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米中新しい関係は築けるか

髙橋 祐介  解説委員 宮内 篤志  解説委員

アメリカ西海岸サンフランシスコで開かれているAPEC=アジア太平洋経済協力会議に合わせて、米中の首脳が1年ぶりに会談し、軍どうしの対話再開で合意しました。アメリカと中国は、互いに対立しながらも、偶発的な衝突を防ぎ、協力できる分野は協力する。そうした新しい関係を築けるかを考えます。

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髙橋)
かつて副大統領と国家副主席として初めて顔を合わせて以来、10年以上の仲となるバイデン氏と習近平氏。両首脳の対面会談は1年ぶりとなりました。

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4時間あまりの会談で、合意された主な内容です。
▼まず去年11月から行われていない国防相会談を再開し、軍の制服組トップや前線の司令官レベルでも対話を行うこと。双方の誤解で偶発的な衝突が起きるのを防ぐため、アメリカ側が最優先で求めていたものでした。バイデン大統領も「習主席と直接いつでも電話して意思疎通をはかるよう申し合わせた」としています。

両首脳は、このほか、▼AI=人工知能について政府間対話を立ち上げ▼薬物の取り締まりをめぐる作業部会を設立し▼気候変動対策の強化で協力することなども明らかにしました。

バイデン大統領は、これまでの習主席との会談の中で「もっとも建設的で生産的な会談のひとつだった」と評価しています。

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宮内)
中国側も共産党系メディアが、両国関係の健全で安定的な発展の方向性を示したとしたうえで、「歴史的な会談」との表現で持ち上げました。
台湾情勢などをめぐる米中の対立が「地政学リスク」と広く受け止められ、低迷する経済の立て直しの足かせとなっている状況を打開したかった思惑が読み取れます。

ただ、会談の成果とされる軍どうしの対話再開だけを見ても、課題は積み残されています。東シナ海や南シナ海でのアメリカ軍機への異常接近といった危険行為は後を絶たず、偶発的な衝突が起きるおそれはかつてなく高まっていると指摘されます。さらに、現場レベルで軍が勝手に行動することへの懸念も根強く、背景には、権力が集中する習主席への忖度があるのではないかと指摘する専門家もいます。

衝突がエスカレートするリスクを回避するための仕組みを確実に機能させることができるのか、予断を許さない状況が続きそうです。

髙橋)
アメリカ側が強く懸念しているのは台湾情勢です。ウクライナや中東に加えて「3正面」で対応を迫られる事態は絶対に避けたい。そんな危惧の念もうかがえます。今回の議論は平行線を辿ったようですが、台湾をめぐる中国側の本音を宮内さんはどう見ますか?

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宮内)
会談で習主席は、「2027年や2035年に中国が軍事作戦を計画しているとの報道があるが、そのような計画はない」と述べたと、アメリカ政府高官は説明しています。まるで緊張を和らげようとしたかのような発言ですが、中国政府はこのような発表はしていません。

中国側が明らかにした内容はむしろ厳しいもので、習主席は、台湾への武器の輸出をやめ、中国による平和的な統一を支持するよう求めたとしています。そのうえで「中国はいずれ統一するだろうし、必ず統一する」と強調したのです。現状を変更することにためらいはないという意思の表れとも受け止めることができます。

習主席は来年1月に行われる台湾総統選挙の行方に神経を尖らせているとみられますが、この選挙をめぐっては、おととい(15日)、大きな動きがありました。
世論調査で与党・民進党の候補を追う形となっていた2つの野党の候補が一本化することで合意したのです。中国は、民進党は独立志向が強いとみなして警戒してきただけに、野党候補の一本化は政権交代の可能性に望みをつないだ形となり、習主席も胸をなでおろしているのかもしれません。ただ、投票まで2か月を切る中、今後は激しい選挙戦が予想され、その結果は東アジアの安全保障環境に大きな影響を与えることになります。

髙橋)
ここからは経済について考えます。
アメリカ経済は、今のところ堅調ですが、中国は、コロナ禍からの回復が順調とは言えず、米中が明暗を分けています。

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宮内)
中国は景気回復の勢いが鈍く、とりわけ、経済成長をけん引してきた不動産市場の低迷は深刻です。若者の就職難は過去最悪ともいわれ、個人消費も伸び悩んでいます。
外資を呼び込むことで挽回を図りたいところですが、今月(11月)、中国政府が発表したことし7月から9月の国際収支では、外資企業による直接投資が、統計が比較可能な1998年以来、初めてマイナスとなりました。
米中は去年1年間の貿易額が過去最高を記録していただけに、首脳会談で関係を安定させ、経済を立て直すきっかけとしたいという中国側の期待は並々ならぬものがありました。

ただ、足かせとなっていたのが、アメリカによる制裁関税や先端半導体製造装置の輸出規制です。習主席は、側近のひとりである何立峰副首相をアメリカ側との事前交渉にあたらせることで、譲歩の糸口を探りましたが、結果的に関税や輸出規制の緩和は引き出せず、中国側の不満はくすぶり続けることになりそうです。

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髙橋)
アメリカが関税や輸出規制を緩和しない背景には、中国に厳しい国内世論があります。
こちらの世論調査では、中国の台頭を「重大な脅威」と捉える人は58%。90年代に台湾海峡の緊張が高まった頃と同じ水準に達しています。
党派別にみると赤色の線で示した共和党支持層で増加が目立ちます。共和党は、トランプ氏をはじめ全ての候補が対中強硬姿勢を競い合い、バイデン政権は弱腰だと批判します。来年の大統領選挙を控えて、バイデン大統領は、中国に譲歩したと受け取られるような対応は、ますます取りづらくなっています。

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ホワイトハウスで国家安全保障を担当するサリバン大統領補佐官は、最近の外交雑誌への寄稿の中で、米中は「相互依存と国境を越えた挑戦の時代」に入っていると論じます。
互いに競争しても、米ソ冷戦とは違って、経済が分かち難く結びつき、地球規模の課題も協力が必要だと言うのです。

そこで、バイデン政権の経済安全保障戦略は、“小さな庭に高い柵”と形容されています。中国との覇権争いで、先端技術など重要な分野を柵で囲った一角に限定し、これを厳重に管理することで、関係全体は対立を激化させないのがねらいです。
しかし、具体的にどの分野を柵で囲うのかはあいまいで、中国との対立を望まない同盟国や友好国とのコンセンサスづくりも課題です。

宮内)
日本としても、中国との建設的で安定的な関係を構築するため、中国が対米関係の安定化に向けて動き始めたタイミングを、うまくとらえることができるかが問われそうです。
今回の日中首脳会談で取り上げられた日本産水産物の輸入停止措置や、相次ぐ日本人の拘束などは、ますます日本の対中感情を悪化させ、中国の利益にもならないことを粘り強く説得する必要があります。
中国と向き合う上で、日本がアメリカといかに足並みを揃えられるかが鍵となりそうです。

髙橋)
米中の首脳は、ひとまず大国どうしで衝突は避けたいという認識は共有したようです。
しかし、両国関係の改善と緊張緩和にただちにつながるとは限りません。世界が注目した米中首脳会談は、そうした厳しい現実を物語っているようです。


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