日銀は31日、金融緩和の柱のひとつ。長期金利をゼロ%程度に抑えるとする大規模緩和の枠組みを、一段と柔軟に運用するよう見直しました。7月に続いての見直しで、今回で、世界的にも異例な、「長期金利を抑える政策」は事実上形骸化されたのではないか、という見方もでています。では、この先、金利がある世界に戻る日が近づいているのでしょうか。きょうは、日銀の決定の背景と、この先の金融緩和の行方について考えてみたいと思います。
【長期金利の抑制 一段と柔軟に】
まず、日銀の金融緩和の枠組みです。日銀は、短期金利をマイナス0.1%に。返済までの期限が10年の長期金利をゼロ%程度に抑える、この2つを柱とした大規模な金融緩和政策を進めてきました。これによって、全体の金利を低く抑え、持続的な景気の回復を支えるとともに、デフレを脱却し、安定的に2%の物価上昇を達成しようという狙いです。
そして、今回の決定会合で、日銀は、この枠組みは維持することを決めました。
その上で、実際には、市場での国債の売り買いで変動する長期金利の変動幅の上限をどこまで認めるかについて、これまでは「1%の水準で厳格に抑える」としてきた。その方針を「1%をめどにする」と見直しました。投機的な急速な金利上昇には対応するとしながらも、水準として、長期金利が、1%を一定程度超えて上昇することを認める内容です。
この上限について、日銀は、去年12月に、それまでの0.25%程度から0.5%程度に引き上げ、今年7月には事実上、1%まで容認することを決めたところでした。
【背景】
なぜ、日銀は、7月に続き、わずか3か月で再び政策の見直しに踏み切ったのでしょうか。背景には、日銀の想定外の要因。国内の長期金利が天井の1%に近付きつつあったこと。そして、円安が進んでいること。この2点があるとみられます。
(長期金利の上昇)
まず、国内の市場の長期金利。7月の時点で、日銀の植田総裁は「長期金利が1%まで上昇することは想定していない」。「1%は“念のためのキャップ”だ」と話していましたが、アメリカで物価上昇が長引き、金融引き締めがつづくという見方から、これに引っ張られて、日本の長期金利も、7月に0.6%、9月には0.7%を突破。10月31日には、0.955%にまで上昇し、日銀が上限としていた1%に近づきつつありました。このままだと、長期金利を1%以下に抑え込むために無制限に国債を買い増す必要がでてきて、本来、市場で決まる長期金利の機能が損なわれるという指摘があがっていました。
(円安)
そして、2点目の円安です。日本の金利が抑え込まれ、日米の金利差が広がることで、より利回りの高いアメリカに投資するために、円を売ってドルを買う動きが強まり、円安が一段と進むのではないか、という懸念です。これ以上どんどん、円安が進むと、輸入品を通じて、賃金の上昇が追い付かない形で、物価がさらに上がり、消費や経済を冷え込ませる恐れがあります。このため、長期金利の上昇を容認することで、円安の動きを止める必要がある。そうした判断も、今回の見直しの背景にあったとみられています。
(今回の見直しの意味合い)
ただ、円安の動きはとまっていません。長期金利の上昇も収まっていません。今回の政策見直しについては、日銀の見通しの甘さを指摘する声がある一方、経済の専門家の間からは、今回、厳格な上限を設けなかったことで、長期金利を抑えこむこれまでの政策は、「形骸化されたのではないか」「事実上、撤廃されたのではないか」という見方もでています。日銀が、金融政策の正常化に向けて、一歩、歩みを進めたのではないか、というのです。
【今後の焦点】
(マイナス金利の撤廃は)
今回、経済の専門家から、長期金利を抑え込む政策を事実上形骸化させたのでは、という見方もでている中。次に焦点になるのは、短期金利。マイナス金利をいつやめるのか、という点です。マイナス金利の解除に踏み切るとなると、それは、金融の引き締めです。金融緩和の終了。本格的な政策の転換を意味します。
(賃金上昇を伴う物価上昇が前提に)
この点に関して、日銀の植田総裁は「賃金の上昇が伴う形で、持続的・安定的に2%の物価目標を達成すること」が前提となるという考えを示しています。今は、円安や原油価格の上昇が物価を押し上げている分が大きく、まだその段階ではないという見方です。
その物価。天候や政府の補助金などの影響で大きく変動する、生鮮食品とガソリンなどのエネルギー価格の影響を除いた推移を見てみますと、上昇の勢いが強まっています。輸入品の上昇を受け、様々なモノに値上げの動きが広がってきたことに加え、このところは、人手不足を背景に賃金を上げた分を価格に転嫁する動きも広がり、サービスの値上げも広がっています。日銀も、基調としての物価上昇は、少しずつ進んでいるとして、2024年度25年度の見通しについて、いずれも1.9%と、ほぼ、目標の2%に近い物価上昇が続くという見通しを今回示しました。残る問題は、2%の物価上昇が安定的に続くと、日銀が確信を持てていないことです。
(春闘での賃上げを重視)
その見極めのため、日銀が重視しているのが、来年の春闘での賃金引き上げです。今年に続き大幅な賃上げにつながるかが焦点です。物価上昇に対する生活の防衛を求める組合側の要求や、深刻化する人手不足を背景に、来年の春闘で、賃金を引き上げるという経営側の意思表示が前倒しででてきています。
こうしたことから、経済の専門家の間からは、来年の春には、マイナス金利の解除。といった、金融緩和の終了。本格的な政策の転換点が訪れるのではないか。金利や物価の情勢次第では、もっと早まる可能性もあるのではないか。という見方もでてきています。
【どう考えるか】
では、この状況をどう考えたらいいのでしょうか。
日本では、黒田前総裁のもと、他国でも例のない、異次元の金融緩和の政策をとってきました。先に景気が回復し、物価が大幅に上昇した欧米各国は、すでに金利の引き上げ、つまり金融の引き締めを進めています。日本でも、4月に就任した植田総裁のもと、金融政策の正常化に向け、一歩一歩踏みだしているのだとしたら、評価したいと思います。
(ローンの負担は増加)
ただ、問題はこの先です。多くの日本の国民は、この10年あまり、金利がほぼない世界を生きてきました。預金の金利はほぼゼロ。一方、事業のための借り入れ。そして、住宅ローンの金利も、超低金利。というのが当たり前でした。
それが、今後、金利が上がる世界に変わることになると、住宅ローンをはじめ、様々なローンを借りている企業や家庭にとっては、負担が増えることになります。実際、3メガバンクの11月に適用される10年固定の住宅ローンの金利は上がりました。今後、短期の金利が引き上げられ、多くの人が借りている変動金利の住宅ローンにも引き上げの動きがでてくると、大きな影響がでかねません。いつ、どのような形で、金利を上げるのか。日本経済に、そして、私たちの生活に大きな混乱が起きないよう、日銀は、慎重な政策運営、そして、丁寧な説明が求められることになります。
【まとめ】
一方、私たち国民も、金利がほとんどない世界から、金利がある世界へ。時代が変わるかもしれない。ローンをどうするのか。資産運用をどうするのか。考えていかなければいけない。そうした新たな局面に差し掛かっているかもしれない、ということは頭の中に入れておく必要がでてきているように思います。
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