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臨時国会召集 所得税減税議論の行方は?衆議院解散は?

梶原 崇幹  解説委員

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岸田総理大臣は、所信表明演説の中で、最優先に取り組む課題について、「経済、経済、経済」と3回同じ言葉を繰り返し、経済対策の実現に強い意欲を示しました。ただ、岸田総理大臣が打ち出した所得税減税をめぐっては、早くも与野党の激しいつばぜり合いが始まっています。国会の焦点となっている減税議論の行方と今後の政局を考えてみたいと思います。

(所信表明演説)

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第212臨時国会は、20日召集されました。会期は12月13日までの55日間で、岸田総理大臣にとって、9月の内閣改造以降、初めての本格的な国会論戦となります。
所信表明演説の中で、岸田総理大臣は、日本経済の現状について、ことしの高い水準の賃上げや設備投資の動きが続けば、「成長型経済」への変革が可能だという認識を示し、それを実現するため、「供給力の強化」と「国民への還元」を車の両輪とする総合経済対策を近くとりまとめる考えを示しました。

(総合経済対策の内容は)

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では総合経済対策は、どのような内容になるのでしょうか。
「供給力の強化」の具体的な対策として、岸田総理大臣は、▼企業の賃上げを促す減税制度の強化や、▼戦略物資への大型の投資減税などを挙げています。

経済対策のもう1つの柱の「国民への還元」について、岸田総理大臣は、「成長による税収の増収分の一部を公正かつ適正に『還元』し、物価高による国民の負担を緩和する」としています。
具体的な対策として、▼ガソリン価格を抑えるための補助金や、電気・ガス料金の負担軽減措置を来年春まで継続すること、▼各自治体で低所得者の世帯への給付措置にも使われている「重点支援地方交付金」を拡大することなどを挙げています。
ただ、ガソリン価格への補助金などをめぐっては、「脱炭素の流れに逆行する」という批判もあり、説明が求められそうです。

(所得税減税の議論の行方は)

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そして、還元策として最も注目を集めているのが、所得税減税です。
岸田総理大臣は、20日、与党の政策責任者と税制調査会の幹部に対し、所得税減税を具体的に検討するよう指示しました。大型の所得税減税が実現すれば、1998年に実施された定額減税や、1999年に導入され2007年まで続いた定率減税以来となります。

自民党の宮沢税制調査会長は、「長い減税だという意識はなく、1年というのが極めて常識的だ」と述べた他、政府・与党内では、中所得者や低所得者に恩恵が大きい定額減税で、額は4万円とし、あわせて非課税世帯には給付措置を講じるという案が出ていますが、期間や規模をめぐって様々な意見があり、曲折も予想されます。

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こうした方針に対し、評価の声がある一方、批判の声も上がっています。
その1つは、「政策の整合性が取れていない」という批判です。
政府は、防衛力強化と少子化対策で安定的な財源の確保を求められています。
防衛力を抜本的に強化するため、政府は、防衛費を、今年度から5年間で43兆円程度確保することとし、増加分の一部を法人税、所得税、たばこ税の増税で賄うとしています。増税の実施時期は決まっていませんが、自民党の萩生田政務調査会長は、「これから減税策を考えるのに、来年から防衛増税を行うのは分かりづらい」と述べ、来年は防衛増税は行うべきではないという考えを示しています。

また、少子化対策では、今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保することとし、財源について、政府は、「支援金制度」の創設と、社会保障費の歳出改革などで賄う方針で、詳細は年末に先送りされています。
多額の財源を確保するため、新たな国民負担の可能性が俎上に上がる中、減税を行うのは、ちぐはぐだという批判です。国民に政策の方向性を、整合性をもって説明できるかが問われることになります。

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もう1つの批判は「即効性がない」とか、「必要性に乏しい」というものです。
所得税減税のためには、税制改正の関連法案を年明けの通常国会で成立させる必要があり、国民が減税の恩恵を受けるのは来年春以降になります。自民党内からは、「給付措置と比べて、効果が現れるのに時間がかかる」という批判が出ています。また、需要不足が解消しつつあるという見方がある中、「必要性に乏しい」という声もでています。

岸田総理大臣は、所信表明演説で、「国民の消費は力強さに欠ける状況だ」とした上で、賃上げが物価上昇に追いついておらず、後押しを行わなければ、後戻りするリスクがあるとして、理解を求めています。
歴代内閣を見ても、減税は、国民の期待が先行するあまり、かえって不信感を招き退陣につながったケースもあることから、所得税減税の必要性を説得できるかも問われることになります。

(野党はどう臨む)
では野党は、この国会にどう臨もうとしているのでしょうか。

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各党は政府・与党に対抗して、相次いで経済対策をまとめています。このうち、野党第一党の立憲民主党は、全世帯のおよそ6割にあたる世帯を対象にした、3万円の「インフレ手当」を給付することや、ガソリン税を減税することなど、総額で7兆6000億円の経済対策をまとめています。
そして、物価高対策であれば、給付措置の方が即効性があり、岸田総理大臣が打ち出した所得税減税は選挙対策のバラマキだと批判しています。
また日本維新の会は、社会保険料の3割軽減や、ひとり親世帯を対象にした一律10万円の給付など、総額10兆円規模の対策を打ち出しています。
そのほかの野党も、消費税率の引き下げや消費税の廃止、最低賃金の引き上げなどを盛り込んだ対策をまとめていて、国会では、各党がそれぞれの経済対策をアピールしながら、論戦が行われる見通しです。

(旧統一教会の問題)

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旧統一教会をめぐる問題をめぐって、文部科学省は、今月、教団に対する解散命令を裁判所に請求しましたが、裁判が長期化する可能性もあることから、被害者の救済のため、教団の財産をどう保全するかが課題となっています。
立憲民主党と日本維新の会は、教団の財産を保全する法案を、それぞれ国会に提出しました。自民党も独自の法案を提出する方向で調整に入っており、近く、公明党と作業チームを立ち上げることにしているなど、各党の法整備の対応も注目されます。

(衆議院の解散の可能性は)
今月末、衆議院議員の任期が折り返しを迎える中、この国会のもう1つの焦点は、岸田総理大臣が衆議院の解散に踏み切ることはあるのかどうかです。

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与野党の間では、解散は日程的に難しいという見方が広がっています。
さらに、与野党が対決する構図となった衆参補欠選挙は与野党の1勝1敗となり、自民党の新人が勝利した衆議院長崎4区でも苦戦したという評価があることから、自民党内には、「とても解散できる状況ではない」と、否定的な意見が多くあります。
一方で、与野党の間には、解散の臆測がくすぶっていて、岸田総理大臣の周辺には、今の国会で解散すべきだという意見が消えていません。
仮に岸田内閣の支持率がこのまま改善しなければ、来年秋の自民党総裁選挙では、総理大臣の顔を代えて、その後の国政選挙に臨みたいという議員心理が働くことも否定できず、経済対策をとりまとめた今の国会が解散のタイミングだという意見です。
連立を組む公明党の山口代表は、「年内の衆議院の解散が消えたわけでない。いつどうなってもおかしくないという心構えで準備したい」と述べて、年内の解散の可能性もあるとして、準備を進める考えを示しています。
今国会は、解散の可能性がくすぶる中、与野党の攻防が行われることになります。

(まとめ)
この国会では、各党の経済対策、とりわけ岸田総理大臣が打ち出した所得税減税をめぐって、激しい論戦が交わされることになりそうです。所得税をめぐっては、控除のあり方や課税対象となる金額などに様々な意見があり、国民の高い関心が寄せられています。政局的な思惑とは別に、経済対策や税制のあり方について与野党のかみ合った議論に期待したいと思います。


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