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「自動車EVシフトの展望と課題」(視点・論点)

自動車評論家 国沢 光宏 

最近、自動車の話題で「EVシフト」という言葉を盛んに聞く様になりました。
自動車が、今後、ガソリンやディーゼル車からEVつまり電気自動車に移行していくという動きのことです。
 イギリスやフランスに代表されるヨーロッパの複数の国では2040年以降は電気自動車しか販売出来ないようにする、という流れになってきました。
インドも2040年以降エンジン搭載車の販売禁止措置を打ち出し、中国は2019年から販売台数の10%を電気自動車にしなければなりません。
 また、電気自動車は使われる部品の点数が少ないため、どんな企業でも作れるという話をよく聞きます。そんなことから、電気自動車をなかなか出さないトヨタやホンダは出遅れてしまった、というニュースに接します。
本当のところはどうなんでしょうか? 今日は最新の情報を交えてEVシフトの現状と課題についてお話ししたいと思います。

まず電気自動車化の流れです。イギリスやフランスなどヨーロッパの動きを見ていると、20年以上先の規制です。実は喫緊の課題ではありません。10年もすると5分で充電できて300km走れるような新しい世代の電池が開発され、実用化されているでしょう。そんなことから自動車メーカーも急いで対応しなければならないとは考えていません。
 むしろ問題となるのはアメリカと中国です。アメリカは2018年から一段と厳しい規制が始まります。ZEV「Zero Emission Vehicle」と呼ばれる排気ガスを一切出さない自動車を一定の比率で販売しなければならない、という内容です。2017年まではハイブリッドもZEVに含まれていたのですが、2018年から認められません。
 ハイブリッド車をZEVとして販売してきたトヨタやホンダは、いよいよ電気自動車を販売しなければならなくなります。さらにスバルやマツダは今までZEVの規制対象外だったのですが、2018年から販売しないと罰金を取られるようになってしまいます。ちなみに「クレジット」と呼ばれる1単位あたりの罰金は55万円と巨額です。
  アメリカで電気自動車を販売していないトヨタやホンダの場合、2018年は貯めてあるクレジットを使うようですが、2019年になると待ったなしになり、相当なクレジットが必要です。足りない分は、罰金を払うか、クレジットをたくさん持っている電気自動車メーカーのテスラなどから買わなければなりません。
  中国もアメリカと同じようなZEV規制を2019年から始めることを発表しました。最初から販売台数の10%を電気自動車にしなさい、という厳しい規制です。対象となるのはアメリカのZEV規制と同じく電気自動車、燃料電池車、電気自動車としても使えるプラグインハイブリッド車の3タイプ。トヨタやホンダ、日産など日本の大手メーカーの場合、大雑把に言って2019年から3万台程度の電気自動車を販売しなければなりません。
 アメリカと中国でクルマを販売することを考えれば、電気自動車が必要になるということです。
ここで少し話題を変えてみたいと思います。果たしてどんな企業でも電気自動車は作れるのでしょうか? 結論からいえば、数千億円規模になる巨額の資金さえあれば可能です。
 先日もイギリスの家電メーカーダイソンが電気自動車に参入するというニュースに接しました。3000億円を投じて開発し、2020年までに販売を開始するといいます。
 開発拠点をイギリスに置き、生産は中国や東南アジアとするなら、3000億円の予算があれば年産20万台規模の小型電気自動車用生産ラインを構築出来ることでしょう。なぜ20万台かと言えば、このくらいの台数を目標にしないと量産効果が期待できないため、コスト的に厳しいからです。
 もちろん開発や生産のベースになるのは自動車メーカーです。今や日本人を筆頭に自動車関係のレベル高い技術者がたくさんフリーランスになっており、中国の自動車産業が飛躍的に進んだのも、自動車メーカー出身の技術者の功績です。
 例えばダイソンなど大手企業がマレーシアの自動車メーカーと組んでマレーシアに生産拠点を置き、日本の生産技術とイギリスのアイデアをミックスさせた電気自動車など作ったら、相当レベルの高い内容になると思います。
  逆に自動車メーカーを買収出来るほど資金のない企業が、独自に自動車産業に入っていこうとしても、無理だと考えます。自動車は命を運ぶ道具であり、衝突安全性など確保しようとすれば、すぐ数百億円単位の開発予算が必要になります。
 一方「トヨタやホンダは電気自動車化で完全に出遅れた」と思っている人も少なくないようです。しかし、技術的な方向から見れば、むしろ日本は世界最先端と言ってよいと思います。電気自動車に必要な技術は大きく分けて、エンジンに替わるモーター。変速機の役割を果たす、直流を交流に変換するインバーター。走行エネルギーを電気に変えてリサイクルする回生ブレーキ。そして電池の4つです。
 例えばモーターを例に挙げましょう。トヨタのハイブリッド車に搭載されているモーターは、電気自動車用としてそのまま使える大きなパワーを持っています。しかも大量生産しているため驚くほど低コストで、信頼性も高いものがあります。インバーター技術も間違いなく世界一です。競争力という点でライバルを圧倒する力をもっているといっていいでしょう。
ホンダとトヨタにとって唯一の弱点は戦略だと考えます。現時点で電気自動車を出しても儲からないことは明白です。電気自動車で有名なテスラは赤字続き。電気自動車をいち早く市販した日産も伸び悩んでしまっています。電気自動車は現時点では高価だし、課題も多いということです。
  ここで最初に戻ります。最大の問題は、損得関係無くアメリカと中国で電気自動車を販売しなければならないことです。
中国の企業は当然のことながら、電気自動車を作り始めるでしょう。
ここで問題になると思われるのが「電池」です。
日本の自動車メーカーも電気自動車を作る技術を持っていますが、電池を安価に大量生産する工場はありません。
 電池の進化は日進月歩。中国で本格的な電池の生産が始まれば、技術もコストダウンも大幅に進むことは間違いありません。もちろん日本でも電池の開発を行っていますが、価格競争力という点で厳しいものがあります。大量生産を開始する中国のスタートダッシュに追いつけない可能性もあると思います。
そうなると日本の自動車メーカーも電気自動車用の電池を中国から調達するようになるでしょう。また、優れた価格競争力を持つ中国製の電気自動車は、世界中に輸出される可能性を持つかもしれません。いわゆる「ゲームチェンジ」という悪夢のような事態になる可能性も出てきます。
電気自動車を推進していく国や地域で販売される車両に搭載される電池がすべて中国企業の製品になったら、日本の自動車メーカーの利益は大きく減ることになるでしょう。電気自動車に対しどう取り組むかというテーマは、日本の自動車産業にとってかつてないほど重要になりつつあります。この課題に対する答えを東京モーターショーで出してくるかとも期待しましたが、残念なことに各社機密事項らしくヒントすら得られませんでした。電池開発は自動車メーカーの縄張りにこだわらず、全日本でチームを作るべきかもしれません。

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