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ロシアとウクライナ 戦争と停戦

石川 一洋  専門解説委員

ロシアが軍事侵攻してから来月で2年になろうとする今も1000キロを超える前線でロシアとウクライナの激しい戦闘が続いています。ロシアはウクライナへのミサイルとドローンによる攻撃を繰り返し、ウクライナは徹底抗戦の姿勢を崩していません。双方の犠牲が増えて戦線が全体として膠着する中、国際社会ではまずは停戦という声も強くなっています。プーチン・ゼレンスキー両首脳の思惑と戦争の行方について考えてみます。

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解説のポイントです。
▼プーチン大統領の思惑
▼ゼレンスキー大統領の苦悩
▼国際世論と停戦は?

▼プーチン大統領の思惑

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プーチン大統領は、大統領選挙に向けて「欧米はウクライナを利用してロシアを破壊しようとしている」として自ら始めたこの戦争を祖国防衛戦争だと国民に向けて強調しています。
大統領は、“ウクライナの非ナチ化”、“非軍事化”、“中立化”を目指す、つまりウクライナに事実上親ロシアの政権を樹立するという目的は変わらないという戦争継続の強気の姿勢を示しています。東部ではさらなる占領地の拡大を目指し攻勢を続けています。
その一方プーチン大統領は紛争終結に向けて交渉の用意があるとのシグナルを去年の10月以来たびたび送っています。
「我々もできるだけ早く紛争を終結させたい。しかし我々の条件でだ。際限なく戦うつもりはない。しかしあなた方の血を無駄にして譲歩はしない」
年末からロシアは大規模なミサイルやドローンによるウクライナ各地への攻撃を繰り返しています。先週の土曜日にも40発ものミサイルを撃ち込みました。ウクライナの防空システムも強化され極超音速ミサイルキンジャールなども撃墜しています。しかし度重なる大規模な空からの攻撃で住宅やホテルなど民間施設も攻撃され、防空システムでも防ぎきれず疲弊の色も濃くなっています。
ウクライナを疲弊させ、国内にえん戦気分を広げることが、繰り返される大規模な空からの攻撃の目的でしょう。
プーチン大統領の条件とは、今の占領地を維持することとウクライナの中立化でしょう。しかしこの条件は、ウクライナはとても受け入れることができるものではありません。

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プーチン大統領が強気な背景には、去年6月以来のウクライナの反転攻勢をしのぎ切り、逆にロシアが東部を中心に攻勢に出ていること、そして欧米の制裁にもかかわらずロシア経済が堅調でプラス成長を維持し、軍需産業がフル稼働していること、欧米で支援疲れが見られること、持久戦となれば国力に勝るロシアに有利となるとの自信があるのでしょう。

ただ大統領選挙に入ったロシアでも世論は、多数が和平交渉の開始を望んでおり、また戦死者も増え続けています。また戦況はロシアが一方的に有利な状況とはなっていません。象徴的なのは激しい戦闘が続く東部の要衝アウディーイウカです。

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私は、2014年紛争が激しくなる直前に親ロシア派の支配するドネツク市を訪れました。その目の前にあるのがアウディーイウカでした。町の中心はヨーロッパ最大といわれるコークス化学工場があり、当時は戦闘とは無縁な姿でした。しかし今は、この広大な工場がウクライナの防衛拠点となって要塞化していて、ロシア側はいまだに陥落させることはできません。
アウディーイウカを陥落させることはプーチン大統領にとっては政治的な意味は大きいでしょう。しかしウクライナ側はその先の町も要塞化を進めており、ロシアが支配地域を拡大できる状況ではありません。確かにウクライナの反転攻勢は挫折しましたが、ロシア側から見ても戦線は膠着しているというのが現状でしょう。プーチン大統領が親ロシア政権の樹立という戦争目的を達成することは、私は不可能だと思います。

▼ゼレンスキー大統領の苦悩

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「戦闘を停止しても戦争の終結につながらないし、対話にもつながらない。ロシアを利するだけだ」
ゼレンスキー大統領は、ロシアとの停戦を拒絶する姿勢を明確にしています。
一昨年2022年は、ウクライナは、首都キーウ近郊や第二の都市ハリキウ近郊や南部のヘルソン市など一時占領された地域を秋までに奪還しました。
しかし去年2023年は、クリミアに至る南部の奪還を目指して反転攻勢を続けたもののロシア側の頑強な防御の前に挫折し、今はむしろ守勢に立たされています。
戦線が膠着する中でウクライナ側が苦しいのは、兵士の戦死者が増えていくことです。
ウクライナの人口は4000万人、一億4000万人を超えるロシアの3分の1以下です。双方とも戦死者の数は公表していませんが、ウクライナ側にもかなりな戦死者が出ているとみられます。ウクライナにとっては領土も大切ですが、兵士の犠牲を少なくすることもより重要です。作戦指揮の責任者であるザルジニー総司令官は、年末の記者会見で、兵士の犠牲を少なくするために場合によっては戦術的な撤退もありうると述べています。

ウクライナ国民は、ゼレンスキー大統領のもとで、徹底抗戦で団結してきました。しかし少数ではありますが、停戦を求める声も増えています。
ゼレンスキー大統領は、クリミアを含む1991年独立した時の国境線の回復をかかげています。しかし戦いで奪還することが可能なのかどうか、そしてどこまでの犠牲でやり遂げるべきなのか。国の指導者として難しい決断が迫られる年となるかもしれません。

▼国際世論と停戦は?

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ウクライナは外交面では和平に向けて「平和の公式」という10項目の原則を掲げて、G7だけでなくグローバル・サウスの国々を含めて賛同する国を増やそうと努力を続けています。正義の実現と侵略を再び繰り返させないことがこの方式の主眼です。
▼ロシア軍のウクライナ領土からの撤退や▼領土の一体性の回復というウクライナの主権と直接関わるテーマに加えて、▼放射能や核の安全、▼食料やエネルギーの安全保障の回復など、戦争に直接かかわらない国々にも関係するテーマを掲げています。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が、ウクライナだけでなく多くの国の安全も脅かすものだとして、理解を広げようとしています。
日曜日、14日、スイスでのダボス会議に合わせてこの「平和の公式」の実現に向けて話し合う会議が各国の安全保障の責任者が参加して開催され、ウクライナを全面支援する欧米の枠を超えて80か国が参加しました。80か国が参加したこと自体は、ウクライナの立場への理解が広がったとみることもできます。しかし参加国の拡大の中で議論はまとまらず議長声明さえ出すことはできませんでした。
NHKの取材によりますと、この会議を前に先月、サウジアラビアのリヤドでG7やグローバル・サウスの主な国の高官による非公式会議が開催されて、その中で、グローバル・サウスの代表的な国々からウクライナに対して、ロシアとの停戦に応じるよう説得する発言が相次いだということです。インド、トルコ、サウジアラビアなどグローバル・サウスの間では、正義の回復も大事だが、人命や世界経済への影響も大事で、まず停戦をしてロシアと話し合うべきではないかという意見が強まっているように見えます。ただ彼らにしてもではロシアを和平に向けて説得できるかというとその動きは見えていません。

今の段階での停戦は、ウクライナにとって、ロシア軍の撤退や領土の一体性の回復という譲ることのできない点での譲歩を強いられることになりかねません。ウクライナとしては受け入れがたいことでしょう。またプーチン大統領が、停戦に応じるかは不透明です。
戦場での優位、不利が停戦を含む交渉に大きく影響するのも事実で、停戦という意見が強まる中で、逆に戦闘がますます激しくなることも予想されます。


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