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「ハンセン病 差別・偏見との闘い」(視点・論点)

神戸学院大学教授 内田 博文

ハンセン病の強制隔離政策の根拠となった「らい予防法」が廃止されて今年の3月31日で20年が経過しました。熊本地裁の「らい予防法」違憲判決からも5月11日で15年を迎えます。そこでハンセン病差別・偏見との闘いについて改めて考えてみたいと思います。

国の誤ったハンセン病政策が、それ以前とは明らかに性質を異にするハンセン病差別・偏見を生み出した。熊本地裁判決はこう判示しました。
そして、戦後、特効薬の国内合成に成功したにもかかわらず、強制隔離政策が強められた結果、ハンセン病差別・偏見は弱まるどころか、反対に強まったとも指摘しました。
戦後の未曽有の混乱のなか、強制隔離政策を徹底するためには、戦前以上に民間の協力を得ることが不可欠だと国は考えました。これに呼応して、国民、各界は「無らい県運動」などに参加し、差別する側に走りました。予防法からも逸脱する言動を生じさせ、多くの悲劇が患者・家族を襲いました。患者家族の一家心中事件もその一つでした。昭和26年に熊本県菊池郡で発生した菊池事件も「無らい県運動」が伏在していました。昭和28年の熊本市立黒髪小学校通学拒否事件も同様でした。
日本国憲法で「憲法の番人」と位置づけられた裁判所も、ハンセン病「隔離法廷」にみられるように、ハンセン病差別・偏見に侵され、ハンセン病患者らを憲法の埒外に置くという過ちを犯しました。
ハンセン病問題検証会議からの質問に対し、約半数の入所者の方は療養所は「天国」と回答されました。苛酷で貧しい療養所生活でさえも「天国」と感じる程のすさまじい差別被害を社会で受けたからです。家族を社会の迫害から守るために、自ら療養所に入所する人も少なくありませんでした。社会からの迫害を恐れて、患者の家族・遺族が差別する側に回る、あるいは患者との関係を切断するという事態も現出しました。
ハンセン病差別被害のことを、当事者の方は「人生被害」と訴えられました。
「らい予防法」違憲判決以降、ハンセン病差別・偏見をなくすための取組みが、当事者の方たちを中心に、各地で、活発に展開されています。しかし、差別・偏見が完全に払しょくされたかというと、現在でも否といわざるを得ない状況にあります。それを示したのが平成16年の温泉ホテル宿泊拒否事件でした。ハンセン病患者・家族を「より劣った者」とみなし、「保護の客体」として「同情」する半面、その人たちが抗議の声を上げると「生意気だ」「誰のお陰で生活させてもらっているのだ」といった形で非難する。このような差別の存在が浮き彫りになりました。
現在でも、さまざまな分野で差別が認められます。行政による差別的取り扱いも話題になりました。市民の差別意識も根強いものがあります。大阪市社会福祉協議会による市民意識調査によりますと、自分の子どもがハンセン病回復者の子どもと結婚することについて抵抗を感じる人は42%、ハンセン病回復者と同じ施設を利用することについて抵抗を感じる人は16.2%などとなっています。
熊本地裁判決以降、遺族による遺骨の引き取りが増えました。しかし、予防法廃止後の20年間に療養所で亡くなった方のうち、55%の遺骨が今も分骨もされないまま、園内の納骨堂に納められていると指摘されています。家族。遺族が差別の側に回らざるを得ないという事態も残されています。
ハンセン病差別の被害救済は十分ではありません。「らい予防法」廃止から20年が経過した結果、除籍期間によって損害賠償請求権がなくなるという問題も生じています。本年2月、家族訴訟が熊本地方裁判所に提起されました。
各種の被害調査で浮き彫りになったのは、ハンセン病差別・偏見が、被害者をして被害を語れなくさせているという状況です。
救済が不可能になった被害もあります。現在も、多くの入所者の方は療養所を「終の棲家」にせざるを得ません。死んでも社会に戻ることはできないのです。「今、望まれることは何ですか」という質問に対し、「特に望むことはありません」とお答えになる入所者は少なくありません。苛酷な療養所生活に適応するために、「考えないようにする」という習慣、「あきらめる」という習慣を身につけられた結果が「特に望むことはありません」という回答だったとしたら、この方々の「人間の尊厳」をいかにして回復すればよいのでしょうか。
現在も本名を伏せて園名、偽名で日常生活を送る人が全入所者の38%に上ることがわかったと報じられています。
マイノリティ差別が与える影響は、個人を超えた社会的なものという性格が強いように思われます。社会の根幹をなす「人間の尊厳」や「法の支配」を大きく損なうことにもなります。このような特性に即応した法規制が必要です。現状は十分ではありません。
何が許されない差別かについては、当事者と非当事者の間で大きな認識ギャップがみられます。この認識ギャップによる紛争を防ぐためには、法で定義規定を置き、「共通の尺度」を定める必要があります。
ハンセン病問題基本法第3条第3項はハンセン病差別を禁止していますが、定義規定は置かれていません。
 
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ハンセン病差別・偏見を解消するには、実態調査も欠かせません。この実態調査を踏まえて、必要な施策を国及び地方自治体に義務づけることも法規制の意義です。ハンセン病差別・偏見を解消するには、内なる抑止力の涵養も必要です。それは人権意識を高めることです。
これまでは、回復者の方々が、「当事者主権」という観点から、大きな役割を啓発の面などでも果たしてこられました。回復者の方々の高齢化ということも与って、当事者による取り組みから非当事者による取り組みへとバトンタッチしていく必要が生じてきています。
しかし、国の啓発予算は限られており、地方公共団体独自の取り組みも弱いといえます。ハンセン病問題基本法第5条は自治体の責務を謳っていますが、地域によってかなりの温度差があるのが実情です。年1回の「ハンセン病対策促進会議」に参加していない自治体もあります。「無らい県運動」を担ったことについて今も謝罪をしていない自治体もあります。この温度差をどのようにして埋め、差別・偏見の解消に向けた取り組みの充実・強化をどのようにして図っていくのかが課題となっています。
この啓発では、被害者―加害者という対立関係を共生の関係に変えていくことが目標になります。差別の奥には差別者の抱える、たとえば、落ちこぼれ、貧困、失業、生活不安などといった深刻な社会問題が存在するからです。貧しい人が貧しいが故により貧しい人を差別するという構図がみられます。ハンセン病問題が映し出しているのは共生社会の実現という課題をいまだ達成しえていない日本の姿です。
傷ついたり、手足をなくしたり、病気を抱えたり、生きる希望をなくしたり、そういった人々のためにこそ、社会はある。このことの理解を徹底させることが、今、私たちには求められているように思われます。

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