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賃金上昇が物価高騰に打ち勝つ年となるか 2024年 日本経済の課題

神子田 章博  解説委員

2024年、日本経済は、賃金の上昇が物価の上昇にうち勝ち、景気の好循環が実現する年となるのか。今年の経済の課題について、物価や賃金の動きを中心に考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1)景気回復 継続のカギは
2)物価と賃金 今年の動向は
3)広がるか中小企業の賃上げ
です。

年始から能登半島地震の発生が影を落とした日本経済。生産活動や輪島塗など特産の工芸品への影響など、民間の現時点の試算では、GDP国内総生産を数百億円規模で押し下げる影響が見込まれています。一日も早い復興に向け、被害の全容把握を急ぎ、被災した中小企業への迅速な支援策が求められています。
今年の日本経済はどうなるでしょうか。現状は、ゆるやかな回復が続いているという見方が一般的です。

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去年は5月に、新型コロナの5類移行で行動制限が緩和されたことから、内外の旅行客が回復する等サービス産業を中心に消費が盛り返し、コロナ禍でたまっていたお金が消費に回ったことなどが、プラスの要因となりました。その一方、円安の進行やウクライナ情勢を背景に、海外から輸入される原材料やエネルギー価格があがって物価が高騰。こちらは消費にマイナスの材料となりました。

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一方、賃金の動きはどうかというと、最新の統計では、去年11月の働く人一人当たりの現金給与総額は、前の年に比べて0.2%の増加となりました。その一方で、物価があがったぶん目減りすることを考慮したいわゆる実質賃金は、マイナス3%で、20か月連続で減少しています。つまり、賃金が上昇したとはいえ、物価の上昇をカバーするまでには至っていません。日本経済の成長の持続性が問われる中で、今年の焦点となるのが、賃金の上昇が物価の上昇に打ち勝ち、景気の好循環を実現できるかどうかです。
そこでここからは物価と賃金の行方についてみていきたいと思います。

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まず、物価上昇率については、エネルギー価格が落ち着いてきていることなどから、去年1月の4.2%から、11月は2.5%と、低下傾向にあります。今後も、原材料コストの上昇を価格に転嫁する影響が薄まってゆき、物価の上昇幅は縮小するとみられています。
一方、賃金をめぐっては、今年の春闘の行方がカギをにぎります。
このうち大手企業については、円安の恩恵をうける輸出企業や、価格の上昇が売り上げ増加につながる小売企業など、今年度は、昨年度を上回る好調な業績が予想されています。こうした中、トヨタ自動車やパナソニック、日本製鉄など基幹産業の多くの企業の労働組合が加盟する金属労協が、今年の春闘で、基本給をひき上げるベースアップ相当分として月額1万円以上と、去年を4000円上乗せした賃上げを求める方針を決めるなど、高い水準の賃上げを求める動きが広がっています。これに対し、経営側、経団連の十倉会長も、賃上げの勢いを継続できるよう、今年の春闘では、去年以上の結果につながるよう取り組む考えです。実際に、サントリーホールディングスや明治安田生命など主要な大手企業の間では、7%程度の賃上げの方向性を打ち出すところも出るなど、人手不足の中で人材を確保したい思惑もあってか、去年を上回る賃上げの動きが広がろうとしています。
その一方で、従業員の数でおよそ7割を占める中小企業の賃上げは進んでいくのか。ここからは、中小企業の課題についてみてゆきます。まず経営状況についてです。

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こちらは最新の日銀短観が示す中小企業の景気判断です。この統計では、景気の現状について良いと答えた企業の割合から、悪いと答えた企業の割合を差し引いた指数で景気判断を示しますが、中小企業の製造業の指数は+1と前回9月の調査から6ポイント改善、非製造業は、+14と前回より2ポイント改善し、こちらはおよそ32年ぶりの高い水準でした。背景には、コロナ禍からの回復に加え、多くの業種で原材料コストの上昇分の価格への転嫁が進んだことがあります。その一方で、3か月後の見通しについては、「良くなる」から「悪くなる」を引いた指数が、製造業でマイナス1と、2ポイント悪化、非製造業で+7と、7ポイントの悪化といずれも悪化を見込んでいます。背景には、深刻な人手不足のなかで、人を確保するためには賃金を引き上げなければならず、人件費の上昇で収益が悪化する懸念があるといわれます。

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人件費の上昇分を価格に転嫁できれば良いのですが、中小企業からは、人件費の上昇を理由とした価格交渉はやりにくいという声が聞かれます。社員にどのくらいの賃金を払っているかなど、取引先から立ち入ったことを聞かれるのをいやがり、価格の転嫁を我慢する企業が多いというのです。
こうしたなか、内閣官房と公正取引委員会は、人件費の価格転嫁にむけ、発注する側の企業と、受注する側の企業の双方に求める行動指針をとりまとめました。この中では、人件費の価格転嫁に及び腰の中小企業が多いことに配慮して、発注者側に対し、中小企業側からの求めがなくても、価格転嫁について定期的に協議する場を設けること。さらに中小企業側が交渉の際に、自社の賃金の具体的な支払い状況などを話さなくても済むように、値上げの要求は、最低賃金の上昇率や春闘の妥結額など公開された資料に基づいて行い、発注者側も、こうした価格の算出根拠を尊重するよう求めています。そして、受注者側から要請があったにも関わらず協議をせずに価格を据え置くなどした場合には、独占禁止法の優越的地位の乱用にあたるおそれがあると警告を発しています。

こうした政策の後押しも受けて、「価格に転嫁するのがあたりまえ」という世界になるのかが今年の焦点の一つとなります。

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一方で、賃金の水準が上がれば、体力の弱い中小企業にとっては、高い賃金を支払えず、人手不足の中で人材が確保できなくなる状況も懸念されています。このため、これまで通りの人手が確保できなくても業務が継続できるように、省力化投資を行う必要がありますが、規模の小さな企業ほど対策が進んでいないと言います。こうした現状について、中小企業政策を所管する経済産業省では、省力化にむけて具体的にどのような投資を行ったら良いかイメージが浮かばない経営者もいるのではないかと分析。人手不足への対応策の選択肢を具体的に示したカタログをつくり、例えば生産面では工業用ロボット、事務面では自動発注システム、サービス業では、フロアの掃除ロボットやホテルの自動チェックインの機械など、仕事の業態や、作っている製品や提供するサービスごとに、効果の上がる対応策が一目でわかるようにする。そのうえで、経営者が導入したいとなれば、必要な資金を補助する事業を新たに始めることになりました。この政策には、規模の小さな企業でも、省力化投資を通じて、生産性や収益力を高めることで賃金を引き上げる余裕が生まれれば、従業員を増やして事業を拡大することができるようになるなど、「攻め」の経営への転換がはかれるようにするという狙いも込められています。

去年は、物価の上昇を起点に、企業が賃金を引き上げる動きが、不十分ながらも広がりました。今年、賃上げの動きがより力強いものとなれば、物価と賃金の好循環が生まれ、それは、日銀が長期間にわたって続けてきたマイナス金利を解除するなど金融政策転換にもつながる大きな節目となります。大企業だけでなく、中小企業も含めて実質的な賃金が上昇し、好循環の歯車を着実に回していくことができるのか。日本経済が力強い成長力を取り戻すうえで、大事な一年となりそうです。


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