政府の新たな経済対策がまとまりました。焦点となったのが所得税などの減税と給付です。物価高の対応や賃上げに繋がるのか、そして、日本経済の成長力は高まるのか、対策の効果と課題について考えます。
今回の経済対策は、岸田総理大臣の強い意向のもとで検討され、身内の自民党の中からも異論や注文が出る中で、閣議決定されました。財政事情が決して良くない中でも経済対策の規模は減税分を含めて17兆円台前半となる見込みです。対策は車の両輪でいうと「物価高への対応」と「日本経済の成長力の強化」となります。岸田総理は「足元における最大の課題は、賃上げが物価上昇に追いついていないことだ」と指摘、今回の対策を通じて来年夏には国民所得の伸びが物価上昇を上回る状態を確実に実現したいと強調しました。さらに過去2年間に増加した税収の一部を国民に還元するという理由もありました。
<減税と給付>
そうした中で選んだのが納税者本人とその扶養家族を対象に1人あたり所得税3万円と住民税1万円のあわせて年間4万円の定額減税です。住民税の非課税世帯は、減税による還元を受けられないことから、7万円を給付します。住民税の非課税世帯には、すでに物価高対策として3万円の給付が始まっていますので、合わせて10万円となる予定です。給付の時期については「年内から年明けにかけて」、また、減税は来年6月を目指しています。岸田総理は「来年夏のボーナスの時点で、賃上げと所得減税の双方の効果が給与明細に目に見えて反映される環境を作り出すことが必要だ」と述べています。
ただ、4人家族で子供2人、配偶者が扶養の場合に4万円×4人で16万円なのに対して給付の世帯は子どもなどの人数に関わらず7万円の給付、すでに始めている3万円と合わせて10万円です。差が生まれてしまう事も考えられます。このため、非課税世帯への給付について、子育て世帯には上乗せが検討されます。
一方で支援が行き渡らない可能性がある人もいます。税金を払っていても収入が低くて今回の減税額となる一人あたり4万円に満たない人などです。こうした人たちへの対応が遅れたり、支援の金額に差が出たりしないような対応が必要になるでしょう。このほか、与党内には減税について所得制限を検討すべきという意見もあります。年末に向けて与党の税制調査会で具体的な制度設計が検討されますが、議論が難航する可能性もあります。また、制度が複雑で、わかりづらいという声も聞かれます。政府には、迅速な検討とともに、丁寧な説明と万全の準備が求められます。特に地方自治体は事務手続きの負担が増す可能性もあり、その対応も用意しておく必要がありそうです。
<エネルギー価格上昇への対応>
物価高対応のもう一つの柱がガソリン価格や電気・ガス料金への対応です。政府はすでにガソリン価格を抑えるための補助金や、電気・ガス料金の負担軽減措置を打ち出していますが、今回の対策でその期限を年内から来年4月末まで延長するとしています。このうち電気・ガス料金については来年5月には支援の幅を縮小するとしていますが、ガソリンの補助金を含めて仮に続ければ、財政を圧迫する可能性も留意しておく必要があるでしょう。
<賃上げへの対応>
今回の対策に合わせて岸田総理は「経済界に対して私が先頭に立ってことしを上回る水準の賃上げを働きかける」と述べ、賃上げに強い意欲を示しました。その上で対策に中小企業の賃上げを促すために、赤字企業でも賃上げをした場合にのちに税制の優遇を受けることができる制度を検討しています。このほか、中小企業の賃上げにつなげようと売る製品の価格を上げるなど取引先と円滑に価格交渉ができる対策も強化するとしています。来年の春闘で連合は、賃上げについて5%以上という高い目標を打ち出しましたが、企業側がどこまで応えることができるのか、さらに雇用者の7割と言われる中小企業が今回、設けた制度でどこまで賃上げを実現できるのかよく見極める必要があります。
<成長力の強化>
対策の車の両輪のもう一つが「日本経済の成長力の強化」です。宇宙開発やスタートアップ支援など様々な対策が盛り込まれましたが、注目したいのが半導体産業への対応です。半導体は自動車やスマホなどに使われ、産業に欠かせない重要な製品です。特に自動運転やAI=人工知能などに使われる「先端半導体」は未来の社会に必要不可欠とされ、そこで勝つことができるかが日本経済の将来を左右するとも指摘されています。また、経済安全保障上の観点からも競争力をつけることは重要でしょう。政府はすでに熊本県に進出した半導体の受託生産で、世界最大手の台湾企業「TSMC」や、北海道で新工場を建設する、先端半導体の生産を担う「Rapidus」に多額の補助金を投入しています。今回の対策では、半導体産業に関して規制緩和や投資促進策が盛り込まれていて、政府は今後、TSMCなどを念頭に追加の資金支援を検討するものと見られます。将来性のある産業に絞って支援することは必要でしょう。半導体の製造装置などの関連産業への波及、また、地域経済の活性化も期待できるでしょう。熊本県などではすでに雇用が増えたり、賃金も上がったりしています。しかし、一方で人手の確保が難しくなったり、住宅が足りなかったりと課題も指摘されています。今後、自治体や地域住民としっかりと話し合って支援を進めていくことも必要でしょう。
<どの程度の経済効果があるのか>
政府は実質のGDPで19兆円程度押し上げる効果があると試算しています。効果が期待される今後3年間で平均すると1年あたりでGDPを1.2%程度押し上げるということです。ただ、経済の専門家からは「減税と給付が一回限りでは貯蓄に回ってしまうのではないか」とか、「財源がハッキリしない中でバラマキ的な対策ではないか」という意見も出ています。一方で「還元された分が消費に回ると、景気にはいいが、物価高や人手不足に拍車をかけてしまうのではないか」という指摘も聞かれます。このほか、「追加の国債が発行されれば財政を悪化させるのではないか」という懸念も出ています。今後、効果の検証を行うことが重要でしょう。また、今回の対策には、中小企業や医療・介護などの人手不足の対策、成長分野への人材移動といった労働市場の改革、それに少子化対策の推進なども盛り込まれています。果たしてどこまで効果が見込めるのか、また、対策として十分なのかといった印象も受けます。しかし、こうした問題を解決しないと日本の成長は望めないのは確かです。政府には是非、日本が抱える中長期的な構造問題にもしっかりと取り組んで欲しいと思います。
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