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厚労省が病院の耐震化率に関して「免震」を初調査 地震後に病院機能を維持するために必要なことは

中村 幸司  解説委員

今回は、病院の建物の地震に対する強さ、「耐震性」についてです。
大地震の時、病院はその直後から大勢の患者の治療にあたらなければなりません。つまり病院の機能が地震後も維持されていることが重要です。
厚生労働省は、全国の病院に対して、耐震性に関する調査を行いました。しかし、その結果からは、病院の耐震性の課題も見えてきました。
地震の後も病院の機能を維持するために、何が求められるのか考えます。

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まず、厚生労働省が2023年10月に公表した調査結果です。

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全国8000あまりの病院のうち、建築基準法の耐震基準を満たしていない病院の割合は、およそ20%。満たしている病院は、およそ80%でした。災害のとき重要な役割を担う災害拠点病院や救命救急センターに限ると、耐震化率は95%です。
基準を満たしていない病院が20%、拠点となる病院でも5%程度あるのは問題です。病院の耐震診断や耐震補強などには、補助制度もあります。こうした制度を活用して、少しでも早く「0%」にしていく必要があります。

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今回の調査で厚生労働省は、初めて建物に「免震」という構造を採用しているかどうか調査しました。基準を満たした病院の中で「免震」を導入した病院は、およそ8%、拠点病院などでは20%あまりでした。

免震は、通常の建物とどう違うのか。耐震基準を満たしていない建物、基準を満たした一般的な構造、そして免震の3つを比べてみます。

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大地震の時、基準を満たしていないと、大きく壊れるおそれがあります。基準を満たしていても、一般的な構造では、柱などが損傷することがあります。
これに対して、免震は、建物の下のゴムなどでできた装置で揺れを受け流します。揺れが抑えられ、建物が損傷しにくくなります。

さらに、免震は室内の被害も抑えられます。

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揺れている最中j231110_B.jpg画像提供:京都大学防災研究所 倉田真宏准教授/防災科学技術研究所

上の画像は、地震のとき、室内がどう揺れるかを実験で比較した映像の一コマです。(上は揺れる前、下は揺れている最中)左の一般の構造では、ベッドの位置が大きくズレて、ベッドサイドの医療機器が倒れています。一方、右の免震では、室内のものが、大きく移動したり、倒れたりしていません。整然としています。
地震にあっても、免震であれば病院の機能が維持できることが期待されます。

病院の耐震性と機能維持には、どういった関係があるのでしょうか。

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大きな地震の際、耐震基準を満たしていない病院は、大きく壊れ、建物の中の人の命を守れないおそれがあります。
基準を満たした一般の構造では、中の人の命は守られると考えられます。しかし、耐震性の「余裕」が小さいと、柱などが大きく損傷することがあります。というのも、建築基準法は建物の性能について最低限の基準を定めたものです。中の人の安全確保は求めていますが、建物の被害がないことまで求めたものではないからです。
建物を使い続けることが「危険」と判断されれば、建物から全員退去する必要も出てきます。

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同じ一般の構造でも、耐震性に「余裕」を大きく持たせた設計をすれば、建物の損傷を抑えることができます。しかし、そうしても建物は大きく揺れるので、内部で医療機器が倒れるなど被害が生じます。
これに対して、免震では、建物の損傷が抑えられ、内部の被害も最小限にとどめることが可能になります。
では、上の図の右から3番目のように、耐震性の余裕が小さい建物は地震でどのような被害になるのでしょうか。

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上の図の写真は、2016年の熊本地震で大きな被害を受けた熊本市民病院です。「北館」は耐震基準を満たしていましたが、建設は1984年と古く、耐震性の余裕が小さい建物でした。地震の後、壁などに大きな損傷が見つかりました。

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病院は「安全が確保できない」、つまり建物の中にいると危険と判断しました。病院全体で、入院患者310人すべてを、ほかの病院に転院、あるいは自宅などに帰ってもらうという対応をしました。
災害のとき、大勢の患者を受け入れるはずの病院が、逆に入院患者を周囲の病院に受け入れてもらうことを余儀なくされたのです。
当時、病院長だった髙田明さんは「病院の役割を果たせず、こんなにつらいことはなかった。あってはならないことだ」と振り返っていました。

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熊本市民病院は、3年後の2019年、免震の病院に再建されました。

病院の機能維持を図るという意味では、基準を満たしているだけでは十分ではありません。耐震性の余裕が小さい建物では、熊本市民病院のように大きな被害を受けることがあるからです。

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耐震性に大きく余裕を持たせる、あるいは免震にするといった上の図でいう右の方向に、寄せることが大切です。
それにはコストもかかります。免震を導入すると、建設コストは建物の規模にもよりますが数%から10%ほど高くなります。また免震は、改修工事ではなく、建て替えにあわせて行うのが一般的です。一定のハードルがあるのです。

では、機能維持が期待できる病院を増やしていくために、どういった対策が必要なのでしょうか。実は、機能維持を考えて、耐震性をより高く設定している建物があります。

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一つは学校の校舎です。文部科学省は、子どもたちの安全を守る観点や避難所として使われることなどから、基準の1.25倍以上の耐震性を持たせるよう通知しています。
また、国などの重要ないわゆる「官庁施設」について国土交通省は、耐震性を通常の1.25倍ないし1.5倍以上にするという基準を設けています。
免震にすることを必須とはしていませんが、耐震性に大きな余裕を持たせて、機能維持を図ろうというのが狙いです。

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では、病院はどうなのか。耐震性の強化を求めているのは、病院の中でも、国立大学の病院や公立病院などに限られています。
厚生労働省は、基準を満たしていない古い病院の耐震改修や建て替えに重点を置いて対策を進めています。確かに基準を満たしていない病院の対策は重要です。「0%」にしなければなりません。

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しかし、それだけではなく、学校や官庁施設と同様に、より機能維持を促す制度が必要だと思います。
いま、新築されている病院の中には、免震を導入しているケースがありますが、これは病院や設置者など病院側の判断で免震を採用しています。災害の拠点となる病院の中には、民間病院も少なくありません。病院の判断だけでは、建設コストがかかる免震の病院を十分増やすことは困難ではないでしょうか。

ここで、海外の例を見てみます。

j231110_000.jpg病院の写真提供:左 京都大学防災研究所 倉田真宏准教授
右 Istanbul Technical University Asst.Prof.  Dr. Fatih SUTCU

トルコでは、2023年2月、大きな地震がありました。地震対策が不十分で、建物がつぶれるように壊れた光景を覚えている人も多いと思います。実は、そのトルコでは、10年ほど前に「一定規模以上の病院を新築する際には、免震にする」というルールがつくられたということです。トルコの被災地の中で、免震の病院は機能を維持し、医療活動を続けることができたのです。
免震については、国の制度で誘導することは重要だと思います。

見てきたように、地震後、病院の機能を維持するためには、様々な対策が必要です。

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1つは、耐震基準を満たしていない病院について耐震改修や建て替えを促進することです。
2つ目は、基準を満たしていても、免震ではない病院については、どれくらい耐震性に余裕があるのかを調査することだと思います。
こうした調査を行えば、例えば、地域の災害医療の拠点となる病院に、耐震性の余裕が少ない、つまり大地震の時に機能しなくなる可能性が高いことがわかった場合に、補強工事をして耐震性を上げる、あるいは、その病院が使えなくなることも想定して、地域の災害医療の計画をつくっておくといった対応を進めることができます。
3つ目は免震についてです。建設コストがかかるだけに、病院を建て替えるときに「免震」にすることを促すような支援制度が必要だと思います。
仮に制度ができたとしても、免震の建物を増やすには時間がかかります。それだけに、上記の対策を同時並行で進めることが重要になってきます。

南海トラフ地震、首都直下地震など、日本はいつ、どこで大きな地震が起こるかわからないとされています。地震後は、限られた医療資源を最大限に発揮できるようにしなければなりません。そのために病院の耐震化をどのように進めていくのか。
国は、免震について初めて調べた今回の調査結果も踏まえて、具体的な方針を示す必要があると思います。


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