の藤井猛九段、名人2期の丸山忠久九段がおり、故村山聖九段もいました。
 さらに42才の久保利明王将、33才の渡辺棋王、29才の佐藤天彦名人と中村太地王座、25才の菅井竜也王位と、下の世代から猛烈な突き上げがありました。
その強敵と30年近くも戦い抜いて 永世七冠を達成したのです。いかにすごいことか分かって頂けましたでしょうか。

今回、私が強く印象に残ったのは、永世七冠達成後のインタビューでした。
このインタビューから羽生竜王の強さが読み解けるように思えます。
まず、この言葉からご説明しましょう。

s171220_03.jpg

「将棋は長い歴史がある伝統的な世界ですが、盤上で起こっているのは基本的にテクノロジーの世界なので、日進月歩でどんどん進んでいます。過去の実績にとらわれることなく、常に最先端を探求していくという気持ちでいます。」
この「テクノロジー」とは定跡やセオリーの進化を指しています。これまで「藤井システム」や「横歩取り8五飛」のような数々の革新的な戦法が生まれましたが、さらに今、コンピュータ将棋によって将棋の定跡は大きく変貌しました。
羽生は、その最新の戦法を柔軟に取り入れています。
今回の竜王戦でもその姿勢はあらわれています。

s171220_04.jpg

第2局では羽生は「雁木」を採用しました。雁木は古くからある構えですがプロではあまり評価されていませんでした。ところがコンピュータ将棋が高く評価をすることで若手棋士が研究し、公式戦で成果を上げて大流行しました。
羽生は雁木から工夫した駒組みでリードし、押し切りました。一方で羽生の得意戦法である矢倉は、先手では半年以上も採用していません。
羽生は「時代によって将棋のセオリーも定跡も変わっていく、臨機応変に対応するのが大事だ。」と、よく語りますが、まさに臨機応変に戦法を選択していることがわかるでしょう。
また、「長時間有利であっても1手のミスで負けてしまうのが将棋でありますので、最後までテンションをあげて集中していくことを心がけています」
という言葉もありました。

s171220_05.jpg

羽生将棋を語るときに、最後、すなわち終盤の強さは欠かせません。
竜王戦第4局での終盤戦を見てみましょう。

s171220_06.jpg

s171220_07.jpg

加藤九段は羽生将棋について、「「玉の腹に金」など、直感で判断したら多くの高段者やタイトル獲得経験者でも「疑問」とされる手でも、その先まで読んで決断している。」と語りますが、図の△8八金はまさにその通りの1手です。
玉を横から追いかけ逃がしてしまうので指しにくい1手なのですが、その後進んで図の△6八飛という絶妙手で捕まえました。渡辺も、検討・解説していた棋士も気がつかなかった手順で、これが「羽生マジック」とよばれるものです。
 羽生竜王は年齢について、「年齢を重ねたことによる強みは、足し算ではなく引き算で考えられること。無駄なことは考えず、引き算で考えていくところ。」と前向きに語りました。

s171220_08.jpg

将棋は先を予測する「読み」と、局面を正しく判断し方針を決める「大局観」の2つが重要です。羽生は著書で「経験を積めば積むほど「大局観」の精度は上がっていく。読む力は若い棋士が上だが、この「大局観」で「読まない心境」となり、勝負の上で若い棋士とも互角に戦える。」と述べています。
 大局観で不必要な手を「引き算して」効率良く読むことで最善の1手を指せるようになる、と言っているのです。「経験を強さに変換できる」のが羽生の強さです。
 しかし羽生将棋の最大の特長は引き算して「捨てる」とは相反する、常識から外れて見過ごしそうな手を「拾う」能力です。
羽生竜王は「いかに人と違う発想とか、アイデアとか、そういうのを持つことができるか、考えることができるかっていうところを大切にしているというところはあります。」と語ります。
決着局となった第5局では角を互いに持ち合った「角換わり」という戦型になりました。この戦型では角を自陣に打たれることに注意しなければなりませんが、羽生はわざと角を打たせるという大胆な攻めをしました。普通の棋士ではなかなか思いつきません。そして巧みな指し回しで快勝しました。
 
 経験で磨かれた大局観で不必要な手を「捨てる」、先入観にとらわれず最善手を「拾う」、そして卓越した終盤力、これが羽生竜王の強さです。
 羽生竜王は将棋界の記録はほとんど塗り替えましたが、まだ更新していない記録が残っています。大山康晴15世名人は通算1433勝、56才で王将を獲得して59才まで保持し、66才でタイトルに挑戦しています。羽生はもうすぐ1400勝ですが、いつ大山名人の記録を抜くのか、何才まで第一線で活躍するか、将棋ファンは見守っています。そして15才の藤井聡太四段との公式戦、さらにタイトル戦での対決を望んでいます。

キーワード

関連記事