NHK 解説委員室

これまでの解説記事

探査機SLIMが日本初の月面着陸成功 今後の月面探査の行方は

水野 倫之  解説委員

月面探査へ、日本が大きな一歩を踏み出した。
JAXAの探査機SLIMが、月面着陸に成功。着陸は極めて難しく、最近も各国が失敗する中、世界で5か国目、日本として3度目にして成し遂げた。しかも今回狙ったのは目標から100m以内の世界でも初めてのピンポイント着陸。
ただ一方で、太陽電池が機能せず、着陸後の探査は縮小されている。

▽‘ 着陸はギリギリ合格の60点’
▽なぜピンポイント着陸が必要か
▽月面探査の競争を優位に進めるには
以上3点から着陸成功の意義を水野倫之解説委員が解説。

j240122_1.jpg

月面着陸が行われたおととい未明、神奈川県相模原市のJAXAの施設ではSLIMの状態がリアルタイムで表示され、関係者が見守った。
SLIMは一辺が2.5mほどの小型の探査機で、おととい午前0時に月面上空でエンジンを逆噴射して降下。午前0時20分に探査機から月面への到達を示すデータが送られていることが画面に表示された。
私もその場で取材していて、すぐに着陸成功がアナウンスされると思っていたが、状況確認が続き、JAXAが会見で成功を発表したのは2時間後。笑顔はなかった。
理由は太陽電池が機能しなかったから。

j240122_2.jpg

計画では太陽電池を上にして着陸することになっていたが、姿勢に何らかの問題があって太陽電池に太陽が当たらず電力がなくなり、SLIMは休眠状態に入った。
会見でJAXAの國中均所長は今回の着陸について「ギリギリ合格の60点」と述べた。
姿勢が計画通りでなく、着陸後に予定していた月の起源に関する観測も十分できない可能性があるから。
JAXAは姿勢に問題が生じた原因を解明し、今後に生かしていかなければならないのは当然だが、着陸自体は成功し飛行データを地上に送信できており、月面探査へ大きな一歩を踏み出すことができた点は大いに評価できる。

j240122_3.jpg

そもそも月面着陸は難しい技術だから。
これまでに成功したのは旧ソ連、アメリカ、中国、インドの4か国だけ。
地球の6分の1の重力があり、大気が無くパラシュートで減速もできず、うまく制御できなければ激突するから。
実際、去年半世紀ぶりに挑戦したロシアが失敗、今月はアメリカの民間ベンチャーが着陸断念。
日本もこの1年あまり、JAXAと民間ベンチャーが失敗する中、今回3度目にして成し遂げたわけ。

j240122_5.jpg

しかも今回目指したのは、目標から100m以内の世界初のピンポイント着陸。
これまで各国の着陸は、平坦な「 降りやすい場所に降りる」もので、着陸精度は数キロから10数キロ。これに対し、今回「 降りたい場所に降りる」ことに挑み、目的地を赤道付近のクレーター近くに定め、100m以内の着陸を目指した。
JAXAによるとほぼ予定通りのコースで着陸したことから、ピンポイント着陸もできている可能性が高いと言うことで、1か月後には正確な着陸点がわかる。

j240122_6.jpg

このように着陸に成功できたカギは何だったのか。それは独自に開発した画像照合航法。
仕組みはデジタルカメラの顔認識機能とよく似ている。デジカメは自動で人の顔を認識して焦点を合わせるが、SLIMもカメラで月面を撮り、クレーターを認識。過去の探査機が撮影したクレーターと照合し自身の位置を把握しながら目標へ降りていく。JAXAは今回この航法がうまく機能したとみる。

ではなぜ今回ピンポイント着陸を目指したのか。
それは今後の月面探査をリードするために必要な技術だから。

j240122_7.jpg

月面は今、米中の覇権争いの場と化している。
水が存在する可能性がわかり、月は人類にとって価値ある天体となってきているから。
こちらNASAが公開した月の南極の画像。水は青い部分、クレーターの底など、太陽の光がまったく届かないところに氷で存在すると見られる。
水は飲料水になるほか、水素を取り出せばロケットの燃料にもなる。現状地球から月へ水1L運ぶのに1億円かかるとされ、現地調達できればコスト削減できる。

この水を巡る競争が激しくなっている。
現在の宇宙のルールでは月の資源について明確な取り決めがなく、早く見つけた国が優先的に利用できる可能性があるからで、最も活発なのが中国。

j240122_8.jpg

2013年の着陸成功以降、難しいとされた月の裏側へも着陸。続いて土壌を地球に持ち帰り、今年、月の裏側から試料を持ち帰る計画。ロシアと協力し2035年までに月面基地を建設する方針も。

j240122_9.jpg

この中国に先を越されまいとアメリカは今年中にも南極に無人探査車を送り水を探査。そして2026年にアポロ計画以来となる有人着陸をしてその後も継続的に探査する方針で、日本やヨーロッパなどと国際協力で進めようとしている。

j240122_11.jpg

日本も、この計画に向けて去年、宇宙飛行士候補者2人を選定し、物資の輸送船などの開発を進めていて、日米は近く、日本人飛行士の将来の月面着陸に合意する見通し。また無人でも今年中にベンチャーが着陸に再挑戦するほか、2025年度にはインドと水の探査を計画。

このように月面探査は当面は水が中心のため、水がありそうな場所へピンポイントで着陸できる技術があれば、今後の探査で日本が大きな役割を果たし、競争を優位に進めることが期待できるわけ。

そのためにもこの技術、今後はJAXAから民間へ移転し、積極的に使ってもらわなければ。というのも特に月への物資の輸送は民間が担うことが期待されているから。

j240122_12.jpg

すでに動き始めているのがアメリカ。
NASAは2000年代から民間活用の方針を打ち出し、まずは宇宙ステーションへの輸送で民間に資金や技術を提供。今ではスペースXに代表されるベンチャーなどが輸送を担い、NASAは顧客としてサービスを利用することでコストを抑えている。
そして月面探査についても物資の輸送は民間に任せる方針で、すでに複数のベンチャーを選定して資金面で支援。今月その支援を受けたベンチャーの初めての探査機が月へと向かった。トラブルで着陸は断念されたが、来月も、支援を受けた別のベンチャーが着陸に挑む計画。

これに対して日本ではJAXAは研究開発がメインで、民間支援は、共同研究などにとどまっていたこともあり、ベンチャーの活動は欧米と比べ活発とは言えなかった。しかし宇宙ビジネス市場の拡大を受けて、政府はJAXAが資金面でも支援できるよう去年11月に法律を改正。1兆円規模の宇宙基金を設け、補助金で支援できる仕組みを作った。
どんな技術を支援するかは今後戦略を作り決めていくというが、この仕組みを使えば、ピンポイント技術を日本の民間に移転し、月面輸送が担える民間を育てていくことも可能か。ただ競争を優位に進めるにはスピーディな対応が必要。JAXAとして事業をやり抜く力のある企業を見極められる体制を早急に整えるなど、月面探査に基金を使う検討を進め、今後の探査で日本の存在感を高めてほしい。

JAXAの解析によると、SLIMの太陽電池は西を向いているとみられ。この先、太陽の角度が変わりパネルに太陽光が当たれば発電再開の可能性も残されている。最後まであきらめることなく全力で復旧に取り組み、SLIMが復活して探査が再開できることを期待したい。


この委員の記事一覧はこちら

水野 倫之  解説委員

こちらもオススメ!