NHK 解説委員室

これまでの解説記事

ウクライナ EU加盟への長く険しい道のり

二村 伸  専門解説委員

j230206_1.jpg

2014年2月ウクライナでロシア寄りの政権が崩壊し、EU加盟をめざす親欧米政権が誕生しました。それからちょうど10年たった今、ウクライナはロシアの侵略から国を守る戦いを強いられると同時に悲願であるEU加盟の交渉に向けて改革を迫られています。しかし、交渉は始まっても加盟までには多くの難題が立ちはだかっています。加盟交渉に向けたウクライナとEU双方の課題と今後を考えます。

j230206_2.jpg

EU・ヨーロッパ連合がウクライナとの加盟交渉開始を決めたのは去年12月。
EUの内閣にあたるヨーロッパ委員会の勧告に基づき、各国首脳は年末の会議でウクライナとの加盟交渉の開始を認める予定でしたが、ロシアのプーチン大統領に近いハンガリーのオルバン首相が異議を唱えていました。全会一致の原則により1国でも反対したら加盟交渉を始められないため会議中にドイツのショルツ首相から「コーヒーでも飲んできたら」と持ち掛けられたオルバン首相が席を外した間に採決が行われ、交渉開始の承認にこぎつけました。事前に説得され、建設的な棄権だといわれています。
頑なだったオルバン首相が拒否権を行使しなかったのは、EUから凍結されている補助金の交付を再開させたいという思惑があり、最後まで抵抗する姿勢を見せたことで国内の支持者や親友のプーチン大統領にも顔向けできると判断したのではないでしょうか。

j230206_3.jpg

EUがウクライナとの加盟交渉開始を決めるまでは異例の速さでした。
ゼレンスキー大統領が加盟申請書に署名したのはおととし2月28日。ロシアの侵攻の4日後です。ヨーロッパ委員会のフォンデアライエン委員長は当初から「ウクライナはヨーロッパの一部でありEUへの参加を望んでいる」と述べていました。ヨーロッパ議会も大統領の署名の翌日、ウクライナのEU加盟に向けて加盟国の努力を求める決議を採択しました。ロシアの侵略からウクライナを守るためEUは申請からわずか4か月後に加盟候補国として承認しました。

j230206_4.jpg

ウクライナにとってEU加盟は、経済の発展と国の安定のために不可欠であり、名実ともにロシアと決別する手段でもあります。
EU加盟国は27か国。域内では国境の垣根が取り払われ、人やモノ、サービスの移動が自由です。ヨーロッパでは経済が立ち遅れていたルーマニアやブルガリアが加盟後、経済成長を遂げたようにウクライナも経済活動が活発になり、EUから多額の補助金が見込まれるなど加盟のメリットは大きいといえます。また、アメリカやヨーロッパの一部でウクライナへの支援疲れともいえる状況が見られ始めているだけに、加盟交渉が始まればEUからの長期的な支援も期待できます。
一方、EUにとって加盟交渉の開始は、ウクライナに将来にわたって関与し続けるというロシアに対する強いメッセージとなります。

j230206_5.jpg

ただ、加盟までにはいくつものハードルがあります。申請から加盟までの手続きは3段階あり、▼まず加盟候補国として認定された後、▼EUとの間で加盟交渉が行われ、▼すべての加盟条件が満たされたと加盟国が認めたら交渉が完了し、全加盟国と加盟候補国が加盟条約を締結、加盟が実現します。ウクライナはまだ2つめのハードルの手前です。
現在加盟候補国は9か国。このうち5か国が交渉中です。アルバニアは申請から交渉開始まで13年、トルコは18年、最初の申請からだと交渉まで40年以上かかりました。それに対しウクライナは早ければ申請から2年あまりで交渉が始まる見通しです。とはいえEU加盟への道は険しくこれからが正念場です。

j230206_6.jpg

EUへの加盟には▼ヨーロッパの国であること▼EU設立の基礎となる価値観を共有することなどが必須条件です。そのうえで、具体的な基準が設けられています。▼政治的には自由と民主主義、法の支配など。▼経済的には市場経済が機能し域内の競争などに対処できる力を備えていること。▼そしてEUの法体系全体を受け入れることが求められます。加盟国としての義務を果たす行政能力も必要です。加盟をめざす国は外交や安全保障、司法、金融など35の分野ごとにEUと交渉し、2万を超えるEU法に照らして国内法の整備や行政改革を進めなくてはなりません。

では、ウクライナのEU加盟はいつ頃になるのでしょうか。見通しはまったく立っておらず、何年もかかる可能性もあります。解決すべき課題が山積しているからです。

j240206.jpg

去年11月ヨーロッパ委員会は、ウクライナとの加盟交渉を始める条件として「汚職の防止」と「オリガルヒ・新興財閥の影響削減」、それに「少数民族に関する法整備」の3項目の進展が不十分だとしてさらなる改革を求めました。その進捗度合いが来月までに報告されることになっています。中でも汚職対策は加盟交渉開始の重要なカギです。

j240206_7.jpg

この地図は、ドイツに本部を置く国際非政府組織「トランスペアランシー・インターナショナル」が先月末発表した政治家や公務員の汚職の度合いを示した「腐敗認識指数」です。世界銀行やアジア開発銀行など10の機関を対象に行った調査結果を指数化したもので色が濃いほど腐敗が多いことを示しています。ウクライナは前年より順位をあげたものの180か国中104位にとどまっています。

j240206_8.jpg

ウクライナでは先月国防省幹部らによる武器調達をめぐるおよそ60億円規模の汚職事件が摘発されました。国防省では去年も食料調達をめぐる汚職事件が起き大臣が解任されています。摘発は改革の一環ともいえますが汚職体質は簡単には変えられそうにありません。
さらにロシアの侵攻がいつまで続き、どのようなかたちで決着するのか見通せないだけに今後の交渉を難しくしています。

EUもまた新たな加盟国を受け入れる前に自らの機構改革に迫られています。加盟国の増加により全会一致で決めることが難しくなり、予算の財源や配分も難しくなっているからです。

j240206_10.jpg

ハンガリーはウクライナに対する500億ユーロ、およそ8兆円相当の支援に拒否権を行使。今月初め臨時首脳会議でようやく合意に達したものの今後の交渉でも抵抗が予想されます。外交や税制に関して適用される全会一致の意思決定方法は限界に来ています。
ウクライナの1人当たりのGDPはEUの1割強にすぎません。経済格差は大きく加盟後のウクライナには多額の補助金が交付されることになりますが、その分、他の国々への配分が減ります。ウクライナ復興にも多額の資金が必要で、EU全体の予算を圧迫しかねません。
安全保障面でも懸念が持ち上がっています。ウクライナが加盟すればEUでもっとも面積の大きな国となりますが、それはEUの境界線が東に大きく移動しロシアと2000キロをこえる長い国境線をはさんで対峙することを意味します。EUは政治・経済的な側面だけでなく共通の安全保障・防衛政策をもち、加盟国は武力侵略を受けた国を援助することが義務付けられています。これまでEUとロシアの緩衝国と位置づけられてきたウクライナがEUに加盟すればロシアとの緊張要因になりかねません。

ヨーロッパ委員会のフォンデアライエン委員長はEUの拡大を「歴史の要請」だと述べています。戦争と分断を繰り返してきたEUが歴史に従って広く、平和と民主主義を定着させるためにはウクライナなど加盟をめざす国々とEU双方のたゆまない努力が必要です。そしてEUと価値観を共有する日本も改革を後押ししていくことが求められるのではないでしょうか。


この委員の記事一覧はこちら

二村 伸  専門解説委員

こちらもオススメ!