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「中国の行方(2) 社会的弱者との対話をどう図るのか」

東京大学 准教授 阿古 智子
 
今月18日から24日、5年に1度の第19回中国共産党大会が開催され、党の「行動指針」である党規約に、習近平総書記の名前を冠した指導理念「新時代の中国の特色ある社会主義思想」が盛り込まれました。第二期習近平政権は、習近平総書記の強い権威を明確に示しながら、新たな布陣で開始しました。
 習近平総書記は第二期の目標として、小康社会(ややゆとりのある社会)を中国全土で実現することを掲げています。

しかし、経済発展が減速し、地域間の経済格差が大きく広がる中で、既得権益層と社会的弱者層の間で利害調整を行うことは、そう簡単なことではありません。

2010年に国内総生産(GDP)が世界第二位になった中国ですが、沿海都市部と内陸農村部の格差は縮まっていません。

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2015年の一人当たりの可処分所得(給与やボーナスの個人所得から税金や社会保険料などを引いた手取り収入)で見ると、北京や上海は5万元を突破しているのに対し、中西部のほとんどの地域が2万元台です。農村部の純収入(農民の収入から経費を差し引き、それに自家消費した農産物の価値を金額に置き換えて加えたもの)と比較すると、格差はさらに大きくなり、西北地域の青海省は7,933元、日本円で13万6千円、甘粛省は6,900元、日本円で11万8千円しかありません。
 また、各地域が財政力によって異なる社会保障の基準を設けており、条件の良い地域と悪い地域の格差が大きくなっています。例えば、上海市では、所有する財産(現金や預貯金)が3人家族なら1人当たり3万元以下、2人以下の家族なら3万3000元以下で、住宅以外の不動産や車を所有せず、家族1人当たりの月収が同市の同時期の最低生活保障水準より低ければ、同水準である970元を受給できます。
(2017年時点では、住宅なら1物件だけか、2物件でも、合計面積が同市住民の平均居住面積以下であれば所有できます)

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一方、私が2016年に訪れた湖南省の農村で出会った元炭鉱労働者たちは、塵肺病で苦しんでいましたが、炭鉱を運営する会社からは数千元の見舞金が支給されただけで、政府からの生活保護は1ヶ月たったの90元でした。自分と肝硬変の息子の入院費に10万元かかったという人は、6万元の借金を負っていました。
 党員や公務員、国有企業幹部などの既得権益層が、権力やコネを政治資本として利用する風潮に歯止めがかけられなければ、農民や労働者などの社会的弱者の間に不公平感が広がり、共産党政権は彼らの不満を吸い上げることができなくなります。

 習近平政権は汚職の取り締まりに力を入れ、国民の一定の支持を得ています。しかし当然、それだけでは社会に鬱積した数々の矛盾を解消できず、政治的引き締めを強化してきました。中国が抱える多くの問題は、権力を制御する仕組みを持たない現行の政治体制とも関連しており、そこに直接・間接的に切り込むような言論や社会活動は妨害され、阻止されています。
胡錦濤時代、「維権運動」(権利擁護運動)が注目を集めたのに対し、習近平時代にはこれらは大幅に減少し、「公共知識人」(オピニオンリーダー的な知識人)、「維権律師」(人権派弁護士)、「維権人士」(人権活動家)などの存在も薄れています。それは、習近平政権がソーシャルメディアなどを通じて、維権運動や公共事件に触発された社会の連帯や政権批判の高まりを封じ込めようとしているからです。
 維権運動につながっていくような事件や、論争を巻き起こすような出来事は「公共事件」とも呼ばれますが、党・政府はしばしば、「突発公共事件」という言葉も使っています。2003年のSARS新型肺炎への対応をきっかけに、『突発公共衛生事件応急条例』が公布されました。中国が国として突発公共事件に全面的に対処する姿勢を示し始めたのは、この頃からです。国務院は突発公共事件を、 (1)自然災害、(2)事故や災難、(3)公共衛生事件、(4)社会安全事件に区分し、社会に与える深刻度によって、一級(特に重大)、二級(重大)、三級(比較的大規模)、四級(一般)に指定しています。
 さらに習近平政権は、突発公共事件がソーシャルメディアを通じて引き起こされる過程に大きな関心を払い、インターネット世論への対応を強化しています。

 中国の政治体制は国民の政治参加を厳しく制限していますが、ソーシャルメディアが発達したおかげで、国民はある種の民主的実践を経験できるようになりました。政府がいかに情報を統制しても、情報技術を使いこなす人たちは、「壁越え」(ネット規制回避)をして外部の情報を取得します。しかしその一方で、情報へのアクセスが限られている閉鎖的な環境の下で育った人たちは、独立した批判的思考を持つことができず、比較的容易に官製メディアの宣伝に引き込まれてしまいます。
 一方、ネットユーザーの行動や発言は民主の成熟度を増すどころか、逆に弊害が蓄積しているような部分もあります。中国語で「不閙不解決、小閙小解決、大閙大解決」(騒がなければ解決しない。小さく騒げば小さく解決、大きく騒げば大きく解決)と言われるように、公共の利害を省みず、もっぱら私的な利益を最大化しようとする動きも見られます。
 そのような意味において、党・政府系メディアがネットの炎上やフェイクニュースを監視し、それに対して反論や批判を加えることは当然だという見方もあるでしょう。しかし、昨今の中国では、共産党政権の政策方針に合わない言論活動が厳しく制限されており、本来であれば、政府がより真摯に聞き入れるべき社会的弱者の声が聞こえなかったり、建設的な政策論議につながる可能性のある議論が不当に遮断されたりしています。その結果、事件の真相や事故の原因の究明ができなくなってしまうことも、しばしばあります。


 発展途上国であった中国が大きく飛躍した背景には、規制に縛られすぎず、個人や企業がインセンティブを発揮したという側面や、社会保障政策がカバーできていない部分で地域や家族の相互扶助が力を発揮したという側面もあります。長期的に持続可能な発展を見据えるならば、本格的な政治改革が必要不可欠でしょう。

しかし、巨大な国家の政治的・文化的慣習を変えることは、そう簡単ではありません。これから始まる第二期習近平政権は、貧富の差が広がる中、既得権益層と、そして社会的弱者とどのように対話し、政策の優先順位をつけていくのでしょうか。

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