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バイデン大統領とイスラエル 紛争拡大は防げるか

髙橋 祐介  解説委員

イスラム組織ハマスが実効支配するガザ地区で、人道危機が深刻化しています。イスラエル軍は、地上侵攻の準備を進めています。緊迫する事態に、アメリカのバイデン大統領は、イスラエルとの連帯を示すとともに、罪のない住民を犠牲にしないため、国際法の順守を求めました。紛争の拡大は防げるでしょうか?アメリカの視点から現状を考えます。

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50年前、若き上院議員として当時のゴルダメイア首相と会談して以来、バイデン氏が、幾度となく訪れてきたイスラエル。大統領として2度目の今回は、先行きに予断を許さず、どこまで成果を得られるか判らない“政治的な賭け”とも言える訪問でした。

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ネタニヤフ首相との会談後、大統領の発言には4つのポイントがありました。

▼まず“イスラエルとの連帯”。
建国以来もっとも緊密な同盟国として、「イスラエルを決して独りにはさせない」と述べ、アメリカの全面的な支援を約束し、ハマスに連れ去られた人質およそ200人の解放に最優先で取り組む決意を示しました。

▼次に“人道危機への配慮”。
「パレスチナ住民の大多数はハマスではない」と述べ、民間人を犠牲にしないため、イスラエルが国際法を順守するよう求めました。封鎖されたガザ地区は、水や食料、医薬品を必要としていると指摘し、パレスチナへの人道支援として1億ドルの拠出を表明。イスラエルに対してエジプトとの境界から物資の搬入を妨げないよう配慮も求めました。

▼“紛争拡大の抑止”。
訪問直前にガザ北部の病院で起きた爆発について、ハマスは、イスラエルによる空爆だと主張し、中東各地で抗議デモが激化しています。バイデン大統領は、「ハマスとは別の武装組織がロケット弾の発射に失敗した」とする見方を示し、関与を否定するイスラエルの主張を支持。「アメリカとイスラエルの同盟は揺るがない」と述べ、イスラエルと敵対関係にある国や勢力が、この機に乗じることのないよう強くけん制しました。

▼そして“和平への努力”。
「怒りに吞み込まれてはならない」「アメリカも同時多発テロのあと、正義を求めて得たが、過ちも犯した」と大統領は述べました。過ちとは何を指すのかには言及しませんでした。
アメリカ軍がアフガニスタンやイラクに侵攻したあと、異なる民族や宗教間のあつれきで憎悪の連鎖を生んだことを指したのか?あるいは、イスラエルがガザ地区に侵攻しても、長期占領には反対する考えを示唆したものか?様々な受け止めが広がっています。

その上で大統領は、「イスラエルとパレスチナが安全に尊厳をもって共存できるよう和平への道をあきらめてはならない」と訴えました。

和平交渉が頓挫したまま放置して、いわばパレスチナ問題から眼を背けてきたアメリカは、今回の武力衝突で、不意打ちのように難しい立場に立たされています。

国連安全保障理事会で、人道支援のため戦闘の一時停止を求めた決議案は、15か国のうち、日本や中国、フランスを含む12か国が賛成しましたが、ロシアとイギリスが棄権、アメリカは「イスラエルの自衛の権利に言及がない」との理由で3年ぶりに拒否権を行使して、否決されました。

ガザ地区の人道危機は深刻化しています。エジプトとの境界にあるラファ検問所から物資を積んだトラックが入る予定は遅れているようです。物資が入っても住民に行き渡るか?何日もつかもわかりません。住民の半数は子どもです。連日の空爆で避難もままならず、窮乏をきわめる光景は、アラブ・イスラム諸国に伝えられ、反イスラエル、反アメリカ感情を悪化させています。

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紛争のさらなる拡大は防げるでしょうか?
いま心配されているのは、ハマスと同様にイランから支援を受けるレバノンのシーア派武装勢力・ヒズボラが、イスラエルへの攻撃で連携することでしょう。軍事大国のイランが、直接介入する事態が“最悪のシナリオ”です。

アメリカ軍は、イスラエル近海に2つの空母機動部隊を展開するほか、ペルシャ湾岸に戦闘機や攻撃機を追加派遣して、抑止力を強化しています。
ヒズボラは、大量の短距離ロケット弾を保有するとみられることから、イスラエルの防空システムへの支援強化も進めています。
当面はアメリカ軍兵士を現地に派遣しないとしながらも、アメリカ国防総省は、事態の急変に備えて、2,000人規模の部隊の編成を準備しています。

国防総省によりますと、紅海北部に展開しているアメリカ軍のミサイル駆逐艦が、上空で巡航ミサイル3発と複数のドローンを撃墜。イランが支援するイエメンの反政府勢力・フーシ派がイスラエルをねらった可能性があるとしています。

ここ数年、アメリカは、中東地域から兵力を削減し、インド太平洋地域への再配置を進めてきましたが、紛争が拡大、あるいは長期化した場合、兵力展開の見直しを迫られるかも知れません。

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イスラエルには自制を明確に求めないバイデン政権と議会に抗議して、「即時停戦を」そう訴えて連邦議会の建物に侵入したデモ隊の多くは、ユダヤ系の若者たちでした。

今回の武力衝突後に行われたアメリカの公共放送による世論調査では、ハマスとイスラエルの戦争で、アメリカはイスラエルを支持すべきという意見は、青色で示した65%でした。

党派別に見てみると、両党の支持層には、それほど大きな違いはありません。日本の無党派層にあたるインディペンデントは、黄色で示した何も言わない何もしないという意見がおよそ3分の1を占めました。

これを世代別に見てみると、若ければ若いほど、青色のイスラエル支持は減少し、40歳前後から下のミレニアル世代とZ世代では、半数を切っています。
与党・民主党の「プログレッシブ」と呼ばれる左派勢力には、若い世代から支持を受け、初のイスラム教徒の女性下院議員が2人誕生し、今回も「即時停戦」を訴えています。

無論ハマスによる無差別テロは誰も支持しません。イスラエルに対するアメリカからの手厚い支援も大きく揺らぐことはなさそうです。しかし、イスラエルがアメリカの世論から無条件かつ全面的な支持を得た時代には、世代交代につれて変化も兆しているようです。

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イスラエルから帰国したバイデン大統領は、ホワイトハウスの執務室から演説し、ハマスによる攻撃を受けたイスラエルと、ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナへの支援を訴えて、議会に巨額の予算を求める考えを示しました。

「われわれは歴史の曲がり角にある。きょう行う決断が今後数十年を決定づけるだろう」と述べ、アメリカが世界の安全保障に深く関与していく姿勢を打ち出しました。
2つの大きな危機に同時に直面した今だからこそ、大統領の指導力が問われます。

共和党のトランプ前大統領は、みずからが在任中に科した厳しい制裁を撤廃あるいは緩和したバイデン大統領による「弱腰外交が、イランやハマスを増長させて、イスラエルとアメリカに危機をもたらした」と批判します。

ユダヤ系のロビー団体だけではなく、共和党が支持基盤とするキリスト教福音派の団体も、イスラエルの安全を守り抜くよう働きかけを強めています。
中東情勢の急変は、来年の大統領選挙でも争点のひとつになりそうです。

バイデン大統領は、就任以来、中国との競争に集中するためとして、インド太平洋地域に軸足を移す政策を進めてきました。しかし、いまや大統領が、いくら中東から立ち去りたいと願っても、中東は大統領が立ち去ることを許さないでしょう。
紛争の拡大を防ぎ、ガザ地区の人道危機を救うためには、国際社会の介入が欠かせません。介入を実現する上で欠かせない国がアメリカです。


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