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能登半島地震1か月 少しずつ見えてきた産業被害の全体像

佐藤 庸介  解説委員

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能登半島地震の発生から、2月1日で1か月がたちました。

被災地では、なお多くの人たちが厳しい避難生活を強いられています。その一方で、先々、もとの生活を取り戻すためには「仕事の場」の再生が必要になってきます。

甚大な被害を受けた地域の経済が、どうすればその道筋を見出すことができるのか。政府の支援策の内容を見ながら、今後の課題を探ります。

【損害規模は新潟県中越地震に匹敵】
能登半島地震は、多くの人たちの命を奪っただけでなく、経済的にも重大な損害をもたらしています。

住宅や工場、道路などのインフラをあわせた損害の額について、内閣府はおよそ1.1兆円から2.6兆円に達するという試算を明らかにしました。過去の災害では、2004年の新潟県中越地震に匹敵する規模です。

さらに企業の生産や事業活動、観光需要の減少に伴う、GDP=国内総生産の損失もあります。

民間のシンクタンク「日本総研」は、その規模がおよそ974億円に上るという見通しを示しています。

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日本全体の経済に与える影響としては限定的ですが、石川県だけで見ると一定の割合を占め、地域経済へのダメージはきわめて大きいと言えます。

それでは被害が大きかった地域や産業はどういったものでしょうか。

復旧を急ぐ中で調査が進んでおらず、いまも全貌は明らかになっていませんが、情報を総合すると、経済面での被害も石川県の能登半島北部に集中しています。

この地域は「奥能登」と呼ばれ、輪島市、珠洲市、穴水町、それに能登町の4つの市と町です。

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基幹産業は、農林水産業、観光業、それに伝統産業で、いずれも深刻な損害を受けました。主に石川県が発表した、1月31日現在の情報をもとに、県内の被害状況を整理します。

【産業への打撃 ①農林水産業】
このうち水産業では、漁港の被害が顕著です。

中でも能登半島の北西側、「外浦」と呼ばれる海域では、広い範囲で海底が隆起しました。

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石川県によりますと、西の志賀町から東の珠洲市にかけて、外浦海域の21の漁港で隆起がみられ、一部では海底が水面の上にあらわとなり、使えない状況になっているところもあるということです。

j240131_v1.jpg隆起で海底が水面の上に現れた漁港(輪島市 黒島漁港)

東側の「内浦」海域では、水揚げが再開されている漁港もあります。それでも断水で氷が作れないなど、大きな制約を受けています。

これらを含め、県内の大半にあたる60の漁港で何らかの被害が確認されました。

農業も大きな被害を受けています。

石川県では、127か所の農地で亀裂や沈下などが見つかりました。しかし、奥能登では調査はほとんど進んでおらず、分かっているのはごく一部だとみられています。

奥能登で盛んなのはコメ作りです。畔が壊れるなどしていれば、田んぼに水を張ることができません。5月ごろの田植えまでに復旧できないと、今シーズンのコメづくりは困難です。

畜産も影響が出ています。痛手なのは、断水です。少しずつ復旧しているものの、33件の畜産農家が断水に苦しんでいます。

たとえば酪農では、牛に与えるだけでなく、設備の洗浄などにも大量の水が必要です。水を十分確保することができず、生乳を出荷できない酪農家もいるということです。

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【産業への打撃 ②観光業】
そして、観光です。

大きなダメージを受けたのは、七尾市の和倉温泉です。金沢市を除けば、県内でもっとも宿泊客を受け入れられる、有数の観光地です。

しかし、多くの旅館やホテルの建物が損傷し、一時は源泉から温泉をくみあげる配管が壊れ、温泉が送りだせない状態にもなりました。

石川県の馳知事は、1月17日の会見で、被害額について「おそらく数百億円ではきかない」と述べています。

また、キャンセルの問題もあります。奥能登に比べれば被害が比較的小さかった、金沢などほかの地域でも、宿泊客のキャンセルが相次いでいるということです。

岸田総理大臣は1月25日、石川県を含む周辺の4つの県で、1月中の宿泊キャンセル数が、およそ17万件に上っていることを明らかにしました。

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【産業への打撃 ③伝統産業】
伝統産業にも極めて大きな影響が生じています。代表的な存在は、輪島塗です。

県によりますと、輪島朝市通りの火事により、地元の組合に加盟している103社のうち、12組合員の事業所が焼失したほか、ほぼ全ての組合員の工房や事務所に大きな被害が出ているということです。

輪島塗は、2007年の地震でも多くの蔵や店舗が崩壊し、甚だしい打撃を受けました。そこから立て直したにもかかわらず、ふたたび被害に見舞われました。

そのほか県内には、国が定めている伝統的工芸品として、九谷焼や七尾仏壇などもあり、さらに被害が明らかになる可能性があります。

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【政府の支援策 その内容は】
深刻な状況を受けて、政府は1月25日、支援策のパッケージを公表しました。

東日本大震災や熊本地震といった災害でも採用された事業が柱です。今回はとくに産業関連に絞って内容を確認します。

まず業種を問わず、幅広い中小企業が使えるメニューとして、壊れた建物や設備を復旧するのにかかる費用のうち、4分の3を賄う補助金を用意します。

水産業では、漁港の被害を確認するため、国が緊急の調査を行います。そのうえで、漁港を管理する県や市、町に対し、復旧の費用を補助します。

また、被災した漁業者がふたたび操業できる状況になるまで、ほかの漁船などで仕事を続けられる事業も始めることにしています。

観光の振興では、「北陸応援割」を導入します。

石川県など4県を対象に、1泊、最大2万円まで、宿泊費の半分を補助します。施設の中には、避難で使われているところもあることから、開始時期は状況を見て県が判断します。

一方、能登地域は今、観光客を受け入れられる状況にありません。このため、環境が整った段階で、割引率を70%にするなど、より手厚い振興策を検討しています。

そして伝統産業です。

輪島塗をはじめ、国が指定する伝統的工芸品の生産に携わる事業者を対象に、道具や原材料の確保にかかる費用について、4分の3を補助します。こうした支援は、過去に例がないということです。

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【すみやかな実行がカギに】
メニューはひとまず出そろいました。あとはいかにすみやかに実行に移せるかです。

その際、急速な高齢化が進んでいるという、奥能登が置かれた状況を考えないわけにはいきません。

奥能登の人口は、1995年から2020年までの25年間に37%減少しました。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、その後、2045年までの25年間でさらに51%減ると予測されていました。

そうした中で起きた今回の地震。もともとの推計されていた数字よりも、人口減少がいっそう加速し、地域社会の維持が難しくなる恐れがあります。

東日本大震災の教訓を生かさなければなりません。

津波で甚大な被害を受けた岩手県南部の海岸沿いの地域では、震災後の1年で急速な人口減少に直面しました。

東日本大震災で被災した地域の復興に関わった、岩手大学の広田純一名誉教授は、急速に減った要因の1つに、沿岸部には大きな都市がないため、震災で仕事の場を失い、地元を離れざるを得ない人が多かったことを指摘しています。

奥能登も、似た環境にあります。

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【復興のために重要なことは】
もとの生活を取り戻すために、とにかく道路や水道の復旧、仮設住宅の整備が前提であることは言うまでもありません。

そのうえで、復興には農林水産業や伝統産業の力が不可欠です。それらが観光の資源でもあり、能登ならではの魅力を作り出しています。地域から人が流出する事態を避けるために、できるだけ早く再建しなければなりません。

さらに、たとえば雑貨店、美容室、クリーニング店のような、数多くの中小、零細な事業者も重要な存在です。これらの事業者が提供する商品やサービスは、日々のくらしにはなくてはなりません。働く場であると同時に社会的なインフラ機能も果たしているからです。

政府は、支援策の情報を丁寧に被災した事業者に伝えること。そのうえで、立て直そうという意向があれば、その思いを大切にして支援を尽くすことが必須です。

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生活環境の整備に加えて、こうした地域の事業者の再建を並行して進めることも復興の条件だということを忘れてはなりません。

それだけに私たちも、能登の特産品の消費などを通じて、息の長い応援を続けていくことが必要だと思います。


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