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輪島 地震大火~大津波警報下の消火活動は

松本 浩司  解説委員

能登半島地震から1カ月。輪島朝市で発生した大規模火災では地震に起因するさまざまな障害が消火活動を阻んでいたことが取材で明らかになりました。また、その活動は大津波警報が出続ける中で行われていて、救命・救助と救助者の安全をどう両立させるのかという問題があらためて提起されました。この問題を考えます。

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【延焼をなぜ止められなかったのか】

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先月1日の能登半島地震で輪島市の中心部「朝市通り」で起きた火災は14時間にあたって燃え続け、およそ300棟、5万平方メートルが焼失しました。

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消防によりますと地震から1時間余り経った午後5時20分頃、消防署員が2軒の家が燃えているのを見つけました。

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火は風の影響で当初、西側に広がり川で止まる形になったのですが、その後、風が反転。朝市の中心部に向かって放射状に燃え広がっていきました。

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午後11時過ぎには中心部をほぼ焼きつくし、未明に全域に広がったと見られています。

延焼をなぜ止められなかったのか。取材を進めると消防は困難な事態に次々に直面していたことがわかりました。

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消火活動にあたったのは消防署員と消防団員あわせて48人。
現場周辺には10カ所あまりの消火栓がありましたが断水ですべて使えませんでした。

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消防団は出火場所に近い防火水槽から水を取ろうとしますが、倒壊した建物が覆いかぶさり近づけません。そこで川から水を取ろうと川沿いに消防車を回しました。

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川に吸水の管を下ろしましたが、水が見る見るうちに減って底が現れ、ここでも水を取ることができませんでした。地震による地盤の隆起が原因と見られます。

「防火水槽や川の水が使えさえすれば、初期の段階で火を消し止めることができた」と関係者は口を揃えます。

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残された数か所の防火水槽の水で消火にあたりましたがすぐ空になり、500メートル離れた小学校のプールの水だけが頼りになりました。

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ビルを壁にして延焼を食い止めようとしましたが、窓から炎が隣に燃え移りました。
プロパンガスボンベからはガスが噴出し、炎が爆発的に広がりました。

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消防団長の川端卓さんは町が炎に包まれていくのを呆然と見ているしかなかったと言います。

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「火の粉が頭の上を超えて向かい側の建物の屋根のほうに飛んでいくのをずっと見ていました。消しようがないんですよ。全然力不足でしたね。」

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住民の証言によると朝市通り周辺では少なくとも20人が、死亡が確認されたり安否不明になったりしていて、ほとんどの人が倒壊した建物の下に取り残されていました。中から声が聞こえていたところが複数あり、延焼を食い止めることができれば命を救うことができた可能性があります。

「やっぱり悔しいですよ・・・・本当に悔しいです」
川端さんは声をつまらせました。

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今回あらためて認識されたのが防火水槽の重要性です。消火栓は大地震のとき断水で使えなくなるからです。専門家は周辺の建物の倒壊対策やリスクのある場所を避けて増設すること、複数の取水口をつけるなどの対策を検討すべきだと指摘しています。

【大津波警報が出る中で行われた消火活動】

この火災は、津波防災を考えるうえで、もうひとつ大きな課題を突き付けました。
大津波警報が出されているさなか、危険区域内で消火活動が行われたからです。

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13年前の東日本大震災では避難を呼びかけたり、水門を閉めに行ったりした消防団員254人、消防職員26人が犠牲になり、大きな問題になりました。震災後、国は消防団員・職員の安全確保を検討し、消防活動中であっても自分の命を守ることを優先し、津波の到達が予想される時刻までに余裕をもって避難を完了するという指針を示しました。

ところが今回は、それよりもあとの段階、いったん避難をしたあとの判断が求められたのです。

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ハザードマップで火災現場は津波浸水エリアになっていて、押し寄せる津波の高さは最大2メートルと想定されていました。
火災が確認されたとき、すでに輪島港で1.2メートル以上の津波が観測され、第2波、第3波のおそれがあるため大津波警報が継続していました。
多くの消防署員・団員がいったんは避難していましたが、そこで決断を迫られ、自主的に駆け付けたのです。

活動をした理由について消防本部や消防団を取材すると「地震発生から1時間以上たっていて津波が来る危険性は低くなったと考えた」と答えました。「過去の経験からもう津波は来ないと考えた」という人もいました。

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消防団長の川端さんは次のように話しました。
「恐怖はなかったです。とにかく消したいということ、それしか思いませんでしたね。そのとき恐怖とかっていうことは感じませんでした。で実際に津波が来たときに間に合うのか、逃げるのに間に合うのかと言われると、それはちょっとなんとも言えませんが、ともかく最初はまず(火災現場に)入ったと思います。」

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消防本部によりますと海を監視するカメラは停電などのためすべて見ることができず、海の監視に署員をあてる人的余裕もなかったとしています。

もちろん津波を警戒していなかったわけではありません。海岸にポンプ車を置いて海水を取れば水不足を劇的に解消することができたのですが、津波警報が出ている間は行いませんでした。署員・団員の命を守るための苦渋の決断で、海水を取り始めたのは警報が注意報に変わった午前1時過ぎでした。

結果的に火災現場に津波は到達しませんでした。ただ地盤が1メートル以上隆起していて、その影響もあったと考えられています。

【突き付けられた新たな課題】

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輪島の火災は消防・防災関係者に大きな課題を突き付けています。
津波警報が出ている浸水想定区域での火災にどう対処するのか。
専門家と消防職員らによるある勉強会では、
▼消防職員から「一般論として津波警報が出ている間は消火や救助活動はすべきでない」という意見が出された一方、
▼「ドローンや高台から監視し、津波が確認されたら避難できることを条件に活動してもよいのではないか」という専門家もいました。

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また防災研究者による報告会では、
津波警報が長時間出続けたことで結果的に救助活動が制約されたことについて
▼災害医療の専門家が「一般の住民向けとは別に救命・救助のプロ向けの警報を出すべきではないか」と発言。
▼これに対し地震の専門家は「それは極めて難しい。津波警報がしばらく解除されないのは合理的な判断で、消火活動ができないのはつらいと思うが、決して甘く見ないでほしい」と訴えました。

多くの専門家は、今回、東日本大震災を教訓に作られた方針が想定していなかった状況に直面したことを重く見ています。

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消防防災が専門の東京理科大学教授の小林恭一さんは次のように話します。
「津波警報が出ていて津波が来て、いつまでたっても警報が解除されない。そういうなかで火が出ていたというのが今回のシチュエーションですよね。それで『消しに行くな』というほうが難しい。だけど『消しに行くな』というのは(誰かが)言わなきゃいけない。それが制度、国の役目だと思います。要救助者の人命も消防隊の人命もどっちも大事なのです。」

【まとめ】

輪島市の火災現場で消防の人たちはきわめて困難な状況のなかで住民の命を救おうと消火活動を続けました。本当に尊い行動だったと思います。一方で「救助をされる側」と「救助をする側」の両方の命を守るため、津波警報下での活動はどうあるべきなのか、今後、あらためて検討が求められます。


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