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「IS 『首都』 陥落」(視点・論点)

日本エネルギー経済研究所 研究理事 保坂 修司 

 テロ組織イスラミックステート(IS)が拠点としていたシリア北部の町、ラッカが10月17日、ISの手から陥落しました。今年7月にはISのイラクにおける拠点だったモスルがイラク政府軍などによって奪還されており、ISは、その勢力範囲から最重要拠点を相次いで失ったことになります。

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 ラッカは、2014年はじめにISの前身である「イラクとシャームのイスラム国」がシリア内乱に乗じて占領して以来、シリアにおけるISの首都と位置づけられていました。モスルとラッカというISの拠点を奪還したことで、国際社会のIS掃討作戦も軍事的にはいよいよ最終段階に入ってきたといえます。

 もちろん、ラッカが陥落したからといってシリアがすぐ平和になるわけではありません。たとえISが消滅したとしても、シリアではいぜんアサド大統領率いるシリア政府、反アサドを標榜する反政府勢力、そしてそれらと一線を画す少数民族クルド人という三つ巴状態が継続します。

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ISの支配や内乱のせいで、シリアでは総人口の4分の1にあたる550万人が難民として国外に散らばっています。彼らのケアは、国際社会が一体となって取り組まねばならない課題ですが、シリアで内乱がつづいたままでは解決は困難です。破壊されたラッカの町の復興は進むでしょうが、内乱そのものを収束させるまでにはまだ時間がかかりそうです。

 イラクにおいてもISの脅威は減少しましたが、代わってイラク北部のクルディスタン地域で中央政府とクルド人勢力のあいだで対立が高まり、こちらもやはり緊張状態がつづいています。

とはいえ、モスルやラッカの陥落は、単にISの支配領域を縮小させただけでなく、ISが資金集めや戦闘員のリクルートのための核を失ったことをも意味します。それゆえ、ISがかつての勢いを取り戻す可能性は低いと考えられます。

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一方、ISの指導者で、イスラム世界の聖俗両権の長「カリフ」を自称するバグダディ容疑者の生死は不明で、指揮命令系統が残っている可能性もあります。また、ISは今でもイラク・シリア国境付近に一定程度の勢力を維持しています。イラクやシリア、あるいはISが属州と称している地域においてもテロ遂行能力を失っておらず、彼らが別の拠点を見つけて、そこに新たな「国家」を樹立することも否定できないでしょう。その場合、ISが勢力を維持し、なおかつ中央政府が弱く、権力の空白がある地域が候補と考えられます。現時点でいえば、リビアやアフガニスタン、エジプトのシナイ半島などの名前が挙げられるでしょう。

 他方、モスル・ラッカ陥落によって新たな脅威が世界に拡散する恐れが出てきました。ISにイラク人やシリア人以外に数万人ともいわれる多数の外国人戦闘員が参加していることはよく知られています。

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最新の報告では、ロシアやサウジアラビア、ヨルダンから3000人を超える人が、また、フランスからも約2000人がイラクやシリアに渡ったとされています。

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地域別にみると、北アフリカを含む中東出身者が一番多いですが、実はそのつぎはロシアや中央アジアなどの旧ソ連圏出身者、そしてヨーロッパ出身者がつづきます。

 新たな脅威というのは、これら、戦う場所を失った外国人戦闘員がそれぞれの国に戻ったり、他の場所に移動したりすることです。彼らは武器のあつかいに習熟し、無実の人を殺してもかまわないという誤った大義で武装され、帰国した国や移動先で、新たなテロ組織を作ったり、場合によっては単独でテロを起こしたりする恐れが高まっています。

 1979年にソ連軍がアフガニスタンに侵攻したとき、多くのイスラム教徒の若者たちがソ連軍と戦うために義勇兵(ムジャヒディン)としてアフガニスタンにやってきました。10年後、ソ連軍がアフガニスタンから撤退すると、その義勇兵たちは活躍の場を失い、結局、彼らの一部がアルカイダを結成し、それがISの源流の一つとなりました。現在、世界ではその当時と同じような現象が起きようとしています。1990年代のアフガン帰りに代わって、今度はイラク帰り、シリア帰りが問題の中心になっています。アフガニスタンでの苦い経験を繰り返さないためにも、また新たなアルカイダ、新たなISを生み出さないためにも、彼らをどのようにして社会が受け入れていくか真剣に考えなければならない時期にきているのです。

 もちろん、帰国したものの多くは、治安当局によって逮捕されています。しかし、容疑者全員を捕まえるのは困難です。イラクやシリアからの帰還者が捜査の目をかいくぐり事件を起こす危険性が世界中に拡散している点は注意が必要です。

 さらに、捕まえて刑務所に入れたとしても、その刑務所が過激化の温床になっていることが最近の研究で明らかになっています。つまり、彼らを刑務所に入れるだけでは問題解決になるどころか、むしろ事態を悪化させることになるわけです。

近年、世界の多くの国々では、ISメンバーやIS予備軍を捕まえた場合、脱過激化、脱ISのリハビリテーションを受けさせ、さらに刑務所から出たあとの社会復帰への道筋をつけようとする流れも強まっています。過激化した若者たちが刑務所から出たのちに再度テロ組織に入ったり、事件を起こしたりするのを防止するためです。

 しかし、問題があります。このリハビリや社会復帰のプログラムでは何が正解なのかまだほとんどわかっていません。いち早くこうしたプログラムに取り組んできた中東諸国においてでさえ、社会復帰に失敗し、テロ組織に舞い戻ってしまう若者が後を絶たないのです。

また、政治・経済的に不安定な国では、リハビリにまで手が回らないこともあるでしょう。IS的な暴力が中東だけでなく、世界中に拡散した現状では、こうしたリハビリ・プロジェクトを包括的かつ効果的に進めるためには、国際社会の協力が不可欠です。

 一方、イラクやシリアで戦わずとも、自国にいたままISの思想に触発され、過激化していく若者が少なくありません。こうした自国育ちの過激主義者が自国内でテロを起こすケースを「ホームグロウン型」テロと呼んでいます。ISも弱体化するにつれ、こうしたホームグロウン・テロを積極的に呼びかけるようになりました。とくに欧米では、ISの名のもとに行われるテロの大半が実はこの型のテロなのです。

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 その呼びかけに利用されるのがインターネットです。ISはアラビア語のみならず、英語やフランス語、ロシア語など多言語の機関誌やビデオを発行して、自分たちのイデオロギーを拡散しようとしています。そして、そうした機関誌で推奨されたテロの標的や手口が実際に欧米で起きた事件で踏襲されているのです。また、ISが物理的な空間から駆逐されたとしても、彼らの過激なイデオロギーは仮想空間上に残っていくでしょう。ISが蛇蝎のごとく嫌う欧米的価値観の象徴でもある「表現の自由」「信仰の自由」によって守られたインターネットが皮肉なことに、彼らのもっとも効果的な武器であり、安全な避難場所にもなっているのです。

 冒頭でISを物理的な空間から掃討するための軍事作戦が最終段階に入ったといいました。けれども、仮想空間上を含めて、ISを根絶させる「思想の戦い」はまだはじまったばかりです。ISの名ですでに10人以上の日本人が犠牲になっています。ISの問題は、われわれ日本人にとってもけっして他人事でないことは忘れてならないでしょう。

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