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岸田首相の東南アジア訪問 対中国連携焦点 APECで日中首脳会談は

山下 毅  解説委員

10月22日フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海でフィリピン軍の輸送船と中国海警局の船などが衝突。南シナ海で対立が深まるなか、岸田総理大臣は11月3日からASEAN(アセアン)加盟国のフィリピンとマレーシアを訪問します。2か国は中国と領有権をめぐって対立し、日本とともに海洋進出を強める中国にどう向き合うかが課題となっており、OSAを初めて適用し連携強化を確認する見通しです。また東南アジア外交と並行して、福島第一原発の処理水放出などで対立する中国との首脳対話が実現するかどうかが焦点となっています。

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【解説のポイント】
▽東南アジア訪問の焦点
▽日ASEAN特別首脳会議に向けて
▽日中首脳対話の実現は

【東南アジア訪問の焦点】

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岸田総理は11月3日からフィリピンとマレーシアを訪れ、首脳会談に加え4日にはフィリピン議会で東南アジア外交の政策演説を行います。12月に東京で開くASEAN=東南アジア諸国連合との特別首脳会議への協力を求めるねらいで、中国を念頭に置いた連携強化も焦点となります。

中国政府は8月に最新の地図を発表しました。地図は南シナ海のほぼ全域を線で囲い管轄権を主張しています。これにフィリピン、マレーシア、ベトナムなどが相次いで反発しました。

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10月22日に船の衝突が起きたのは、南シナ海の南沙諸島、英語名スプラトリー諸島の海域です。フィリピンは中国を「危険で無責任だ」と非難し、フィリピンの同盟国アメリカのバイデン大統領は「フィリピンの船舶などに対するいかなる攻撃も相互防衛条約を発動させることになる」と警告しました。これに対し中国は「アメリカには中国とフィリピンの間の問題に介入する権利はない」と反発し対立が深まっています。

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こうした状況で迎える今回の訪問では、安全保障面での連携が重要テーマとなります。フィリピンとマレーシアは日本政府が4月に創設したOSA=「政府安全保障能力強化支援」の対象国です。OSAは特にインド太平洋地域の平和と安定を確保するため、同志国の軍などに防衛装備品を無償で提供する枠組みです。警戒監視を行うレーダーや警備艇の供与を想定しています。中国を念頭に大規模な埋め立てや拠点建設といった一方的な現状変更を抑止するねらいがあります。

日本にとっても南シナ海はエネルギーを運ぶ重要な海上交通路で、日本に近い海域で中国から圧力を受けるフィリピンとの連携を優先する方針です。首脳会談では支援内容や自衛隊とフィリピン軍の訓練、アメリカも交えた3か国の協力強化も話し合われる見通しです。

OSAをめぐっては、野党の一部などから非軍事分野に限定してきたODA=政府開発援助と異なり、軍事援助に踏み出すもので紛争を助長しかねないという批判があります。

【日ASEAN特別首脳会議に向けて】

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12月の特別首脳会議は友好協力50周年を記念するものです。10月に上川外務大臣がベトナムやタイなど4か国を歴訪したのに続いて、岸田総理が2か国訪問に臨みASEAN外交を活発化させています。政府は中国を念頭に置いた連携と同時に、日本とASEANが地域の繁栄した未来をつくる信頼できるパートナーであることを発信したいとしています。

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ただ日本は半世紀にわたりODAを通じた開発協力や民主化支援を続けてきたものの、成長著しいASEANとの経済力の差は縮まりました。中国の台頭もあって影響力は相対的に小さくなっています。ASEANの研究機関が域内の有識者を対象に行った調査によりますと、東南アジアへの経済的影響力が最も大きい国・地域について「日本」と答えた人は4.6%にとどまっています。

日本としては、こうした現状を踏まえつつ、政治や経済、文化・人的交流などの幅広い分野で築いてきたつながりをいかす。そしてASEAN全体だけでなく、国ごとの事情にもきめ細かく向き合い続け、連携を深めていくことが求められていると考えます。

【日中首脳対話の実現は】
中国を念頭に置いた東南アジア外交と並行して、中国との首脳対話が実現するかどうかが秋から冬にかけての焦点です。

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中国は福島第一原発の処理水の海洋放出に反発して日本産水産物の輸入を全面的に停止し、水産業への影響が広がっています。また尖閣諸島沖で中国海警局の船が領海侵入を繰り返すなど懸案が山積しています。

こうしたなかサンフランシスコで開かれるAPEC=アジア太平洋経済協力会議の首脳会議にあわせて岸田総理と習近平国家主席の1年ぶりの首脳会談が実現するかどうかが当面のヤマ場となります。日本側は会談の実現を目指していますが確たる見通しは立っていません。

アメリカと中国は多くの火種を抱えながらも王毅外相の訪米など閣僚の往来を重ねAPECでの首脳会談にこぎ着けようとしています。ホワイトハウスは「激しい競争には外交的な対話が常に重要だ」としています。

対照的に日中間では閣僚などの往来が積み上がっているとは言えず、上川外務大臣の就任から1か月半、王毅外相との電話会談は実現していません。岸田総理と李強首相がともに出席した9月のASEANの会議でも中国側が応じたのは15分程度の立ち話にとどまりました。中国側は経済の減速でまずアメリカとの関係を安定させようと米中関係を優先する一方、日本とは処理水の問題などもあって慎重に対応しているものとみられます。

外交関係者はAPECでは正式な首脳会談はハードルが高く、立ち話などの接触を模索することになるかもしれないと指摘します。しかし立ち話では時間も限られ、突っ込んだ意見交換や信頼関係を築くことまでできるかは疑問です。中国側は7日から東京で開かれるG7外相会合でどのような議論が交わされるかも見極め、ぎりぎりで判断しようとしているという見方もあります。

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一方、日中に韓国を加えた3か国は首脳会議の早期開催で一致しています。また経済界の代表らによる「日中経済協会」の訪問団が来年1月に4年ぶりに中国を訪れる方向で、首脳レベルとの会談が実現するかが注目されます。

【金杉憲治大使の起用】
こうした動きに先立ち、政府は新しい中国大使にインドネシア大使を務めてきた金杉憲治氏を起用する人事を決めました。金杉氏について外交関係者は、中国語を専門とするチャイナスクール出身ではないものの、2012年に尖閣諸島の国有化を決めた野田政権で総理秘書官を務め、2018年に中国を担当するアジア大洋州局長として当時の安倍総理の訪中実現にかかわるなどアジア外交を知る外交官だと指摘します。対中外交の新たな布陣で局面を打開できるかが課題となります。

【抑止と対話】
日本はASEANの国々とともに海洋進出を強める中国に向き合っています。法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の強化で連携し、抑止力を効かせることが欠かせません。ただ一方で日本と中国はお互いに経済的な結びつきは強く、地域の安定や繁栄は共通の利益になります。それだけに、日中双方ともチャンネルを閉ざすことなく首脳対話に向けた粘り強い外交努力を積み重ねることがいま必要ではないでしょうか。


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