■イスラエル軍は、先週、イスラム組織「ハマス」の重要な拠点があると主張してきたガザ地区最大の病院に突入して軍事作戦を行いました。しかしながら、当初想定していた軍事的成果は得られず、大勢の一般市民の犠牲と医療崩壊を招いて、国際社会から強い批判を浴びています。発生から1か月半が経過した軍事衝突の現在地と今後の見通しを考えます。
■イスラエル軍は、15日、ハマスの司令部などの重要拠点があると主張してきたガザ地区最大のシファ病院に地上部隊を突入させました。
こちらは、イスラエル軍が先月以来使用してきた、説明用のアニメーションです。シファ病院の地下深くには、トンネルが張り巡らされ、武器の貯蔵庫やハマスの幹部らが戦闘員らを指揮命令するための司令部があるという主張を続けてきました。
イスラエル軍は、16日、多数のハマスの戦闘員を殺害し、この病院の中で、ハマスが作戦を指揮する部屋や大量の武器を見つけたと発表するとともに、病院内で撮影したとされる映像を公開しました。19日には、病院の敷地内で発見されたハマスの軍事用のトンネルの内部だとする映像も、新たに公開しました。
しかしながら、ハマスの司令部や武器の貯蔵庫があったことを示す証拠は、現時点では示されていません。さらに、およそ240人の人質のうちの相当数が、この病院やトンネル内で身柄を拘束され、いわゆる「人間の盾」にされていたとするイスラエル側の主張も、それを裏づける決定的な証拠は示されていません。イスラエル側の主張に疑問が投げかけられています。
そして、シファ病院では、17日までに、患者や新生児など70人以上が、医療用の酸素や燃料が尽きたことが原因で死亡したことが明らかになりました。18日、WHO=世界保健機関など国連機関からなるチームが病院を視察しましたが、水、燃料、医薬品の不足で、医療機関としての機能が失われ、衛生状態も極めて悪く、80人以上の犠牲者が病院の敷地に臨時に埋葬されていることを確認し、この病院がもはや「死の領域」になっているとして、医療施設への攻撃をやめて、即時停戦に応じるよう求めました。
そもそも、国際人道法では、病院、医療従事者、救急車、そして、患者は、あらゆる戦争行為から守られ、保護されなければならないことになっています。
イスラエル政府と軍は、ハマスが、この病院を攻撃の拠点として使用し、人質を含む多くの市民を「人間の盾」としているため、脅威を取り除くため、やむを得ない攻撃だと主張しています。国際刑事法は、人質をとって「人間の盾」とすることを戦争犯罪として禁止する一方、それを攻撃することも禁止しています。
イスラエルのネタニヤフ政権の行動、攻撃のしかたは、明白な国際法違反です。先月7日のハマスによるイスラエル人の大量殺戮がいかに残虐なものだったとしても、病院を対象にした攻撃など、一般市民がこれほど多く犠牲になる戦争行為は、絶対に正当化できません。直ちに停止すべきだと考えます。
■ここからは、急激に悪化しているガザ地区の人道危機について見てゆきます。
パレスチナの保健当局によりますと、18日時点で、ガザ地区全体で、少なくとも1万2200人が戦闘のため死亡し、このうちのおよそ4割にあたる、およそ5000人が子どもです。イスラエル側では、およそ1200人が死亡しています。また、国連によりますと、ガザ地区にある36の病院のうち26の病院が、戦闘による建物の損傷や燃料切れのためすでに閉鎖されています。イスラエル政府は、封鎖を続けているガザ地区への燃料の搬入を、ハマスによる軍事利用の可能性があるとして、一切認めていませんでしたが、国際社会の批判とアメリカ政府の働きかけを受けて、15日以降、量を限って搬入を認めています。
しかしながら、国連は、ガザ地区の住民の命を守るのに最低限必要な量をはるかに下回り、このままでは、上下水道や医療が崩壊し、感染症や飢餓が広がるのは避けられないと強い危機感を示しています。
こうした中、17日と18日には、大勢の避難民が身を寄せていた、国連が運営する2つの学校が相次いで攻撃され、女性や子どもなど数十人が犠牲になりました。
国連のグテーレス事務総長は、「大勢の一般市民が避難している国連施設を攻撃することは決して許されない。この戦争は、受け入れがたい数の一般市民の犠牲者を出している」とする声明を出して、人道目的の即時停戦を強く訴えました。
ガザ地区のおよそ220万の住民のうち、およそ160万人が住む家を追われ、避難生活を強いられています。
■こうした状況にもかかわらず、ネタニヤフ政権は、あくまで、人質全員の解放と、ハマスの軍事部門を壊滅させるという、2つの目標を達成するとしており、ハマスとの停戦は、今のところ、全く念頭に置いていないもようです。それどころか、これまで、ハマスの拠点が集中していると見て、軍事作戦の主な対象としてきたガザ地区北部だけでなく、南部にも攻撃対象を拡大する動きを見せています。
イスラエル軍は、16日以降、南部の住民に対しても、今いる場所から速やかに退避するよう、チラシなどを使って呼びかけています。住民たちは、この先、安全を確保できる場所はどこにもないと、途方に暮れています。このように、住民に対し、半ば強制的に移動を要求する行為も、国際法違反にあたります。
内外の専門家の多くが、ネタニヤフ政権が、ガザ地区の将来をどう扱おうとしているのかが全く見えないと指摘しています。
ネタニヤフ首相自身、今月10日、アメリカのテレビとのインタビューで、「イスラエルがガザ地区を再び占領し、統治するつもりはない」と発言しましたが、その同じ日、ガザ地区周辺の自治体の代表との会合では、「イスラエル軍は、ガザ地区の管理を続ける。国際的な勢力に委ねるつもりはない」と述べて、イスラエル軍がガザ地区に駐留を続け、ハマスなどが勢力を回復するのを自ら阻止する考えを示唆しました。
政権内部でも、今回の軍事衝突を、いつ、どういう形で終わらせ、今後のガザ地区を誰が統治するのかについて、方向性が定まっていないことが浮き彫りになっています。
これに対し、最も重要な同盟国であるアメリカのバイデン大統領は、自ら、18日付のアメリカの新聞『ワシントン・ポスト』に寄稿し、「イスラエルがガザ地区を再び占領したり、封鎖したりすることには反対する」と明確に表明しました。
およそ240人とされる人質の解放に向けては、ハマスに一定の影響力を持つペルシャ湾岸のカタールとアメリカが仲介して、水面下で交渉が続けられています。
18日付の『ワシントン・ポスト』は、イスラエルが5日間の戦闘を休止することと引き換えに、ハマスが人質としている女性と子ども数十人を解放することで合意に近づいていると伝えています。19日、カタールのムハンマド首相は、残された問題はごくわずかだと人質の一部解放に楽観的な見通しを示しました。
■子どもをはじめ、一般市民の命を救い、人道危機を克服すること、そして、すべての人質の無事解放を実現することは、何よりも優先されるべき普遍的命題です。この点においては、国連安保理などで対立していた各国が、意見の違いを越えて、一致協力することが強く求められます。
この委員の記事一覧はこちら