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ハイチ大統領暗殺の波紋

鴨志田 郷  解説委員

世界でも最も貧しい国の一つで、自然災害も相次いできたカリブ海の島国ハイチで、大統領が暗殺され、波紋を広げています。鴨志田郷(かもしだ・ごう)解説委員。

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Q大統領が自宅で襲撃され、殺害されるというニュース、一体何がおきたのでしょうか?
A7日の未明、ハイチの首都ポートプランスにあるモイーズ大統領の私邸に、武装グループが押し入って銃を発砲し、寝室にいた大統領が十数発の銃弾を受けて死亡、夫人も重傷を負い、アメリカに搬送されて治療を受ける事態となりました。
治安当局はこれまでに、事件に関わったとして政権に批判的だったとされる人物や外国人の傭兵など30人近くを摘発しました。しかし、「これほど大がかりな襲撃の陰にはもっと大物の黒幕がいるはずだ」というのが、現地のもっぱらの見方です。モイーズ大統領は生前、野党や財閥と鋭く対立し、政界にも財界にも多くの敵を抱えていたとされるからです。政府は20日に就任したアンリ首相のもとで事件の捜査を続けていますが、今後どこまで真相の究明が進むのかは、予断を許しません。

Qハイチといえば、かつて日本の自衛隊も災害からの復旧に派遣された国ですよね。

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Aハイチは多くの国際的な支援に支えられてきた島国です。実はハイチには、かつて旧宗主国のフランスによってアフリカから連れてこられた黒人奴隷たちが19世紀に「世界で最初の黒人の共和国」として独立した、誇り高い歴史があります。
ところがその後、クーデターや軍事独裁などの政情不安が続き、ハリケーンなどの自然災害にもたびたび見舞われ、11年前の大地震では31万人が犠牲になりました。
混乱の中でギャングなどの凶悪な犯罪組織が横行し、治安も極度に悪化してきました。
その結果、国民の実に半数が、国連が定める貧困ラインの1日1.9ドル未満で暮らし、国民の4割が食料難に瀕するという、「西半球の最貧国」になってしまったのです。
5年ほど前、現地を取材した経験がありますが、首都の沿岸部に見渡す限り広大な貧困地区が広がっていて、炎天下の劣悪な環境の中、犯罪に怯えながら、人々がもがくように暮らしていた印象があります。これまで国連はハイチに対して様々な支援に加え、長年にわたりPKO=平和維持活動を展開し、大地震からの復興には日本の自衛隊も協力しました。

Q大統領の暗殺という事態を受けて、さらに混迷が深まってしまうのでしょうか?

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A国際社会では懸念が広がっています。ユニセフ=国連児童基金は、事件をきっかけに治安がいっそう悪化すれば、国内の子どもの3人に1人にあたる150万人に十分な食料が届けられなくなると警告しています。また、現地には先週ようやく新型コロナワクチンが送り届けられましたが、国民への接種が順調に進むのか、楽観できません。そして9月に予定されている大統領選挙を平和裏に実施し、亡くなったモイーズ大統領の後任を選んで政治の安定を取り戻せるのか、未知数です。
事件の真相究明もさることながら、社会に混乱を広げないことが急務になっているのです。

国連はいま「世界の誰ひとり置き去りにしない」というキャッチフレーズのもとに「SDGs=持続可能な開発目標」を掲げています。苦境にあえぐハイチのような最貧国の人々を支え続けることは、国際社会に課された重い責務だと思います。

(鴨志田 郷 解説委員)


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