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「トランプ大統領とエルサレム問題」(視点・論点)

防衛大学校 名誉教授 立山 良司

 アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認め、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移すと表明しました。このことは世界中に大きな衝撃を与えています。パレスチナでは激しい抗議行動が繰り返され、中東だけでなくインドネシアやマレーシアなど、東南アジアのイスラム教徒が多い国でも反米デモが続いています。わずかに残っていた中東和平交渉再開の可能性もなくなってしまいました。

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 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教、三つの宗教の共通の聖地であり、ユダヤ人、パレスチナ人双方にとって民族意識の象徴です。それだけにアメリカをはじめ、国際社会はずっと、エルサレムの最終的な地位は当事者間の交渉で決めるべきで、一方的な措置をとるべきではない、と主張してきました。
 しかしトランプ大統領は、微妙なバランスに基づく国際社会のこれまでの取り組みを無視し、70年来のアメリカの政策を根底から変えてしまいました。

 選挙公約とはいいながら、トランプ大統領はなぜ国際社会に背を向けてまで、これほど重要な政策を変更し、イスラエルの主張を全面的に受け入れたのでしょうか。大きくは三つの要因が考えられます。

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第1は中東情勢の変化です。サウジアラビアなど主要なアラブ諸国はイランとの対抗上、イスラエルに急接近しています。このため、エルサレムをイスラエルの首都と認めても、親米アラブ諸国が強い対抗措置をとることはない、と計算したのでしょう。
ただトランプ大統領の政策転換には、第2、第3の国内要因の方が大きく作用しているように思われます。
このうち第2の要因は、よく指摘されるアメリカのイスラエル・ロビーと、ユダヤ票の動向です。しかし、それ以上にトランプ大統領が配慮したのは、第3の要因である白人のキリスト教福音派の強いトランプ支持だったと思います。

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確かにアメリカ政治においてイスラエル・ロビーやユダヤ票の動向は重要です。しかしこの表にある通り、大統領選挙では毎回、ユダヤ系有権者のほぼ70%以上は民主党候補に投票し、共和党候補への支持は限定的です。トランプ氏の場合、ユダヤ票に関しては24%しか得票していません。
これと対照的に白人福音派は、毎回、70%以上が共和党候補に投票しています。特にトランプ氏には、過去最高といわれる81%の白人福音派が投票しています。
しかも、もともとマイノリティであるユダヤ系有権者数は少なく、全有権者の3%以下に過ぎません。逆に人口の多い白人福音派が全有権者に占める割合は高く、2016年の場合、26%と推計されています。つまり有権者の4人に1人は白人福音派であり、その81%がトランプ氏に投票し、勝利の原動力となりました。

では白人の福音派、つまりエバンジェリカルと呼ばれるキリスト教徒と、エルサレム問題との間には、どのような関係があるのでしょうか。
福音派は「よい知らせ」、つまり「神の子イエスが人間の罪を贖い救済する」という福音をそのまま受け入れ、キリストの受難と復活だけが人間を救済できると信じている人々です。ただ福音派といっても、特定の宗派や教派を形成しているわけではありません。多くはプロテスタントですが、教派横断的で、カトリック信者にも福音派がいます。
福音派は聖書に書いてあることをそのまま受け入れる傾向が強く、ほとんどの白人福音派は、神がパレスチナ地域、つまりイスラエルの地をユダヤ人に「約束の地」として与えた、と信じています。
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例えば2013年にアメリカで行われた調査では、「神はイスラエルの地をユダヤ人に与えた」と考えているユダヤ人は40%と半数以下でしたが、白人福音派ははるかに多い82%が「与えた」と回答しています。
このため多くの白人福音派は、現在の国家イスラエルを支持することは、信仰上の義務であると考えています。例えば2011年に行われた調査では、64%の白人福音派が「イスラエルを守ることは、アメリカの中東政策にとって極めて重要だ」と回答しています。

また白人福音派の多くは、人工中絶や同性婚に反対するなど、保守的な価値観を重視しています。その結果、1990年代に入ると保守的なキリスト教徒、特に白人福音派が共和党の最も重要な支持基盤となり、それに合わせて共和党自身も、民主党以上にイスラエル支持の立場をとるようになりました。
2016年の大統領選挙でも、トランプ氏は選挙戦の序盤から、ほかのどの候補よりも親イスラエルを売り物にし、エルサレムをイスラエルの首都と認め、大使館をエルサレムに移転するという公約を最大限に強調しました。
さらに白人福音派の多くは、トランプ氏の支持基盤のコアとなった白人の労働者階層と重なり合っています。彼らは職を失うことに強い不安を覚え、不法入国者や中国からの安い輸入品が自分たちの仕事を奪っていると考えています。このためジャーナリストで歴史家のフランシス・フィッシュジェラルドは近著で、白人福音派はトランプ氏に対し「アメリカを再び偉大な国にしてくれる強い指導者」という期待を持った、と分析しています。
結局、トランプ氏はイスラエル支持を前面に打ち出し、かつ「アメリカ・ファースト」をスローガンに掲げることで、信仰面でも社会・経済面でも白人福音派の心をつかむことに成功したのです。

現在、トランプ大統領の最大の悩みはロシア・ゲート問題などで、支持率が低下し続けていることです。最近では40%を切ることも珍しくありません。それでも白人福音派の支持率は8月時点で62%と、依然として高水準を保っています。その意味でトランプ大統領にとって、白人福音派の支持は最後の拠り所といえるでしょう。
こうしたトランプ大統領の心理状態を見透かすかのように、白人福音派の一部はトランプ大統領に大使館をエルサレムに移すよう圧力をかけていました。例えば強硬なイスラエル支持で知られ、「イスラエルのためのキリスト教徒連合」という福音派の団体の主宰者であるジョン・ハギー牧師は、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認める直前に、「6000万人の福音派は、トランプ大統領が約束通り大使館をエルサレムに移転させるか、注視している」と発言し、公約遵守を迫っていました。
 
 エルサレムをイスラエルの首都と認めることで、トランプ大統領は岩盤支持層をつなぎとめることに、とりあえず成功したようです。「国際社会の反対を押し切ってでも、公約を守る」という「強い大統領」のイメージは、白人福音派の間でさらに強まったといえるでしょう。
しかし、イスラエル支持をいっそう明確にしたことで、アメリカは中東和平プロセスの仲介者としての役割を自ら放棄してしまいました。パレスチナ側はトランプ政権をまったく信用しておらず、近く中東現地を訪問するペンス副大統領との会談を拒否しました。以前から反米感情が強かった中東や世界のイスラム教徒の間だけでなく、ヨーロッパでもアメリカ批判が強まっています。
 パレスチナ問題の解決がいっそう遠のき、中東がさらに混迷するとともに、イスラム過激派によるテロが拡大することが懸念されます。

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