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「働き方改革とこれからの税制」(視点・論点)

中央大学法科大学院 教授 森信 茂樹

今年も税制改正の議論が始まっています。本日は、所得税を中心に、わが国の向かうべき税制の望ましい姿を念頭に置きつつ、今後の税制改正の方向についてお話したいと思います。

税制を考えるにあたっては、現在わが国が直面している経済や社会の問題がどのような状況で、どこに向かおうとしているのかを考える必要があります。この点について政府税制調査会は、働き方改革に伴う働き方の多様化と、所得再分配機能の強化の2つに焦点を当てて議論しています。
最初に働き方改革についてお話します。2017年3月に公表された「働き方改革実行計画」では、「同一労働・同一賃金」や「時間外労働時間の上限規制」などとともに、子育て、介護と仕事の両立、多様な人材の能力発揮、起業の手段として、「副業や兼業」を推奨しています。このような多様な働き方は、雇用者、つまりサラリーマンと、自営業者、つまり個人事業主の区別をあいまいにします。一方で、現行の税制や社会保障制度は、雇用者と自営業者とを峻別して対応していますので、これを根底から見直す必要が出てきます。
わが国所得税は、給与所得と事業所得・雑所得を区分しています。

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一般的には、雇用契約のあるサラリーマンは給与所得、個人事業主の所得は事業所得(ただし、規模が小さい場合は雑所得になる可能性もあります)という区分になります。給与所得の場合は、源泉徴収、年末調整、給与所得控除という経費の概算控除の3つがセットになります。事業所得であれば源泉徴収制度はなく、自己申告、経費の実額控除、予定納税制度が適用されます。また、事業所得は、給与所得など他の所得との損益通算が可能で、青色申告をすれば損失の繰越控除もできますが、雑所得であれば、赤字はないものとみなされます。
このように課税方法が異なるので、働き方改革が進む中、クラウドソーシング、つまりインターネットを経由して業務を請負って所得を得るケースが増えてくると、どの所得区分に当たるのかが問題になり、税負担の多寡や事務手間の有無が生じてしまうことになります。
とりわけ問題になるのは経費の取り扱いです。一般的には、サラリーマンの経費控除である給与所得控除の方が、実額で控除される経費より手厚いといわれています。例えば500万円の給与収入を得るサラリーマンは、154万円の給与所得控除が認められますが、個人事業主が500万円を稼ぐ場合の経費は、そこまで多くないのが普通です。働き方改革で双方の区分があいまいになれば、その間の公平性が問題になり、公平を確保するために給与所得控除の縮小が課題に上ります。その際には、働く人すべてに適用される基礎控除を引上げ、税収全体では増税でも減税でもないように工夫する必要があります。
また社会保障制度の問題としては、サラリーマンは厚生年金で雇用主が保険料の半分を負担しますが、個人事業者は国民年金で、事業主負担分まで自ら負担することになりますし、定額の負担なので、所得が低いほど負担割合が高いという逆進性の問題が生じます。また複数の職場で働く場合、一つの会社だけでは勤務時間の要件から厚生年金の適用にならないが複数を合わせると要件を満たすような場合には、源泉徴収は誰がどのように行うのかなど複雑な問題も生じるので、わかりやすい対応を検討する必要があります。
次に、所得再分配機能を強化するという2つ目の課題です。所得税の最大の機能は所得再分配で、低所得者の負担を軽減し高所得者の負担を重くすることで格差の拡大を防ぐという意義があります。
わが国の所得税制は、累進税率と所得控除で構成されており、累進税率は、所得の多い人により多くの負担を求めるという制度で、所得控除は、様々な理由から一定額を所得から控除する制度です。

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累進税率の下では、こちらにありますように、所得控除は、適用税率の高い高所得者ほど有利な制度です。しかし格差が問題になる中で、世界的に所得控除の見直しが行われてきました。それは、所得控除を、右側にありますように、所得にかかわらず減税効果が同じとなる税額控除にしていくことにより所得再分配機能を強化しようという改革です。

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税額控除化する方法としてアメリカ、イギリスなどでは、こちらにあるように、控除を所得に応じて逓減させていくという方法で対応しています。この改正は、大きな税負担の変更をもたらすので、時間をかけて行っていく必要があるでしょう。
以上、働き方改革への対応と所得再分配機能の強化のために、高所得者に適用される給与所得控除を縮減しその分を全員の基礎控除の拡充に充てるということと、所得控除を税額控除化していくという2つの改正の必要性について述べました。
実はもう一つ重要な論点があります。年金受給者も働く機会が増え、給与所得を得るケースが多くなりましたが、その際には、公的年金等控除と給与所得控除の2つが適用されるので、そうでない人と比べて税負担が少なくなるケースが生じてきたことです。もともと年金所得と給与所得は同じ区分でしたが、消費税導入時に年金所得が分離され、新たな所得控除を受けることになったという経緯があります。いずれにしても、年金を受給しながら給与所得も相当程度ある高齢者については、もう少し税負担を求めてもよいのではないかと考えています。
背景には、わが国の年金税制が、積立時は社会保険料控除で非課税、運用時も非課税、給付時は課税ですが公的年金等控除が適用され多くの場合非課税となっているという、他の先進国には見られない優遇された税制になっているという事実があります。そしてそれが、世代間、つまり勤労世代の給与所得とのバランスや、世代内、つまり年金受給者で給与所得のある方とそうでない方とのバランスという観点から公平性を欠いており見直しが必要ということです。
最後に一つ指摘したいことがあります。それは、ICT・情報通信技術が発達し、あらゆる分野で活用されているわけですが、税務面での活用は遅れています。働き方改革で自ら税務申告をする機会も増えてくると予想されますが、納税者利便の向上を図るという観点から、ICTの成果を税務にも反映させることが必要ではないかと考えています。2016年からマイナンバーが導入され、2017年11月からはマイナポータル、つまりマイナンバーカードの公的個人認証システムを活用した政府が運営するオンラインサービスによる情報連携が始まりました。このポータルには様々な個人の情報が入ってきます。
例えば保険者からは医療費の支払情報が入ってきますので、これをイータックス・電子申告につなげれば医療費控除は居ながらににしてでき、申告の利便性が高まります。納税者利便の立場に立ったICTを活用した税務行政が望まれます。

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