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「『ブラック部活動』改善の鍵」(視点・論点)

名古屋大学 准教授 内田 良

「部活がしんどい」「やめたい」「もっと休みたい」・・・ 
こういった声がいま、インターネット上で急速に拡がっています。
しかもこれらの声は、生徒からにくわえて、じつは先生からも発せられているんです。
なるほど、生徒も先生も、「部活をやるのは当たり前」「土日に練習して強くなるんだ」。そういう空気のなかで、部活動にブレーキがかからなくなる。楽しいどころか、しんどい。これを私は「ブラック部活動」という言葉で、問題提起してきました。

国の最新のデータからも問題が見えてきます。
10年ぶりに文部科学省が実施した「教員勤務実態調査」。その各項目のなかで、勤務時間が突出して増えたのが、中学校教員における「休日の部活動」でした。2006年からの10年間で、約1時間も増加です。
もう一つ、文科省が毎年実施している全国学力テスト。今回はじめて、部活動の時間数も調査されて、長時間の部活動は、学力低下に影響するという可能性が示されました。一日あたりの部活動が1~2時間の生徒に比べて、3時間以上の生徒は、点数がおおむね10点ほど低いことがわかっています。
ところで、「ブラック部活動」の話をするとですね、反論として「部活動には教育的意義があるんだ」「こんなにすばらしいんだ」っていう意見が、しょっちゅう返ってきます。
でも、まさに、意義があるすばらしい活動だからこそ、「しんどい」という声が聞こえなくなります。そして、意義があるからこそ、問題を改善して、立て直しを図るべきなんです。
どうか今日は、臭いものにフタをせずに、部活動が抱えている「ブラック」な実態とその背景にいっしょに迫りながら、部活動の未来像を考えていただけたらと思います。
さて、みなさん、部活動の練習で廊下を走ったことってありませんか? 私自身は、何度も走りました。それはいまも変わりなく、部活動の当たり前の風景です。
でも、考えてみてください。部活動がはじまる直前まで、「廊下は走るな!」だったはず。滑ったり、ぶつかったりするからです。そして実際に、部活動中に廊下を走って「障害見舞金」が支払われるような事故も、毎年起きています。

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なのに、部活動では、なぜ廊下を走るのでしょう?
その答えは、部活動には制度設計がないからです。
どういうことか。たとえば授業時間。体育館や音楽室に生徒がたくさん集まりすぎてあふれ出す、ということはないですよね。それは、学校という施設が、授業用にちゃんと設計されているからです。
でも部活動は、国の学習指導要領に「学校教育の一環」というふうには書いてあるけど、具体的にどうすべきかまではまったく書いてない。
学校という施設は、部活動をやるためには設計されていません。だから、運動部や文化部の生徒が一斉に活動を始めると、場所が一気に足りなくなって、廊下を使うことになる。
これは、先生も同じです。
先生は、授業を教えるために教員になるのであって、部活動を教えるためではありません。先生は大学時代に、部活動の指導方法は基本的には学んでいません。

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ご覧のように、運動部活動に関する調査で、約半数の先生は素人であることがわかっています。
ただでさえ長時間労働が問題になっているなか、平日の夕方さらには土日と、そもそも先生は、部活動を指導する必要はあるんでしょうか。
しかも先生は、安全な指導方法だって、学んでいません。そこで事故が起きれば、生徒は傷を負って、先生は責任を負う。いったい誰得ですか?
今年3月に栃木県の山中で、雪崩で山岳部の高校生ら8人が亡くなりました。そのなかには、経験の浅い顧問教員一人も含まれていました。
これも制度設計がないことの悲劇です。
そして、制度設計がないと、「過熱」します。
ここで、国語の授業を思い浮かべてください。先生や生徒が、「今日の国語の授業は楽しかった。来週からは土日も授業をやりましょう」とはならないですよね。教科というのは年間の標準的な時間数が決まっていて、各クラスで時間割もちゃんと組まれています。これでは、過熱しようがありません。
でも、部活動は何も決まっていないんです。だから、少し練習してみたら勝てた。楽しい! 土日も練習を入れてみよう。また、勝てた・・・って、気がつけば、休みなく練習。学校には、活躍を讃える垂れ幕が下りる。トロフィーが飾られる。こうなってくると、もう誰も、そこから引き下がることはできません。
だからいま、私たちは部活動のあり方を設計しなきゃいけないんです。
2つのことを提案したいと思います。
一つ。活動の大幅な総量規制です。具体的には大会やコンクールの参加回数の制限、練習時間や日数の制限です。

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中高ではいま、週6日以上の活動が、ご覧のとおり、半数強を占めています。
ここで、膨れあがった部活動を、たとえば週3日にまで減らす。大会への参加も年に1回までに制限すると考えてみてください。つまり、活動の総量を半分以下にする。
そうすると各部活動の練習日を、月水金と火木土というふうにわければ、学校の施設を、ゆとりをもって使えるようになります。そして、専門性があって、かつ指導を希望する限られた先生や地域住民が、限られた日時だけ指導にあたればよいわけです。指導者にかけるべき予算も、少なくて済みます。

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もう一つの提案は、図に示したとおり、子どものスポーツや文化活動を、「居場所」型と「競争」型にわけるということ。
図をご覧ください。中央にあるのが、いまの部活動で、「競争」型です。そして、さっきの総量規制の話を想定した「居場所」型の部活動が、図の左側です。部活動は、生徒が授業以外で、スポーツや文化活動に親しむ場とする。毎日練習に励む必要もなく、もちろん参加が強制されるものでもありません。
学校内での球技大会、合唱コンクール、体育の授業での試合、これらはそれなりに練習し、勝ち負けもあり、盛り上がります。でも、全国大会はないし、年中練習するわけでもない。
大人が趣味としてやっているテニスやスキー、あるいは生け花や音楽と同じようなもの。生涯スポーツ、生涯文化活動、この機会を生徒にも提供すればいいんです。その担い手は、学校もあるでしょうが、地域を想定してもよいでしょう。
他方で、全国大会につながっていくような勝利重視の「競争」型の活動は、民間に委ねるべきです。
実際にリオのオリンピックでは、水泳や体操、レスリング、卓球などの競技種目で日本選手がメダルを獲りました。じつはたくさんの選手が、中高時代に民間のクラブチームで育っています。学校の部活動をベースにした強化選手の育成というのは、もはや崩壊していると言ってよいでしょう。
制度設計なき部活動に、これ以上、生徒と先生を置いておくわけにはいきません。
もっとやりたい人とそうじゃない人。それぞれの立場の人がそれぞれに満たされるような制度設計を、急ぐ必要があります。ぜひ、いっしょにスポーツと文化活動の未来を模索していきましょう。

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