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「衆院選の総括と今後の課題」(視点・論点)

学習院大学 教授 野中 尚人

去る10月22日、第48回衆議院議員総選挙が行われました。安倍晋三首相が率いる与党の自民党と公明党が3分の2を超える議席を維持し、第4次安倍政権が組織される見通しとなっています。それと、野党の中での勢力配置が大きく入れ替わり、立憲民主党が野党第1党になったことも印象的な結果でした。突然の解散で始まった今回の総選挙は、どのように理解すれば良いのでしょうか。また、今後に向けてどのような課題が残されたのでしょうか。今回は、そうしたことを振り返って見たいと思います。

まず、自民党はなぜ勝利を収めることが出来たのでしょうか。これには、勝てば議席を独占できるという小選挙区制部分の特質が大きく影響しています。この点で、自民党と公明党が周到な調整によって候補者を完全に一本化したのに対して、野党側では分裂が続き、ごく一部の選挙区を除けば、結局複数の野党候補が乱立する形となりました。もともと自民党への支持層は分厚いのですから、この構図の中では、安倍首相への批判が多少強まっても、自民党候補が負けることはほとんどない訳です。
逆に言えば、野党側は、小選挙区部分では候補の一本化か、あるいは立候補の相互取り下げをしない限り、まともな競争に持ち込めません。かなり単純な算数のようにも見えますが、このハードルが意外とうまく超えられません。2014年の前回の総選挙も全く同じような構図でした。
むろん、基本的な問題と責任は野党第1党にあります。民進党は、国会において政府に対する厳しいチェックをするという面では一定の成果を挙げました。その結果、7月の都議選に向けて、安倍政権の支持率の低下と自民党への大きな批判の流れを生みました。しかし他方で、政権の本格的な受け皿として、民進党自身は、自分たちの政策・マニフェストを構築する作業が遅れ、内部の組織にも乱れが続いてきました。そのため、せっかくの批判票を自分たちは取り込めませんでした。結局、都議選で大幅に議席を減らし、今回の衆院選直前の分裂につながったのです

 さて今回の解散は、小池氏の希望の党がまだ結成さえされていなかったことを含めて、こうした野党の準備不足の状況、言い換えれば、野党勢力が分裂し、一本化した自公候補への対抗が出来ないようなタイミングを見計らった解散だったと言うことが出来ます。しかしその結果、政策の争点がはっきりせず、非常にあいまいな形で憲法改正が論じられたり、北朝鮮を念頭に「国難」という荒っぽい議論のされた面がありました。解散の大義とされた消費税の使途の変更も、とても大義などというものではありませんでした。他方で、希望の党が出来、民進党が解体に近い形での合流を模索したかと思えば、小池氏が選挙に出ないことや民進党左派・リベラルグループを排除する方針が伝えられると再び流れは大きく変わりました。我われ有権者は、まさに、こうしたドタバタ劇に翻弄された訳です。

では、教訓は何でしょうか。1つは、やはり小選挙区制が政権を選択させる大きな機能を持っているということです。野党が大同団結し、リーダーと政策をしっかりと掲げれば、選挙の帰趨は大きく変わります。今回も、小池氏の判断が少し違っていれば、日本政治の構図は大きく違ったものになっていた可能性があります。
 第2に、極端な不意打ち型の解散総選挙は、ポピュリズム型の一発勝負を助長する危険性が大きいとも言えます。これは何も、小池氏と希望の党に限った問題ではありません。実は、我が国の選挙はその期間がごく短いことも深く関係しています。安倍首相の「国難突破」選挙というのもそうですが、具体的な政策論争ではなく、華々しいスローガンでの空中戦では、無責任な人気取りゲームになりかねません。
 しかし、第3に、もう1つの重大な問題は首相の解散権です。これまで、衆議院の解散は「首相の専権事項」と言われてきました。特に今回は、身内の自民党幹部さえほとんど予想していなかった突然の解散でしたが、その結果、野党陣営で大混乱が起こりました。しかし、政策の準備不足は、自民・公明両党も全く同じでした。今回、政策論争の低調さと混乱がいたるところで露呈しましたが、その根本的な理由は、こうした極端な不意打ち解散の結果、与野党ともに国民に向けてしっかりとした政策の準備が出来なかったことだと言わねばなりません。不意打ちされたのは、結局国民です。総選挙は、民主主義にとって最も重要なイベントですが、その価値が著しく損なわれたというべきでしょう。
 イギリス・フランス・ドイツなどでは、首相が無条件で行う形の解散はほぼ出来なくなりました。選挙を通じて国民と向き合い、説明し、政策を提案するというのが民主主義の基本的な仕組みですが、それをうまく働かせるには、不意打ち解散は「百害あって一利なし」だからです。今回の解散総選挙は、まさにこうした解散権の問題が剥き出しになった典型例と言えます。憲法改正か否かは検討の余地があるとしても、憲法7条を使った解散権は明らかに制限されるべき時期にきたと考えます。

 さて、今後のことについて考えてみたいと思います。まず、政策面では、全体としてはほぼ継続でしょうが、憲法の改正問題がいわば第2ステージに入ったと言って良いでしょう。9条の改正をどう扱うのかは分かりにくいですが、緊急事態条項や環境権、あるいは先ほどお話した解散権などについては、少なくとも議論が始まると見て良いのではないでしょうか。ただし、選挙の間、改憲という極めて大きな、漠然とした言葉はあったにしても、具体的な論点の提示はほとんどされていない状況です。国民の意見も、いくつかの世論調査をみると、9条への自衛隊の明記には過半数が反対という状態です。ですから、全ての主要政党から合意を得られるような、対立的でない課題から、じっくりと対話と討論を積み上げて欲しいと思います。
 他方で、北朝鮮をめぐる事態はいずれにしても、予断を許しません。
 また、森友・加計学園などのスキャンダルや防衛省、あるいは内閣府周辺での混乱についても、単に選挙で幕引きということではいけない重要な課題です。官僚による極端な忖度や内閣府と各省との連絡・調整の仕組みは、どのように改善できるのか、問題の本質にかかわる検討と対応が求められると思います。官邸も自民党も、国民の不満のマグマがかなり溜まってきていることを忘れてはならないと思います。
 他方で、野党第1党が、リーダーシップを確立し、人材育成と組織整備を進め、国民に向けてしっかりとした政策を準備できるのか。これが、立憲民主党に課せられた重い使命となります。しかも、最初の1年、スタートダッシュが勝負であると肝に銘じるべきでしょう。
 最後に、政権に復帰してからかれこれ5年を過ぎようとしている安倍首相には、一国のリーダーとして改めて自らの言葉の重みに思いを致してもらいたいと思います。

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