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地銀の非金融事業なぜ拡大? 広島・金沢などの例で背景探る

鈴木 啓太  解説委員 佐藤 庸介  解説委員

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人材の紹介、まちづくり、それに農業…。

これら、すべて地域の銀行が乗り出したビジネスです。銀行と言えばお金を貸すのが本業なのに、どうしてそんなことを始めたのか。その背景には、地銀が直面している厳しい環境があります。

地域経済の活性化に向けて、地銀が果たすべき役割とは何か、各地の事例を紹介しながら考えていきます。

【広島で展開する非金融事業は】
地銀が乗り出している金融以外の事業は、広島で活発な動きが出ています。

まず、広島市に本店がある「ひろぎんホールディングス」の事例を紹介します。

2020年10月に、ほかの銀行に先駆けて持ち株会社を作り、その後、非金融事業を営む3社を設立してグループ経営に乗り出しています。

そのうちの1つが人材紹介事業です。首都圏で活躍する人材を紹介しているのが特徴です。

具体的なケースを見てみます。

大手自動車メーカーで働く50代の男性を、従業員2000人規模の部品メーカーに紹介しました。男性は地元へのUターンを希望していました。もともと、この部品メーカーは求人を出していたわけではありませんでした。

ただ、銀行が取引の中で、北米での販路拡大などに課題を抱えていることを把握していたことから、この男性の経験が役立つと考えたのです。提案を受けて、この部品メーカーは男性の採用を決めました。

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このケースのように、新たな事業を展開するにあたって、カギになるのが、地銀が強みを持つ▼「地域のネットワーク」と、▼取引企業や地域経済の「課題やニーズ」を詳しく把握していることを生かせるかどうかです。

【まちづくりにも関与】
もうひとつの象徴的な取り組みは、まちづくりに関わる事業です。

モデルとなった事例は外資系ホテルの誘致支援です。「広島は世界的な知名度は高いものの、高級ホテルが少ない」という点に着目しました。

国内外の大手ホテルに広島への進出を打診し、誘致に成功。ホテルの建設が決まったあとは、ベッドや家具などの内装を含めて、銀行の取引先およそ100社とのマッチングを実現し、取引先の新たなビジネスを生み出しました。結果的に、銀行の融資にもつながりました。

10年後、20年後を見据えたまちづくりに取り組み、地域が活性化することで、それがまわりまわってグループ全体の収益につながることを目指しています。

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ひろぎんホールディングスの部谷俊雄社長は「融資だけに頼った業務運営は限界が来ている。お金だけでは取引先のニーズに応えることはできなくなっている。地域の課題を解決するための“何でも屋”という形にならないと将来がない」と話しています。

【厳しさ増す地銀の経営環境】
今、紹介したのは、地銀グループの事業です。そもそも地銀とは、どんな存在なのでしょうか。

全国一円に店舗網を持つのが「都市銀行」です。国内にあわせて4つあります。一方、地方を主な営業基盤とするのが「地銀」、地域銀行です。

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地銀の本店は、すべての都道府県にあり、あわせて99あります。都市銀行よりも店舗の数が多い地方では存在感を誇り、くらしに身近な存在だと思います。

その経営環境は厳しさを増しています。銀行の本業、お金を貸す業務で、年々もうからなくなっているからです。

何より地域経済の低迷という問題がありますが、加えて2つの理由を指摘したいと思います。

1つは日銀の大規模な金融緩和で、金利が低い状況が続いていることです。

地銀の貸出による収益の変化です。日銀が大規模な金融緩和に踏み切ったことで、減少が続きました。金利の低下で、地銀は少しずつ消耗しています。

同時に深刻なのは、企業のカネ余りです。

象徴するのはこちらのデータです。上場企業2200社あまりのうち、借入金以上の現金と預金を持っている、「実質無借金」の企業の割合です。製造業、非製造業とも、20年近くで20ポイント以上、増加しました。

バブル崩壊などの経験を経て、多くの企業が借金に頼らない傾向が強まっています。お金があまり必要ないのに、銀行が貸し出しを増やそうとしていることについて、専門家は「南極で氷を売るようなもの」と表現しました。

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何とか借りてもらおうと金利を安くする競争が激しくなり、それがもうけを減らすという悪循環に陥っているのが実態です。

「貸し出しだけに頼っていては生き残ることができない」。

地銀にそうした意識が広がり、事業領域の拡大につながっています。

【デジタル、再エネ、農業・・・新事業続々と】
活発に展開している地銀はほかにもあります。

たとえば金沢市に本店を置く北國フィナンシャルホールディングスは、デジタル技術を生かして地域の生産性を高めるため、取引先へのITコンサルに加えて、キャッシュレスを推進しようと、地域でデジタル通貨の導入を進めようとしています。

また、松江市に本店を置く山陰合同銀行は2022年7月、全国の地銀では初めて、再生可能エネルギーの会社を設立しました。工場やスーパーの屋上に太陽光パネルを設置し、そこで発電した電気を取引企業に販売する仕組みです。脱炭素の取り組みを地域に根づかせようとしています。

一方、山口フィナンシャルグループは、2021年に地銀で初めて、福利厚生を代行する会社を設立。地元の飲食店や美容室などの割引サービスをアプリで提供します。このほか、地域の特産品を販売する商社や、耕作放棄地の増加が課題となる中、特産品のわさびを作る農業法人を設立しています。

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ただ、いずれの事業も収益に対する貢献は限定的で、地銀グループでは長い目で育てていきたい考えです。

【国の規制緩和が地銀を後押し】
ここに来て地銀の事業範囲が拡大している背景には、国の規制緩和があります。

もともとこうした事業を銀行が行うには、法律に基づく厳しい規制があります。

さまざまな理由がありますが、1つには多くの人からお金を預かる銀行は、ほかの事業に手を出して経営が悪くなり、預金を返せなくなる事態になると、経済に大きな影響を与えることがあります。

それが銀行の役割の変化に伴って、2017年以降、段階的に規制が緩和されました。2021年の銀行法の改正では、地域活性化などにつながるのであれば、子会社などでさまざまな業務を行いやすくなりました。

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経営の健全性を保つことが大前提ではありますが、多くの地銀が金融以外の事業に参入しています。金融庁によりますと、地銀グループが設立した新ビジネスの会社は、ことし8月時点で45に上ります。

【新事業はあくまで地域活性化の“手段”】
しかし、事業の拡大が万能というわけではありません。

これまで経験のない分野に進出することは、地銀にとって負担にもなります。限られた人材を、本業の貸し出し業務を弱体化させることなく、配置するのは簡単なことではありません。

また、専門家からは、新しい事業の実績作りのため、サービスを必要としていない取引先にも利用を押し付けることはないかという懸念も指摘されています。

さらに地域の企業と競合して仕事を奪ったり、新たに参入する可能性を摘んでしまったりするという声もあります。いずれも本末転倒です。

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何より新事業といっても、日ごろから顧客の企業と信頼関係を築き、ニーズを把握することに努めていないとうまくいきません。

その点は、従来の貸し出し業務と何ら変わりないということを強調しておかなければなりません。

新事業は手段であって、目的はあくまで取引先企業を発展させ、地域経済を活性化させることです。さもないと、中長期的には地銀自身の経営も持続することはできません。経営者は、原点を忘れず、責任をもって役割を果たしてもらいたいと思います。


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