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「交通トラブルの心理学」(視点・論点)

帝塚山大学 教授・学長 蓮花 一己

今年6月東名高速道路で、サービスエリアでの注意に腹を立てた男が幅寄せや急減速を行って、注意した車を高速道路の追越し車線上で停車させたことにより、後続車が追突する事故を招き、夫婦が死亡するという惨事がおきました。
その後も、道路上でのあおり運転や幅寄せ、などの攻撃行動、それに伴う交通トラブルがマスコミで繰り返し報道されています。過去を遡ると、後続車のクラクションが契機となって、前の車のドライバーが後続車の相手を拳銃で撃ち殺すという殺人事件も発生しています。
こうした、交通場面での攻撃行動は、日常的に数多く行われており、欧米でも、「路上の激怒=ロードレイジ」とよばれ、問題視されています。日常での対人場面でも怒りによる攻撃は見られますが、道路上よりはまれな行為でしょう。なぜ、路上で、あるいは、運転中に怒りが生じて、攻撃が発生しやすいのでしょうか?

交通心理学ではいくつかの理由が推測されています。説明していきましょう。

第一に、道路が見知らぬ人が大勢遭遇する「公共空間」であることの影響です。
道路上で多数の車や人と出会う車の運転は、公共空間での対人行動であり、公共空間では一般にお互いに無関心で対人関係を持たない、「引きこもり行動」の傾向が生じやすいと言われています。この反動として、いったん対人行動を行う必要が生じた場合には、攻撃のような過剰反応となりやすいのです。
第二の理由として、そもそも運転中はコミュニケーションが困難な事も、攻撃行動の原因となります。例えば、車の合図は、対人コミュニケーションの一種です。合図には、ウインカーやパッシングライトなど車両の装置を用いたものや手などの身振りを用いたものがあり、交通の分野では「カーコミュニケーション」として知られています。
こうした合図は自然発生的なものが多く、それらは教習所などの運転者教育では公式に教育されていません。地域によって使われ方が異なることも多く、人によっても使い方や理解の仕方が異なります。                      
このような形式のコミュニケーションは、受信者が合図の状況をよく理解していないと、合図によるメッセージが誤解され、コミュニケーションの不成立が生じやすくなります。例えば、何気ないクラクションが相手に取っては「この馬鹿野郎!」というようなきわめて挑戦的、攻撃的な意味と受けとめられる恐れがあるのです。
第三に、相手のドライバーが見えにくい、あるいは全く見えないという「相手の不可視性」の影響です。相手が見えない状態では相手との心理的距離が大きくなり、攻撃を促進する可能性があります。
不可視性の影響についてはこんな実験があります。

実験者が乗った先行車を信号停止させ、信号が青に変わっても発進させない状態で、後続車が12秒以内にクラクションを鳴らす回数を調べました。

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友情を示すステッカー、復讐を示すステッカーを貼った場合で反応が違いますが、どの場合でも、先行車のドライバーがよく見える条件(可視条件)と比べて,見えない条件(不可視条件)の時に、後続のドライバーがクラクションを鳴らす比率が高くなりました。
この実験は、相手が見えないことが攻撃行動を生じさせる要因であることを示唆しています。

第四には、騒音や生活テンポなど運転時のストレスが欲求不満となり、攻撃に転化するという考え方です。
渋滞や騒音などの環境ストレスが慢性化している現代の交通状況では、ドライバーの欲求不満も常に高まっており、欲求不満攻撃説でいうところの、攻撃へのレディネス(準備性)が高いと考えられます。

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欲求不満攻撃説では、欲求不満は攻撃のレディネス(この場合怒り)を引き起こします。しかし、必ずしも外的行動としての攻撃を引き起こすことはありません。攻撃レディネスが存在して、さらに手掛かりや刺激があるときに、攻撃が生じるという考えです。

最初に述べたクラクション殺人事件では、加害者が元暴力団であり、問題を起こして逃げ回っていたという点で、攻撃の準備性がきわめて高かった。そこに、クラクションという手掛かり刺激、つまり攻撃を誘発する刺激が加えられたことにより銃による攻撃がなされたと解釈できます。運転場面での攻撃では、相手からのクラクションや割込みなどの行為が攻撃を誘発する場合が多いと言えます。
第五に、攻撃を学習理論から説明しようとする説もあります。
攻撃に限らずすべての行動は、直接学習と観察学習という二通りの方法で習得されます。直接学習は、攻撃によって賞罰がなされることで、行動が学習されるということです。例えば、攻撃行動で相手が道を譲ってくれて時間が短縮される、などによって攻撃行動が強化され、逆に、警察に捕まるなどで罰を受けることで攻撃行動が抑制されます。
その一方、観察学習では、他の人間の行動を見て、その行動の結果がうまくいけば行動を習得するというものです。
運転でいえば、後続車がクラクションやあおり運転を行い、前の車が遠慮して道を譲るのを観察して、見ていた人が「自分もしてみよう」と考えて、実践するようなことです。
最後に、これほど路上での攻撃がはびこっている原因について、二つの理由を上げたいと思います。一つが社会的制裁の欠如であり、もう一つが社会的訓練の不足です。
社会的制約の欠如ですが、日常生活では攻撃行動がいかなるものであれ、警察等への通報が迅速に行われ、加害者が法的制裁を受けることが多いのに対して、運転場面ではあおり運転や幅寄せなどの行為がそれほど取り締まりの対象となっていません。その結果、攻撃行動が野放しに近い傾向にあります。最近はドライブレコーダが普及し、その性能も向上しています。その映像記録を証拠として活用し、法規制の実効性を高めるべきだと考えます。
 第二の訓練の不足ですが、初心者の場合、あおり運転やクラクションによる攻撃行動を、知らずに行うケースもあります。長いクラクションを当たり前だと思って鳴らしていて、相手に怒られて気が付くというようなケースです。これまで述べてきたように、運転中は、自分も他人も、普段より「怒り」がおきやすい状態にあると知っておくことは大事です。
運転中には、危ない車や歩行者の行動に腹が立つこともあるでしょうが、その怒りをそのまま相手にぶつけるのはやめましょう。我慢するとか、相手にしないことも立派な対処方法です。
公共の場である交通場面での相手のことを正しく理解することは重要です。専門用語で「視点取得」や「共感性」と呼ばれる心の働きです。「相手が何をしているのか」、「何のためにしているのか」をいつも考える習慣を身につけます。さらに、相手のために何をしてあげられるかを考えましょう。「スペーシング(間をあける)」、「合図」、「道を譲る」などの行為は思いやりの行為といえるでしょう。
感情や行動をコントロールする、セルフコントロールの仕方を学ぶことも大事です。例えば運転免許の取得時や研修会等で運転中のセルフコントロールの訓練も十分に実施すべきでしょう。

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