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「AI時代の教育課題」(視点・論点)

国立情報学研究所 教授 新井 紀子

 最近、「AI(人工知能)」ということばをメディアで聞かない日はありません。
 銀行のコールセンターにはAIが導入され、デパートの入り口でお客さまを迎えるロボットを見かけます。政府は2020年を目標に、自動運転車の導入を目指しています。
私は2011年から「ロボットは東大に入れるか?」という人工知能のプロジェクトを率いてきました。このプロジェクトの目的は大学入試という総合的な知的タスクで人間と比較することで、AIの可能性と限界を明確にすることでした。

6年間の研究の結果、AIは高校三年生の上位20%の成績を達成し、一部の有名私立大学にも合格できる実力があることがわかりました。しかし、このまま研究を続けても、東京大学には合格できそうにないこともわかりました。今のAIは、膨大なデータを用いて、「統計」に基づいて答えを出します。「統計」は過去のデータに基づいて答えを出すので、初めて出会う状況には対応できません。人間の言葉を理解して、常識や相手の気持ちに沿って問題解決をすることもできないのです。
それでも、これまでホワイトカラーが担ってきた仕事の半分は、機械によって代替されるでしょう。書類はデジタル化され、AIによって自動的に処理されるようになるでしょう。そのような2030年代を生きる子供たちにとってもっとも大切なのは、AIには代替されないような人間ならではの能力を磨くことです。
では、どんな力を身につければよいのでしょうか?
AIが最も苦手なのは「意味を理解すること」です。常識に基づいて状況を理解したり、文章や図表が表している意味を正しく理解することが、もっとも苦手なのです。
しかし、妙だとは思いませんか?なぜ、意味がわかるはずの高校3年生の8割が、大学入試でAIに敗れてしまったのか。
そこで、私たちは中高校生が本当に文章を読んでその意味を理解できているのかどうかを調査してみることにしました。リーディングスキルテストと呼ばれるテストです。たとえば、こんな問題です。
「仏教は東南アジア,東アジアに,キリスト教はヨーロッパ,南北アメリカ,オセアニアに,イスラム教は北アフリカ,西アジア,中央アジア,東南アジアにおもに広がっている。」
この文を見せて、
「オセアニアに広がっているのは○○である。」
の答えを四択で選ばせたのです。

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答えは問題文に書いてありますね。キリスト教が正解です。
これは「係り受け解析」といって、文の主語が何か、目的語が何かを把握できているかを問う問題です。中学校の地理の教科書に出てくる文章です。
 この問題の正答率が、中学生では、62%、つまり、1/3の生徒が「キリスト教」以外の選択肢を選んでしまったのです。進学率がほぼ100%の高校でも、約1/4の生徒が間違っています。
次のような「同義文判定」というタイプの問題も尋ねています。
「幕府は,1639年,ポルトガル人を追放し,大名には沿岸の警備を命じた。」
という文と
「1639年,ポルトガル人は追放され,幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。」
という文は同じ意味かどうか、というのを二択で選ばせたのです。
落ち着いて読めば、異なる意味の文であることがわかりますね。

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この問題の正答率は、中学生では57%しかありませんでした。二者択一ですから、コインを投げても50%は当たります。つまり、中学生はコインを投げる程度にしか正しく答えることができなかったのです。
次の問題は「イメージ同定」と呼んでいるタイプです。
文章を読んで、その内容を正しく表現している図を選ぶのです。
メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが,その出身国を見ると,ドミニカ共和国が最も多くおよそ35%である。
この文章を正しく表している円グラフはどれでしょう。
「アメリカ合衆国以外の出身の選手」が28%ならば、アメリカ合衆国出身の選は100-28=72で、72%です。暗算が苦手でも、「だいたい7割はアメリカ合衆国出身だな」とわかれば正解の②を選べるようになっています。

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けれども、中学生の正答率はわずか12%でした。四択ならば25%当たってもよいはずなのに、それよりもずっと低かったのです。高校生ですら28%しか正解できていません。
最も多く選ばれた選択肢は④でした。「アメリカ合衆国28、ドミニカ共和国約35」の図です。「~以外の」や「~のうち」といった言葉の意味をきちんと理解できなかったのでしょう。
リーディングスキルテストでは、このような問題を、教科書や新聞を使って大量に作成し、一問ごとの時間制限を設けずに、「できるだけ正確に、できるだけ多く」解くように指示します。2万5千人の調査を基に作ったのが、この表です。

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中学生の間は、正答率は学年が上がるごとに上昇します。一方、高校生では正答率は上がっていません。係り受け解析の問題は、高校生になると8割程度の正答率になりますが、実はこれはAIも得意な分野で、同じくらいよくできます。一方、AIが苦手なのが、二つの文が同じ意味かどうかを判定する同義文判定や、文章の意味を理解して正しい図を選ぶというイメージ同定の問題です。ところが、中高校生も同義文判定やイメージ同定は苦手です。
リーディングスキルテストの問題は、すべて選択式ですから、サイコロを投げて適当に答えを選んでも、一定の確率で当たります。そこで、「サイコロを投げて当てるよりも、まし、とは言えない受検者」がどれだけいるかを調べました。その結果が、この表です。数値が大きければ大きいほど、好ましくない結果です。

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同義文判定の列を見てください。なんと、中学3年生の7割が「サイコロを投げるよりまし、とはいえない」のです。
リーディングスキルテストでは、今回ご紹介した以外にも様々なタイプの問題を出題しています。総合的に分析すると、中学生の半数以上が何らかの意味で教科書を読めていない状態で卒業していると結論づけざるを得ません。
今回の結果をご覧になって、にわかには信じがたい、と思われる方は少なくないでしょう。なにしろ、OECDが実施している生徒の学習到達度調査では、日本は常にトップグループにいます。けれども、その子供たちが、学校で学ぶ教科書をきちんと読めていない実態が、今回初めて明らかになったのです。
教科書が読めない、ということは、予習はもちろんできません。今回の調査から、貧困と読解力には負の相関があることがわかりました。けれども、教科書が読めなければ、ひとりで復習したり、問題集を解くことができませんから、経済的に苦しくてもずっと塾に通わざるを得ません。なんとか大学に入り、就職しても、意味を理解せずに身に着けた知識や技能はAIに代替されてしまいます。

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一方、教科書が読めさえすれば、たとえ今は勉強が好きではなくても、一念発起すれば学び直しができます。資格をとってAIにはできない仕事に転職する可能性も広がるのです。
中学校を卒業するまでに、中学校の教科書をきちんと読めるようにする。
そのシンプルなことが、今もっとも解決すべき最重要な教育課題だと私は考えます。

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