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ガザ戦闘2か月 極限の人道危機

出川 展恒  解説委員

■パレスチナのガザ地区で続いているイスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘は、一時的な休止と一部の人質の解放が行われましたが、今月1日再開しました。イスラエル軍は、ガザ地区の南部にも地上部隊を侵攻させ、ハマスの壊滅を目標に、徹底的な攻撃を行っています。その結果、大勢のパレスチナの一般市民が戦闘に巻き込まれ、犠牲になっているほか、人道危機が極めて深刻になっています。
戦闘開始から2か月が経過した、ガザ地区の現状と今後を考えます。

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■解説のポイントは、▼攻撃を再開したイスラエルの狙い。▼極限まで悪化した人道危機。▼停戦が実現しない原因。
以上3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。

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7日間にわたる戦闘の一時的な休止と一部の人質の解放を経て、ガザ地区への攻撃を再開したイスラエルのネタニヤフ首相は、「ハマスの壊滅」と「人質全員の解放」、そして、「ガザ地区を再びイスラエルにとっての脅威に戻さないようにすること」を軍事作戦の目的として掲げています。
イスラエル軍の攻撃の重点は、これまでのガザ地区北部から、南部、とくにその最大の都市ハンユニスに移っています。連日、激しい空爆と地上部隊の侵攻によって、地下トンネルをはじめハマスの拠点を徹底的に破壊しています。そして、幹部や戦闘員らを殺害したり、捕捉して厳しい尋問を行ったりしています。
とくに、ハンユニスに潜伏していると見る、ガザ地区トップのヤヒヤ・シンワル指導者の行方を追っています。ネタニヤフ首相は、シンワル指導者が、およそ1200人の犠牲者を出した10月7日の大規模攻撃の首謀者だと見て、その身柄を拘束、あるいは、殺害することが、この戦いでの勝利を、国民にアピールするうえで不可欠と考えているようです。

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これまでの作戦では、イスラエル軍兵士100人以上が戦死し、膨大な戦費がかかっています。過去最大規模の36万人の予備役を召集し、観光収入も途絶えたことで、経済も大きな打撃を受けています。
ネタニヤフ政権や軍の幹部の発言を総合しますと、あと1か月から2か月程度で、この戦いに決着をつけたいと考えているものと見られます。しかしながら、攻撃再開後、人質の救出に成功した例はなく、学校や病院なども攻撃対象となり、大勢の一般市民が犠牲になったと伝えられます。
イスラエル軍の報道官が、外国メディアのインタビューで、ハマスの戦闘員1人を殺害するのに、概ね2人の市民の犠牲が出ているという現状は、「テロ組織との戦いでは、世界で類を見ないほど良い比率だ」と発言しました。これについて、著しい人命の軽視だと、国際社会から激しい批判の声があがっています。
一方、ハマスの幹部は、シンワル指導者はハンユニスにはいないと強調するとともに、イスラエルが攻撃をやめないかぎり、人質を解放するための交渉にも応じないとして、徹底抗戦の構えです。

■ここからは、悪化の一途をたどるガザ地区の人道危機の現状を見てゆきます。

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ガザ地区の保健当局によりますと、一連の戦闘が始まって以来、ガザ地区での死者数は、今月10日の時点で、およそ1万8000人にのぼり、そのうちの4割以上が、18歳未満の子どもです。また、国連によりますと、ガザ地区では、人口の85%を超える190万人が住む家を追われ、避難生活を強いられています。
ガザ地区南部の避難所は、軒並み、定員を大幅にオーバーし、路上生活を余儀なくされる避難民も増えています。境界を接する隣のエジプトから、トラックで運び込まれる食料や医薬品などの人道支援物資の量は、戦闘休止の期間と比べて、5分の1程度まで落ち込んでいます。
このため、人口の9割が、食料不足と飢餓に苦しんでいます。安全な飲み水が極端に不足していて、寒さと衛生状態の悪化もあって、感染症のリスクも高まっています。
国連では、今後、戦闘に巻き込まれるだけでなく、病気のため命を落とす住民が急激に増えるだろうと警告しています。さらに、犯罪が急増し、支援物資を積んだ車が略奪の被害に遭う事例も起きています。
もはや、ガザ地区に安全な場所は存在せず、人が住める状態ではなくなりつつあります。

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■こうした状況を受けて、国連のグテーレス事務総長は、11月下旬、国連憲章99条に基づいて、安全保障理事会に対し、人道的な停戦を求めるよう要請しました。
国連憲章99条は、事務総長が、国際社会の平和と安全の脅威となる事柄について、安保理に注意を喚起できると定めていますが、これに基づく要請は34年ぶりで、過去に5回しか行われていません。
これを受けて、UAE=アラブ首長国連邦が、人道目的の即時停戦を求める決議案を安保理に提出し、8日、緊急会合で採決が行われました。グテーレス事務総長は、「ガザの人々は、地獄の底を見ている。国際社会はこの試練を終わらせるため、あらゆる手段を講じなければならない。世界と歴史がわれわれを見守っている。今こそ、行動を起こす時だ」と懸命の呼びかけを行いましたが、アメリカが拒否権を行使したため、決議案は否決されました。

■ここから3つ目のポイント、停戦が実現しない原因です。

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今回の軍事衝突で、アメリカが安保理で拒否権を行使したのは2回目です。日本を含む13か国が賛成し、イギリスは棄権しました。アメリカ1国の反対によって、停戦が実現せず、ハマスとは全く関係のない大勢の市民、とくに子どもたちの命が失われてゆくのは、嘆かわしい限りです。アメリカは、拒否権を行使した理由について、「無条件の停戦は、ハマスを利するものだ」などと説明しています。
これを受けて、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は、「アメリカはイスラエル軍によるパレスチナ人に対する、大量虐殺の戦争犯罪に加担した」と異例とも言える激しい言葉で、アメリカを非難しました。

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そのアメリカ・バイデン政権も、水面下では、イスラエルに対し、一般市民の犠牲を極力避けるよう働きかけを強めています。拒否権行使の背景には、大統領選挙を来年11月に控え、大きな影響力を持つ国内の「イスラエル・ロビー」と呼ばれるイスラエルを支持する勢力を敵に回したくないという、政治的な思惑が働いていることは想像に難くありません。一方、ネタニヤフ首相は、情報機関などが、ハマスの不穏な動きをつかんでいたにもかかわらず、大規模攻撃を未然に防げなかった責任を追及されるのは確実です。自らの汚職問題で、裁判中の身でもあり、首相の座を何としても守りたいという本音も窺えます。
停戦を実現した後、徹底的に破壊されたガザ地区を、誰が統治し、誰が復興の責任を負うのか。ネタニヤフ首相や政権幹部からは、具体的な方針についての言及がなく、何の準備もできていない様子です。

■10月7日、ハマスが、イスラエルに越境攻撃し、大勢の一般市民を虐殺して、およそ240人を人質にした無差別テロは、絶対に許されません。国連のグテーレス事務総長も、人質全員の無条件の即時解放を求めています。
一般市民のこれ以上の犠牲をくい止めるためには、一刻も早く停戦を実現することが、国際社会にとって、何よりも優先されるべき至上命題です。しかし、国連安保理は、停戦を求める決議案が、大国の拒否権によって、繰り返し葬り去られる機能不全に陥っています。
非常任理事国である日本としては、こうした事態が、なお続くのであれば、イスラエルとハマスの双方に対し、即時停戦を求める明確な意思表示を行い、共通の立場に立つ国とともに、有効で適切な、外交上の措置をとる段階に来ているのではないか、そのように思います。


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