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ロシア大統領選挙と戦争

石川 一洋  専門解説委員

来年三月投票のロシアの大統領選挙にプーチン大統領が通算五期目を目指して立候補を表明しました。ウクライナとの戦争の中での大統領選挙となります。1000キロを超える前線では今も砲弾が降り注ぎ多くの兵士が戦死しています。しかしプーチン大統領は、戦争目的は変わらないとして軍事侵攻をあくまで継続する強硬な姿勢を示しています。一方ウクライナは、プーチン大統領が選挙を政治的な圧力に利用してくることを警戒しています。戦争の中で行われるロシア大統領選挙について考えてみます。

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プーチン大統領は、17日与党・統一ロシアの党大会で、次のように述べて、欧米への対決姿勢を鮮明にするとともに、ロシアの独自性を強調しました。
「ロシアは、他のどこかの国ようにソーセージの代わりに主権を売り渡し、誰かの衛星国となってはならない。我々は子々孫々までこの一点を肝に銘じなければならい。ロシアは主権を持ち、自己充足的な大国であるか、それとも存在しないかだ」

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主権という言葉はプーチン大統領にとって特別な意味を持ちます。他国の影響を排除し、自らが決定できる権利という意味で、欧米、特にアメリカへの強い対抗心を意味する言葉です。ロシアが独自の文化と歴史を持ち、主権を維持する大国でありたいと思うこと、それ自体は、異論はありません。しかしそのことが隣国ウクライナの主権を冒し、領土を奪うことを正当化する理由には全くなりません。
さてロシア大統領選挙は来年2024年3月15日から17日までの3日間投票が行われます。プーチン大統領は与党の代表としてではなく、無所属で立候補します。国民全体の大統領という点を強調するためです。投票率70%、得票率80%という極めて高い目標での圧勝を狙っています。
12月8日プーチン大統領は、クレムリンでウクライナでの特別軍事作戦に参加した兵士らに英雄勲章を授与した後、特別軍事作戦の参加者や戦死した兵士の母らの要請に応えるという形で立候補を表明しました。

「私は、我々が再統一した領土であるドンバス全土を代表して、あなたに選挙への立候補をお願いします。あなたは我々の大統領であり、ロシアもあなたを必要としています」
「今は決断を下すことが必要な時だ。私は大統領選挙に立候補する」

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この軍人はドネツク出身で、親ロシア派の司令官だった息子が去年5月に戦死し、息子に代わって部隊の司令官となっています。ロシアの大統領選挙に占領したウクライナの領土を組み込むことで、ロシアが実効支配していると誇示するとともに、占領地がロシアの“不可分の領土“だとロシア国民に意識させようという意図を感じました。
プーチン大統領は今回の選挙を、5期目を目指す自らへの信任とともに、ウクライナへの軍事侵攻への信任投票とする意図があるように思えます。極めて戦時色の強い選挙となるでしょう。
では戦争は選挙に影響はしないのでしょうか。ロシアでも戦死者の数が増え続けています。豊かなモスクワでは見えませんが、日本で言えば県庁所在地にあたる都市でも、街の英雄として戦死者を讃える記念碑が目立って増えてきています。極東サハリン州のリマネンコ知事は州内から派兵した兵士が亡くなるたびに追悼のSNSを投稿していますが、去年は毎月平均八人だったのが、今年に入ってから増加して10月には36人、11月には43人と急増しています。地方では戦争の影がじわじわと濃くなってきているのです。

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プーチン氏にとって追い風となっているのは、ロシア経済がIMFの見通しでもプラス2.2%の成長に転じていることです。しかしこの経済成長は戦争に注ぎ込む資金が経済を回しているという側面があります。契約兵に支払われる給与は20万ルーブル、日本円で32万円前後、ロシアの地方にとっては非常に良い給与です。契約兵への給与がいわば直接給付金のような役割を果たし経済に寄与しているという残酷な現実もあるのです。

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ではウクライナはこのロシアの大統領選挙をどのように見ているのでしょうか?
ロシアが一方的に併合を宣言したドネツクやヘルソンなど東部南部の4州、そして2014年に同様に一方的に併合したクリミアというウクライナの領土で大統領選挙を強行することに強い憤りを感じています。ウクライナ外務省は、「国際法に違反し、不法であり無効である」との声明を発表しました。
さらに問題なのは、ロシアの中央選挙管理委員会がウクライナパスポートを持っている人つまりロシアパスポートを所持していない住民にも大統領選挙の投票を認めるとしたことです。ウクライナの主権の明白な侵害であるとともに、おそらくこの地域の投票で大規模な投票結果の操作が行われることの前触れであるように思えます。
実はウクライナも戦争が無ければロシアと同じく、2024年3月に大統領選挙が行われることになっていました。ロシアの侵略によって国土が占領され、戒厳令を敷く中、ゼレンスキー大統領は選挙の延期を決断しています。
プーチン大統領は、自らは民意を問うたのに対してゼレンスキー大統領は民意の信任を得ていないとして、その正当性に疑念を持たせるような言説で圧力をかけてくるでしょう。今は東部でロシアは攻勢に転じています。しかし選挙戦の中でロシアの側から平和攻勢をかけてくることもあるかもしれません。ウクライナはロシアの選挙を利用した政治的圧力と偽の“平和攻勢“をかけてくることを警戒しています。

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ではこうしたプーチン大統領の戦略に死角はないのでしょうか。私はあると思います。
ロシアの独立系世論調査機関によりますと平和に向けた交渉の開始を支持する人は57%に上り、大統領に聞きたいことの第一の質問も戦争がいつ終わるかです。
プーチン大統領は14日の国民との対話で平和がいつ来るかと言う質問に「ロシアの戦争目的が達成された時だ」と戦争継続を明言し、質問に直接は答えませんでした。
私が注目しているのは獄中にいる反プーチンのリーダーナワリヌイ氏の動きとその呼びかけにロシア国民がどの程度応えるかです。ナワリヌイ氏は大統領選挙を利用して、周囲の10人を説得して反プーチンに、そしてプーチン大統領以外の候補者に投票するように呼びかけています。戦争に否定的な候補者も立候補する動きを見せています。こうした候補者が立候補するためには30万人の署名が必要であり、こうした署名活動に協力することで戦争反対の意思を示そうと呼びかけているのです。
ナワリヌイ氏は2012年の大統領選挙で同じような戦略を取り、反プーチン層を結集させ、プーチン氏の得票率を64%まで大きく引き下げました。今も世論調査では、戦争支持が75%と多数派を占めていますが20%前後の戦争反対の世論は存在しており、2012年の再現を狙っているのです。
ただ自由の身だった2012年と比較して今はナワリヌイ氏は牢獄の中、さらに監獄から監獄に移動中という理由で弁護士との連絡さえここ10日以上途絶されています。非常に厳しい状況です。しかしナワリヌイ氏の呼びかけは彼の同志や支持者によってSNSで拡散しています。この声にロシア国民の勇気がどの程度反応するのか、私は注目しています。

茶番とも言われる大統領選挙の中で押さえつけられていた戦争反対の声がどの程度出てくるのか、そして万全とも見られるプーチン体制を少しでも揺るがすことにならないのか、私は社会の内面の声に耳を傾け見守りたいと思っています。


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