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「『セルフ・ネグレクト』 支援のあり方は」(視点・論点)

東邦大学 教授 岸 恵美子

セルフ・ネグレクトという言葉を聞いたことがあるでしょうか。ネグレクトは「他者、例えば親、ケア提供者などによる世話の放棄・放任」ですが、セルフ・ネグレクトは「自己放任」、つまり「自分自身による世話の放棄・放任」を指します。セルフ・ネグレクトの状態とは具体的には、いわゆる「ゴミ屋敷」や多数の動物の放し飼いによる家屋が不衛生な状態、本人の著しく不潔な状態などがあります。また家屋は不衛生ではなくても、医療やサービスの繰り返しの拒否や食事をとらないこともあります。セルフ・ネグレクトは健康に悪影響を及ぼし、水分や食事を摂取しなければ生命にかかわり、「孤立死」につながることもあります。

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内閣府が実施したセルフ・ネグレクト高齢者の調査によれば、全国でセルフ・ネグレクト状態にある高齢者を推計すると約1万人と報告しています。ただ、これはまだ氷山の一角に過ぎないといえます。海外の調査では、高齢者の約9パーセントがセルフ・ネグレクトであったという報告や、特に年収が低い人、認知症、身体障害者の場合には、15パーセントに及ぶと報告されています。
またこの調査では、セルフ・ネグレクト状態にある高齢者の1年以内の死亡リスクは、そうでない高齢者に比べ、5.82倍であったとも報告されていますので、セルフ・ネグレクトは決して軽視できない問題です。
セルフ・ネグレクトについて、日本ではまだ、統一された定義はありません。
先ほどのデータやこれまでの研究結果から、セルフ・ネグレクトを「健康、生命および社会生活の維持に必要な、個人衛生、 住環境の衛生もしくは整備又は健康行動を放任・放棄していること」と定義しました。

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そして、セルフ・ネグレクトの概念を次のように整理しました。

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「セルフケアの不足」と「住環境の悪化」のどちらか、もしくは両方である場合にセルフ・ネグレクトであるとし、「サービスの拒否」、「財産管理の問題」および「社会からの孤立」があると、セルフ・ネグレクトを悪化させたり、セルフ・ネグレクトになるリスクを高めることになります 。そして、認知症や精神疾患等により判断力・認知力が低下してセルフ・ネグレクトの状態に陥っている場合でも、判断力・認知力の低下はなく、本人が自分の意思で行っている場合であっても、生命や健康にかかわる状態であれば、セルフ・ネグレクトと判断しています。ネグレクトとセルフ・ネグレクトとは、他者によるものか、自分自身によるものかという違いはあるものの、結果的にはどちらも「自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥る」ことで、人権が侵害されている点では同様で、他者による介入が必要な状況といえます。
私の研究チームでは、日本で初めてセルフ・ネグレクトに関する全国調査を行いました。その結果、セルフ・ネグレクト状態の高齢者は「性格や人格に問題がある者」が約6割、「アルコール問題のある者」「精神疾患のある者」がそれぞれ約2割、「糖尿病に罹患している者」が約1割、「糖尿病以外の治療が必要な内科的な慢性疾患がある者」が約4割を占めていました。また、セルフ・ネグレクト状態の高齢者の特徴として、「身体がきわめて不衛生」「住環境が不衛生」「生命にかかわる治療やケアを放置している」「失禁・排泄物を放置している」「金銭・財産管理ができていない」「必要な医療・サービスを拒否している」「地域の中で孤立している」などがあげられました。

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セルフ・ネグレクト状態に陥った背景は「認知症・物忘れ・精神疾患等の問題」「親しい人との死別の経験」「家族・親族・地域・近隣からの孤立、関係悪化など」がそれぞれ約3割を占めました。「疾病・入院など」が約2割であったと報告されています。認知症や精神疾患等により認知力・判断力が低下した人だけでなく、認知力・判断力の低下はないけれども世間体や気兼ね、あるいは他の人の世話にならずに最後まで自分の力で生活していきたいというプライドからセルフ・ネグレクト状態に陥ってしまう人もいます。また、加齢とともに進行する判断能力の減退、地域社会からの孤立、家族や身近な人の死、あるいは病気などのライフイベントにより、生きる意欲や生活する意欲が低下して起ることもあります。これらのことは、当然若い人でも起きることなので、最近では40代、50代のセルフ・ネグレクトの方も増えているという報告もあります。
またセルフ・ネグレクトは、一人暮らしとは限りません。家族と同居している場合でも、介護や支援をしようとする家族の手を拒み、家族がいながらもセルフ・ネグレクトの状況に陥ることもあります。
「孤立死」を「自宅にて死亡し、死後発見までに一定期間経過している人」と定義して、全国の自治体の地域包括支援センターと生活保護担当課に孤立死と思われる事例の調査をしました。その結果、事例の約8割が生前に何らかのセルフ・ネグレクトの状態であった可能性があるという結果が得られました。
そう考えると、セルフ・ネグレクトの行き着く先は孤立死である可能性が高いと言えます。セルフ・ネグレクトの方を支援しないで放っておくことは、慢性疾患にり患しているのに、必要な医療やサービスを受けない高齢者を放置することになり、やがて死後長期間放置される孤立死にもつながるのです。
 セルフ・ネグレクトは自分自身による行為であるため、高齢者虐待防止法で虐待に定義されておりません。そのため、健康や安全が損なわれている状態であっても他者がサービスを受けさせることは、なかなか難しいのです。また、日本人の場合、プライドや遠慮・気兼ねから自ら助けを求めない人も実際には多くいます。「大丈夫」という言葉に支援者が安心してしまうと、気がついたときには健康状態がかなり悪化していたという事例も少なくありません。支援をあきらめるのではなく、地域の人の気づきや情報を行政や専門職につなげる仕組みをつくり、セルフ・ネグレクト状態の高齢者の生き方を支援できるようなしくみづくりが早急に必要です。
 セルフ・ネグレクトは、自分から支援を求めることがないため、なかなか発見することが難しいものです。セルフ・ネグレクト状態に陥っても、自分が支援が必要な状態にあることに気づかないことも多く、自らは「何も困っていない」「自分で何とかするから放っておいてくれ」「大丈夫だから」と言うことがあります。「助けを求める力」が低下あるいは欠如している人たちを見逃さないようにすること、そして、「その人らしい生活」を支え、自己決定を尊重していくことが、セルフ・ネグレクトの人に必要な支援であると考えます。セルフ・ネグレクトは誰にでも起こりうることなので、専門職だけでなく、地域の人たちにも理解してもらい、支援がより進むことを願っています。

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