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ガザ戦闘激化~ガソリン価格 補助がなければ200円台/Lに 必要な財政資金は6兆3000億円余 どうなる補助策

神子田 章博  解説委員

イスラエルと、パレスチナのイスラム組織ハマスの衝突が続く中、ガソリン価格の高騰が日本経済に大きな影を落としています。現在小売価格の全国平均は一リットル当たり170円台ですが、政府による補助がなかったとした場合の本当の価格は200円を超えています。その一方で、政府がガソリン価格を抑えるために投入する予算は6兆3千億円を上回ることになる見通しで、財政を悪化させます。きょうは、ガソリン価格の行方を展望するとともに、政府の価格抑制策の課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは3つです。
1)どうなるガソリン価格
2)補助には巨額の財政資金
3)いつまで続く 見えない出口

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まず、ガソリン価格の動きを見てみます。
高騰するガソリン価格に注目が集まったのは今年8月、店頭価格が1リットル186円まで値上がりした時です。その後政府が価格を抑えるための補助金を増やしたことで、現在は173円程度に下がっています。しかし補助がなかったとした場合の価格は、204円程度にのぼっているといいます。

ガソリン価格は今後どうなるのか。
まず大きく関わってくるのが、パレスチナのガザ地区での衝突の状況と、日本の原油の輸入の95%を依存する中東の産油国の対応です。

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中東情勢の専門家は、今後原油価格を大きく上昇させる懸念材料として、イスラエルによるハマスへの攻撃が一段と激しさを増した場合に、ハマスを支援するイランを巻き込んだ中東全体の紛争に拡大することや、サウジアラビアなどアラブの産油国がパレスチナへの連帯を示すために、親イスラエルの国に対して原油の輸出を止めたりするおそれがあることを指摘しています。ただイランの政権に近い新聞が、イランが他の国の戦争に関わらない姿勢を示唆する論説を掲載していること、アラブの産油国の中には、UAE=アラブ首長国連邦やバーレーンなどイスラエルと国交を正常化した国もあるなかで、一枚岩になりにくい事情もあることなどから、いずれの事態も可能性は低いという見方が強まっています。しかし、そうしたリスクが消えたわけでなく、原油市場で何かをきっかけにそのリスクに注目が集まり、原油価格の急騰につながるおそれが残っています。ガソリン価格が値上がりしやすい状況に当面変わりはなさそうです。

2)
こうした中で政府は今月まとめた経済対策で、ガソリンなどの価格を抑える補助金を来年4月末まで延長することになりました。

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具体的には、レギュラーガソリンの小売価格の全国平均が、1リットルあたり、185円を超える部分は、全額を補助する。なぜ185円かというと、リーマンショック前の最高値が185円だったので、それを上回らないようにということだといいます。さらに185円を下回る部分も補助されます。具体的には168円から185円までの部分は、差額の60%を補助するとしています。少しわかりにくいですが、185から168をひいた17円に0.6をかけると10.2円になります。それを185円から差し引くと175円程度となり、それを実質的な上限とするとしています。
しかし冒頭にお話ししたように、政府の補助がなかったとした場合のガソリンの価格の上昇傾向はこの間もずっと続いてきました。

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こちらのグラフは、去年1月に初めて補助が行われたときから、先週末までのガソリンの小売価格の推移です。赤色のグラフは、補助がなかった場合の価格の推移を示しています。補助がない場合の価格は大きく変動していますが、実際の小売価格は今年6月中旬までおおむね168円前後で推移してきました。その後は、小売価格が大幅に上昇しますが、背景には、ウクライナ紛争による原油価格への影響が一段落し、政府が補助率をひき下げるなかで、サウジアラビアの自主的な減産の影響で原油価格が値上がりしたことがあります。その後、政府は再び補助率を引き上げ、小売価格は173円程度に抑えられている状況です。
その一方で、補助には巨額の財政資金が使われています。さきほどのグラフでいうと、二つのグラフの間の面積が、補助金の総額にあたりますが、補助政策が来年4月まで延長されたことで、投入される財政資金は、軽油や灯油などの補助金も含め、これまでに使った分も合わせ6兆3500億円あまりに膨らむ見通しです。政府の予算でいうと、一年分の公共事業や防衛関係費の予算に匹敵する規模となります。政府の財政はそれでなくとも巨額の赤字を抱えていますから、こうした予算は、国債=つまり借金をして調達し、後世につけを残すことになります。

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このため、「そもそも市場原理で決まるはずの価格を、ここまで巨額の予算を使って抑えるべきなのか」とか、「車を保有しない人にも負担が及ぶのはいかがなものか」といった声も聞こえてきます。これに対し政府は、「補助はガソリンだけでなく物流に欠かせないトラックの燃料となる軽油や、暖房用の灯油なども対象で、車を持たない人も含めて広く国民の生活に関わる燃料コストや物価上昇の抑制につながる」などとして理解を求めています。それでも、この補助策に巨額の財政資金が投じられることには変わりはなく、今後は、低所得世帯や小規模事業者などに的を絞った政策を検討していく必要があるのではないでしょうか。
さらに、脱炭素に逆行するという批判もあります。国際的にみると、ウクライナ紛争後、同様な政策をとっていたアメリカ、フランス・ドイツなどは去年までに対策を終了しています。EV電気自動車の普及を遅らせるという指摘もあり、脱炭素を進める観点からこの補助策の早期終了を求める声も出ています。

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ただそうはいっても、激しい物価高の中、ガソリンの高騰は人々の生活を一段と圧迫しています。補助をやめる時期がくるのはいつになるのでしょうか。
政府は今回の経済対策の中で、「賃金動向も含めた経済情勢を踏まえつつ、出口を見据えられる状況になった場合には翌月以降補助率を段階的に縮小する」と書き込んでいます。これについて政府の担当者は、「人々の賃金があがり、ガソリンが多少高くても受け入れられる状況となったら、現在175円を上限としているところを、ひと月に5円づつ185円まで上げていきたい」と考えているということです。
ということは、補助のない場合のガソリン価格が185円程度にまで下がれば、出口が見えてくるということですが、実際に、その水準までガソリン価格が下がるには、原油価格の動向に加え、円相場の動向が大きく作用します。

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実は去年1月、政府が初めて補助を行った時の円相場は、1ドル115円前後でした。現在は150円台と30%も値下がりしています。その分原油の円建ての輸入価格が大幅に値上がりしているのです。経済産業省のいう方法で試算してみたところ、補助なしのガソリン価格がいまの200円台から185円程度まで下がるには、仮に今後、原油価格の水準が現在の1バレル80ドルから85ドル程度にとどまった場合でも、円相場は1ドル130円程度まで値上がりする必要があるといいます。しかしいま、アメリカの金利が日本を大きく上回り、内外の投資家が円を売ってより利回りの高いドルを買う動きを強めている間は、為替相場が急激な円高に向かうかは不透明です。

ガソリン価格の高騰は、中長期的には中東依存の低下や脱炭素の取り組みを強めてゆく重要性を改めて示すとともに、短期的には円安の是正を通じ、為替の影響で割高になっている部分を少しでも減らしていく必要性をつきつけているようです。


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