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「安心・安全な無痛分べんのために」(視点・論点)

三重大学医学部産婦人科学科 教授 池田 智明

お産の痛みを和らげる無痛分べん関連の事故が相次いで報道されています。
大阪府では、無痛分べん後に呼吸困難となり、赤ちゃんは無事でしたがお母さんは死亡されました。神戸市の産婦人科医院でも、麻酔事故や無痛分べんの際の出血で死亡されました。また、京都府では、無痛分べん後に重い障害が残ったことが報道されています。このような事故が相次いだことを受けて、無痛分べんを受けることは危険だと考える方も少なからずおられると思います。
きょうは、無痛分べんに関する正しい知識をもっていただくために、わが国の現状と病院選びのコツをお話ししたいと思います。

無痛分べんの98パーセント以上は、脊椎硬膜外麻酔という方法で行っています。

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脊椎の硬膜の外にある狭い隙間に「くだ」を入れて、そこから局所麻酔剤を注入します。子宮や産道からの痛みは、神経を通って脊髄に入り込みますが、この神経をブロックすることで、痛みを取ろうというものです。硬膜の内側には、くも膜という薄い膜がもう一つあり、その中には脳脊髄液という液体が存在します。局所麻酔薬を硬膜外に注入した時は、この脳脊髄液に直接注入するよりも、効き目が弱いために、より多くの麻酔薬が必要になります。鎮痛効果が表れるのは約20分後とゆっくりですが、一回の注入で約1時間にわたって持続した鎮痛が得られます。

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無痛分べんのメリットは、分べんの痛みからくる合併症を和らげることです。
お産の痛みは、指を切断するのに近い痛みとも言われており、血圧が上がったり、心臓に負担をかけたりします。したがって、心臓病や脳血管障害などの合併症がある方は、医学的適応によって無痛分べんを行った方が良いです。お産の痛みをとることで、緊張が和らき、分べんがスムーズにいく場合もあります。また、お産の疲れが軽減し、産後の肥立ちがよくなるというメリットもあります。
一方、無痛分べんでは、分べん時間が長くなり、また陣痛促進剤や吸引・かん子分べんといった機械分べんの率が増える傾向にあります。また、全脊髄くも膜下麻酔や局所麻酔薬中毒などの麻酔特有の合併症が、まれですが起こることがあります。したがって、無痛分べんを提供する施設は、スタッフが高度な医療知識と技術を持っていることが必要です。

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厚生労働省研究班が2008年に調査したところ、無痛分べんは全分べんの2.6パーセントでした。しかし、今年、日本産婦人科医会が、再度調査したところ2014年は4.6パーセント、2015年は5.5パーセント、2016年は6.1パーセントと近年急速に増加していました。また、2016年ですが、病院が5.5パーセントに対して、診療所は6.6パーセントと、病床が19床以下という個人診療所で、より多く行われていることがわかりました。さらに、無痛分べんを実際におこなっている職種ですが、診療所では産婦人科医が80パーセント以上の無痛分べんを取り扱っていました。さらに、医学的適応ではなく、患者さんの希望による施行は、病院59パーセントに対して、診療所では87パーセントと高かったです。

日本と欧米の無痛分べんの違いをお話しする前に、お産を行う施設の規模の違いについてお話しいたします。

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欧米では、年間に何千件という大規模な分べん施設に集約されている傾向にあります。一方、わが国では年間平均の分べんが400件と、比較的小規模でいわゆる「開業医さん」でお産の半分以上が行われています。このことは、デメリットばかりでなく、何か不安になったら、すぐ診てもらえるというアクセスの良さがあります。危険な状態になったら、さらに設備や人員の整った高次施設に搬送されるなど、わが国では周産期医療システムが他の国に比べて整備されており、日本は赤ちゃんやお母さんの死亡する率は世界でもトップクラスで低い国です。
実際、全体の分べん中、約6パーセントが無痛分べんであるといっても、フランスの80パーセント、アメリカの60パーセントには遠く及びません。これには、2つ理由があると思います。一つは、「産みの苦しみ」という言葉にもあるように、お産には痛みがあることが当然であるという文化的背景があるようです。2つ目は、分べん施設の方で、無痛分べんを行う負担が大きいために避けているという理由です。
もとに戻って、欧米よりも約4倍も分散化しているという、わが国の分べん施設のあり方が、無痛分べんの行い方まで影響しているのです。すなわち、より集約化している欧米では、自然に陣痛が起こって、分べんのために入院した患者さんに無痛分べんを行うことが多く、約7割以上であるのに対して、わが国では比較的小規模で人員も少ない施設で行うため、夜間や土日といった時間外には無痛分べんを行わない施設が多くあります。そして、ウィークデーの日中に済ますために、計画分べんと無痛分べんをセットで行う傾向にあります。計画分べんは、陣痛誘発剤を使って人工的に陣痛を起こすやり方です。欧米とは逆に、7割ぐらいがこの計画分べんとセットで無痛分べんを行っていると推定しています。

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実は、この計画分べんには、自然分べんよりも出血が多くなるとか、帝王切開の率が増えるというデメリットがあるのです。初産婦さんでは、自然分べんの帝王切開率が6パーセントなのにくらべて、計画分べんでは18パーセントと、3倍に増加したという報告もあります。
年間40例前後の方が、妊娠に関連して死亡されています。

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2010年から2016年までの7年間における271例の妊産婦死亡を振り返ってみましたが、そのうち、5.2パーセントである14例が無痛分べんを行っていました。先ほど述べました分娩全体で約6パーセントが無痛分べんを行っているというデータと比較しても、無痛分べん自体が妊産婦の死亡を増加させているわけではありません。ただ、無痛分べん14例の中で、13例までが誘発分べんでした。そして、産科出血や羊水塞栓症といった無痛分べん以外でも起こりえる産科的な合併症が死亡の原因であり、麻酔自体による死亡は1例のみでした。計画分娩、誘発分べんが関係しているかもしれないというデータです。これらのことから、無痛分べんを安全に行うためには、麻酔技術のみではなく、誘発分べんのリスクを知りながら、お産全体を安全に管理していくことが重要だと考えています。

厚生労働省は、現在研究班を立ち上げ、安全、安心な無痛分べんを行うための体制づくりを検討しています。

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①安全な無痛分べんのための必要条件、②無痛分べん施設の情報公開・開示、③医師・医療スタッフの研修体制、④産科麻酔科専門医・技術認定医などについて議論されています。
最後に、無痛分べんを希望される、また情報を得るためにはどうしたらよいのでしょうか?日本産科麻酔学会のホームページには無痛分べんのことがわかりやすく述べられています。そして、私は以下の3つのポイントが病院選びに参考になると思います。

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医師がどんな質問にも答え、麻酔薬の副作用などが妊婦への説明書に書かれている。
日ごろから連携している施設があり、すぐに連絡が取れる。
陣痛を誘発する計画的な無痛分べんのほか、自然に陣痛が来てからも無痛分べんができる体制を整えている。
欧米に比べて比較的小規模な分べん施設はすぐにみてもらえるというアクセスの良さというメリットを保ちながら、リスクが高くなるとより設備の整った病院へ搬送できるという、わが国独特の周産期医療体制は、お母さんと胎児にとってとても安全な体制であることを述べました。安心で安全な無痛分べんを受けていただくために、無痛分べんのみでなく計画分べんのリスクも踏まえた上で、お産の施設を選んでいただければと思います。

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