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介護保険制度の改正案 将来に残された課題とは

牛田 正史  解説委員

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高齢化が急速に進み、厳しい財政に陥る「介護保険制度」。
国はこの程、制度を維持していくための改正案を打ち出しました。
ただ、その内容については「踏み込み不足」という声も挙がっています。
果たして、介護保険制度は今の形で維持していけるのでしょうか。
制度の改正案を検証し、どんな課題が残されたのかを考えます。

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【焦点は「高齢者の負担引き上げ」】
介護保険は、高齢者の介護を社会全体で支えていく制度です。
40歳以上の人が毎月保険料を支払い、介護サービスの財源に充てています。
介護が必要な高齢者は年々増え続け、今では、約700万人に達しています。
この介護保険は、制度を維持するために、3年に1度、大きな見直しが行われます。
1月まで厚生労働省の審議会で、その議論が行われてきました。
今回、大きな焦点となったのは、高齢者の負担の引き上げです。
介護保険が厳しい財政に陥り、制度を支える現役世代の負担が大きくなっていることから、高齢者自身の負担を増やせないかという議論です。

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【高齢者の保険料の見直し】
厚生労働省の審議会は、この程、その見直し案をまとめました。
その内容を見ていきます。
まずは65歳以上の高齢者が支払う「保険料」です。
現在は図のように所得の多さに応じて金額が決まり、9つの区分に分かれています。
それを今回の見直しでは、図の一番右の区分に、新たに4つの段階を設け、金額を引き上げることにしました。高所得の人に、さらに多くの保険料を支払ってもらおうという狙いです。具体的には、年間の所得が420万円以上の人、人数にして145万人が対象になります。
一方で、図の左の所得が低い人は、負担を抑えようと、保険料を引き下げていきます。
この見直しによって、保険料が上がる人と、下がる人が出てきますが、全体で見ると実質的な保険料の収入は増え、その分、公費の負担は低く抑えられる見通しです。
これは、個々の支払い能力に応じた「応能負担」を一層、進めていこうという対策です。
負担が上がる人にとって影響は大きいと言えますが、今の介護保険制度が置かれた状況を考えると、私はやむを得ない見直しだと考えます。

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【自己負担の引き上げは先送りに】
一方、今回の議論で最も難航したのが、介護を受ける高齢者の自己負担の引き上げです。
介護サービスを利用すると、費用の一部を自己負担しなければなりません。
この自己負担が増えれば、それだけ財政は改善し、現役世代の負担の軽減にも繋がります。
負担の割合は原則1割ですが、一定の所得のある人(単身の場合、年金収入等が年間280万円以上など)は2割、現役並みの所得(単身の場合、年金収入等が年間340万円以上など)の人は3割となっています。
このうち2割負担の層を拡大するかどうかが、今回の焦点となりました。
財務省は一定の拡大を求めたのに対し、厚生労働省は生活への影響が大きいとして慎重な姿勢を示し、議論が難航。
結局、政府は、物価が上昇する中、影響を慎重に見極めていく必要があるとして、今回のタイミングでの拡大は、見送ることになりました。
高齢者の生活への影響を考慮することは大切ですが、一方で世代間の負担のバランスは今のままで良いのか、現役世代に負担が掛かりすぎてないかという疑問を感じます。
専門家の中には、「全世代型社会保障の停滞だ」という指摘も出ています。
国は次回・3年後の制度改正に向けて、引き続き検討する方針ですが、先送りが続けば、介護保険制度の将来への不安は、ますます強まります。
2割負担を拡大するのか、それとも他の手段で財政を維持するのか。次の改正こそは、多くの世代が納得できる結論を出さなければなりません。

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【介護職員の賃上げは】
ここまで、高齢者の負担の見直しついて見てきましたが、介護保険は、もう1つ大きな難題を抱えています。介護を担う職員が足りない「人手不足」の問題です。
高齢者の増加に職員の数が追い付かず、人手不足に陥る事業所が増えています。
この職員の確保に向けて、議論の焦点となったのは賃上げです。
賃金の低さが人手不足の大きな要因だからです。
介護職員の平均給与は、おととしの時点で月に29万円あまりと、全産業の平均より、6万円以上低くなっています。
この年には、介護事業などの離職者の数が、入職者の数を6万人上回り、「離職超過」となりました。少なくとも、ここ10年では初めてで、事態がより深刻化しています。
こうした中、国は今回の見直しで、給与の底上げ、つまりベースアップを、来年度に2.5%、再来年度は2%実施することを決めました。
ベースアップを行うこと自体は評価できますが、他の産業でも、春闘で同じ程度のベアが相次ぐ見通しで、格差はあまり縮まらないと見られます。
なので、賃上げはこれで十分とは、決して言えません。

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【求められるのはスピード】
賃上げは人手を確保するための第一歩です。
賃金を出来るだけ早く、全産業並みの水準まで引き上げていくべきだと私は思います。
しかし、それは一気に出来ることではありません。
東洋大学の高野龍昭教授の試算では、仮に今、全産業並みの賃金に引き上げようとすると、年間で2兆円を超える費用が新たに必要になるとしています。
これは介護費用の総額の1割以上で、消費税の約1%分にあたる規模です。
高野教授は、それだけの予算を一度に投じることは難しく、格差の解消は今後も段階的に行っていくことが現実的だと指摘しています。
段階を踏む必要があるからこそ、そのスピードが求められますが、それがまだ十分に見えてきません。
国は、今後どのようなペースで賃上げを行い、格差をいつ解消するのか。
その財源は保険料の引き上げで賄うのか、それとも公費を投入するのか。
それらの論点を議論してビジョンを示し、賃上げを加速していく必要があると思います。

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【検討課題は他にも山積み】
ここまでお伝えした「高齢者の自己負担の見直し」や「職員の賃上げ」は、いずれも今後に積み残された課題となりました。ただ、それだけではありません。
次回・3年後の改正に向けては、他にも、重要な議論がいくつもあります。
その一部をご紹介します。
1つはケアプランの有料化です。
介護サービスを受ける際は、まずケアマネジャーに相談し、ケアプランつまり介護計画を立ていきます。現在は無料ですが、それを有料にするかどうかが議論されます。
仮に有料になると自己負担1割で月1000円程度の支払いが生じる可能性があります。
また、一部の介護サービスを、市町村事業に移行するかどうかも検討される見通しです。
具体的には、比較的軽度とされる要介護1と2の人に対する訪問介護などのサービスを、保険給付から切り離し、総合事業と呼ばれる自治体の事業に移行するかどうかです。
これは、地域に応じたきめ細かいサービスが期待できるという声もありますが、自治体間で格差が広がり、サービスの縮小に繋がりかねないという懸念の声も上がっています。
このように今後は、負担の増加だけでなく、サービスの見直しについての検討もさらに増える見通しで、国には1つ1つ丁寧な議論を求めたいと思います。

【国民的な議論が必要】
今後、高齢者の数は急速に増え、ほぼピークとなる2040年度には、介護費用の総額が、今の2倍にまで膨らみます。痛みを伴う改革を、もはや避けて通ることはできません。
介護制度を維持するために、何を我慢し、何を守るのか。
国はもっと国民的な議論を展開していくべきですし、私たち1人1人も考えていかなければならない時期に来ています。


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