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ガザとウクライナ 分断深まる世界

二村 伸  専門解説委員

パレスチナのガザ地区に対するイスラエル軍の攻撃は「ジェノサイド・集団殺害」だとの訴えを受けて審理を行っているオランダ・ハーグの国際司法裁判所は26日、イスラエルに対してジェノサイドを防ぐためにあらゆる措置を講じるよう求める暫定措置命令を出しました。しかし、これだけでは戦闘の鎮静化は難しそうです。国際司法裁判所ではロシアのウクライナ侵攻についても審理を行っています。この2つの裁判は欧米とロシアだけでなくいわゆるグローバルサウスとの溝を深めかねない危うさを孕んでいます。ガザとウクライナをめぐって深まる世界の分断について考えます。

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南アフリカ政府は先月29日、イスラエル軍によるガザ地区への攻撃が、ジェノサイド・集団殺害を禁じた条約に違反していると国際司法裁判所に提訴し、同時にパレスチナの人々を守るためイスラエルに対して軍事作戦の即時停止と、集団殺害を防ぐ手立てを講じることを求める暫定措置を出すよう裁判所に要請しました。
南アフリカが裁判所に提出した文書は84ページ。パレスチナ人に深刻な精神的・肉体的苦痛を引き起こし、破壊をもたらすおそれがあると指摘しています。

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南アフリカが訴えの根拠としたジェノサイドは、国や民族、人種、それに宗教的な集団の破壊を意図した殺害や強制的な移送などの行為と定義されています。ホロコースト、ナチスによるユダヤ人の大量殺害を受けて1948年国連で「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」、いわゆるジェノサイド条約が採択され、締約国はジェノサイドの防止と処罰を行う義務を負っています。審理初日の今月11日南アフリカ代表はガザ地区では避難場所や病院、学校、モスクなどでパレスチナの人々が殺害されており、「ジェノサイドが行われている強制収容所だ」とイスラエルを強く非難しました。ホロコーストの犠牲者だった側が今、加害者として訴えられているのです。

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なぜガザの衝突の当事者ではない南アフリカが提訴したのか、ラマポーザ大統領の言葉から読み取れます。大統領は「国家による略奪や人種差別の苦い経験した社会として、歴史の正しい側に立つ」と述べています。
南アフリカは30年前まで少数派の白人が支配し、国民の大多数である黒人は居住や就労、教育、移動の自由を奪われ選挙権も認められていませんでした。黒人解放闘争の指導者でアパルトヘイト終焉後、初の黒人大統領に就任したネルソン・マンデラ氏は生前、「パレスチナが解放されるまでアパルトヘイトは終わらない」と述べ、同じように差別と抑圧に苦しむパレスチナへの強い連帯感を示しました。以来南アフリカはパレスチナ支持の立場を取り続けています。

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一方、イスラエル側は12日、「集団殺害があったとすればイスラエルに対して行われたもので、ガザの軍事作戦はハマスなどのテロ組織に対する自衛措置だ」とした上で、「パレスチナの人々を滅ぼす意図は全くない」と反論し、「南アフリカはイスラエル固有の自衛権を侵害し、名誉を棄損している」として申し立ては却下すべきだと主張しました。さらにネタニヤフ首相は「イスラエルは人道に対する罪を犯したテロリストと戦っている。南アフリカは紅海で各国船舶を攻撃しているイエメンのフーシ派などの行為には声を上げず偽善だ」と批判しました。
イスラエルの軍事作戦がジェノサイドにあたるかどうか、国際司法裁判所の裁定が出るまでには数年かかると見られます。また、暫定措置命令は法的拘束力があるものの強制執行できません。さらにイスラエルに軍事作戦の即時停戦は求めておらず、戦闘の鎮静化は当面期待できそうにありません。

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国際司法裁判所では、ロシアのウクライナ侵攻についても「ジェノサイド」をめぐって審理が行われています。おととし2月、ロシアがウクライナ東部のロシア系住民に対するジェノサイドを口実に特別軍事作戦と称してウクライナに侵略。その2日後ウクライナ政府はロシアの主張は虚偽だとする訴えを起こしました。裁判所は翌月、ロシアの軍事行動の即時停止などを求める暫定措置命令を出しましたが、ロシアは無視し続けています。
同じハーグにある国際刑事裁判所は去年3月、占領地域のウクライナの子どもたちのロシアへの送還が戦争犯罪にあたるとしてプーチン大統領らに逮捕状を出しました。ガザの衝突をめぐってもイスラエルとハマス双方の捜査を行っていますが、戦争犯罪にどこまで切り込むことができるか、その存在意義が問われています。

ロシアが強気の姿勢をとり続けている背景の1つに中東やアフリカ、アジアの国々の支持があります。イスラエルもまたアメリカが後ろ盾となっていることで強硬な姿勢をとり続け、国際社会は分断を深めています。

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欧米の国々は、ロシアの侵略を強く非難し、ウクライナを全面支持しています。ガザの衝突をめぐってはイスラエル支持の立場です。とくにアメリカは先月8日国連安全保障理事会でガザ地区での人道目的の即時停戦を求める決議案に拒否権を行使、4日後国連総会の緊急特別会合では人道目的の即時停戦を求める決議案にイスラエルとともに反対に回りました。南アフリカによる国際司法裁判所への訴えも「正当性がない」としています。ドイツ政府もまたジェノサイドの訴えは根拠がなく「政治的だ」と批判的な立場です。
これに対し、アジアやアフリカの新興国や途上国などいわゆるグローバルサウスと呼ばれる国々の多くはウクライナに侵攻したロシアへの直接非難を避けています。おととしに続き去年の国連総会でのロシア非難決議案の採決でインドやアフリカの半数近い国が棄権、あるいは欠席しました。その多くがロシアと軍事的な協力関係にある国々です。
一方、ガザの衝突をめぐっては、中東やアフリカ、東南アジアそれに南米の国々がパレスチナへの連帯を表明し、南アフリカによる提訴を支持しています。先週アフリカのウガンダで開かれた非同盟諸国首脳会議は、イスラエルの軍事行動を強く非難し、戦闘の即時停止を求めることで一致しました。

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グローバルサウスといっても一枚岩ではなく、インドやトルコアフリカの国々などアメリカやロシア、中国との距離の置き方は様々ですが、アメリカがウクライナで民主主義と法の支配を振りかざしながらパレスチナでは国際法を無視して占領を続けるイスラエルを擁護するのはダブルスタンダードだといった批判が強まっています。ガザの衝突を止めなければ、ロシアや中国寄りでない国々のアメリカ不信、アメリカ離れも助長しかねません。また、国連の司法機関を軽んじれば今後の紛争の解決と予防がより難しくなります。

ハマスとイスラエル軍の激しい戦闘が始まってから111日、パレスチナ人の犠牲者は2万5000人をこえました。これ以上犠牲者が増えないように、また国際社会の分断がこれ以上深まることのないようにするためにも日本やヨーロッパの国々は法の支配に基づいてイスラエルとアメリカに戦闘の終結を強く働きかけるとともに、グローバルサウスの声にも耳を傾け、ともに解決策をめざす粘り強い外交努力が求められています。


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