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「カタルーニャ独立問題 背景と展望」(視点・論点)

慶応義塾大学 教授 八嶋 由香利

スペイン北東部に位置するカタルーニャ州では、10月27日、スペインからの分離独立が宣言されました。これは10月1日に行われた住民投票の結果を受けての事です。有権者数の42%が投票し、その90%が独立を支持しました。
スペイン政府はこれに強く反発し、自治を一部制限することを決定し、独立宣言を行った州首相以下閣僚たちを全員更迭しました。州議会は解散され、12月21日に新しい州選挙が実施される予定です。プッチダモン州首相と閣僚の一部はベルギーへ逃げ、残った副首相以下閣僚たちは逮捕・拘留されています。フランコ独裁後、1978年に民主的な憲法が制定されて以来、スペインは最も深刻な政治危機に陥っています。今日は、そもそもなぜこうした中央とカタルーニャ州の対立が起こり、独立問題にまでエスカレートしたのかを考えてみたいと思います。

まず、スペインという国についてです。
スペインはヨーロッパの中で最も古い国家の一つですが、国土は縦横に走る山地や渓谷で分断され、交通の便も悪く、各地域間の行き来は容易ではありませんでした。その結果、各地域の伝統的な文化や習慣が温存される傾向にあり、フランスなどに比べ国民統合が遅れ、国民の一体感も弱いとされています。
フランス革命後、スペインでも近代的な国民国家の建設のため、マドリードからの中央集権化が押し進められました。しかし、これに対し、カタルーニャやバスクなど独自の言語や文化をもつ地域で、反発する動きが生まれ、それが地域ナショナリズムへと発展しました。

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現在スペインには17の自治州があり、カタルーニャはその一つとして、幅広い分野で高度な自治を享受しています。地中海に面したカタルーニャは、産業が集積する豊かな先進的地域で、州都バルセロナは、ガウディの建築などの観光資源も豊富で、世界中から観光客を引きつけています。そうした中で起こった今回の独立問題です。
なぜ今カタルーニャは独立しようとするのでしょうか?

背景にあるのが、緩やかな社会変化としての世代交代です。
40年前に成立したスペイン憲法は、国家観やイデオロギーを異にするスペイン人の「共存の枠組み」でした。それは、再び内戦や独裁を繰り返してはならない、という強い思いに支えられていました。
ところが、内戦や独裁を知らない若い世代が国民の多くを占め、それと共に民主化を支えてきた「合意の精神」が薄れてきました。これが現在の対立激化の背景にあると考えられます。
世代交代と同時に人々の意識はどう変わったのでしょうか。
カタルーニャでは長年州首相を務めたジョルディ・プジョルが、国との交渉で自治権拡大を図る一方、「国家なき国造り」を進めました。例えば、義務教育はすべてカタルーニャ語で行われ、医療や警察も州政府の管轄下にあり、日常生活を送るうえで中央政府の存在を感じることはあまりありません。心情的にスペインとは切り離されていると感じる人が多くなったのです。
こうした社会的背景に加えて
最近、中央と州との対立をもたらした要因として3つあげられます。
一つ目は、自治憲章改正問題です。
もともとカタルーニャのナショナリストの悲願は、カタルーニャを「ネーション=つまり民族」として認めてもらうことです。そのために自治憲章を改正しました。新憲章では、前文においてカタルーニャを「ネーション」スペイン語で「ナシオン」と規定しています。しかし、「スペインこそ唯一のナシオン」とする中道右派の国民党が、憲法裁判所へ提訴。その判決が2010年に出され、自治憲章の一部が違憲とされました。合法的なプロセスを踏んで成立した自治憲章に違憲判決が出たことは、カタルーニャの人々に大きな失望をもたらしました。これを契機に人々の意識は「自治」から「独立」へ向かったのです。

二つ目に国民党政権の誕生です。
「スペイン統一」を何よりも重視するラホイ政権は、カタルーニャでの独立運動を警戒し、州政府の求める対話にも応じようとしませんでした。その結果、双方の対立がエスカレートしていきます。
国民党が伸びた背景には、スペイン人の自信の回復があります。スペインは、民主化を経て念願のEC加盟を果たし、門戸を開放することで経済発展してきました。ユーロ圏にも加入し、長期の好景気に恵まれました。かつて「ピレネーの向こうはアフリカ」と揶揄され、南の遅れた国として位置づけられてきたスペイン人は、徐々に自信を回復していきます。
スペイン・ナショナリズムはかつてフランコ独裁を支えるイデオロギー的支柱であったために、民主化後はしばらく息をひそめていました。しかし、スペイン人が自信を回復するのに伴い、民主的なスペイン憲法と一体化することで、新たなナショナリズムへと変貌していったのです。
 
そして、三つ目が2008年に発生した経済危機です。リーマンショックによって、
それまでの不動産バブルが破たんし、企業の倒産や失業者が増大。さらに緊縮政策がこれに追い打ちをかけました。州政府は医療や教育など市民生活と直結する分野での予算削減を迫られました。人々の不満の高まりのなか、独立派は、カタルーニャが独立することで、スペインの貧しい地域へ流れている自分たちの税金を取り戻すことができると主張し、支持を取りつけました。

この独立問題は、カタルーニャとそれ以外のスペインとの間の対立を深めただけでなく、カタルーニャ社会の内部にも、独立賛成派と反対派との亀裂を生み出しました。
スペインのナショナルデーである10月12日、バルセロナでは独立反対派による大規模なデモが行われ、カタルーニャ州旗とスペイン国旗が同時に振られました。フランコ死去後、これほど多くのスペイン国旗がこの街で翻ったことはなかったかもしれません。
独立問題がカタルーニャ社会にもたらした亀裂は深いものがあります。
最後に、今後の展望、問題解決の方向性を考えてみたいと思います。
今後は何よりも、12月21日に実施される州選挙の結果が注目されます。
世論調査では、独立派と反独立派が拮抗する状態です。
もし再び独立派が過半数を制した場合、スペイン政府はどのような対応を見せるのでしょうか。
反乱罪などで起訴された自治政府閣僚たちの裁判の行方も気になります。ベルギーにいるプッチダモン元州首相は、今後スペイン当局へ引き渡されるのか。
カタルーニャでは拘留中の指導者たちの釈放を求めて連日のようにデモが行われています。
今後国会で、カタルーニャをネーションと認めるかどうか、あるいは合法的な住民投票を認めるかどうか、などが話合われるでしょう。しかし、これらは憲法改正とかかわる問題だけに、簡単には解決しません。また、カタルーニャ独立派を取り込んだ形での合意が達成される見込みは、今のところほとんどありません。スペイン人の「政治的共存の枠組み」が壊れてしまった今、それをどう組み立て直していくのか、その道筋は残念ながら見えていません。



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