中国がアジアからヨーロッパ、アフリカなど各国との関係強化をはかる一帯一路が構想され、10年がたちます。この間、中国から途上国や新興国などへの経済進出が進む一方、進出先の国からは、過剰な債務を負わされるといった批判も強まり、一時の勢いを失っています。きょうはその要因を分析し、中国に何が求められるのか考えてゆきたいと思います。
解説のポイントは3つです。
1)勢い衰える進出戦略
2)自らに跳ね返るか “債務の罠”
3)グローバルサウスが“壁”となるか
1) 勢い衰える進出戦略
まず一帯一路構想の成り立ちから、これまでの過程を見ていきます。
いまからちょうど10年前、2013年の9月から10月にかけて。習近平国家主席は、古の時代に中国とヨーロッパを結んだ絹の道になぞらえた陸と海のシルクロード構想を相次いで提唱。これらが組み合わさり一帯一路構想となっていきます。具体的には、中国からヨーロッパ、中東、アフリカにかけて鉄道や高速道路、港湾施設といった交通インフラを整備し、貿易を促進。さらにこうした地域のインフラ建設を支援していくというものです。
構想の背景には、当時中国で過剰生産された鉄鋼やセメントを、海外に輸出する狙いがあったとされ、途上国側にとっても、遅れているインフラ整備を中国の支援で進めたいという事情がありました。また中国側には、当時アメリカや日本が交渉を進めていたTPP・環太平洋パートナーシップ協定に対抗したい意識もあったといわれます。
これに対し、日本やアメリカは、中国が一帯一路を通じて、アジアに勢力圏を拡大しようという政治的な思惑があるという警戒感を抱きました。
その当時、南アジアのスリランカでは、中国が巨額の融資をして、港湾施設が建設されたものの、港の収益があがらずに借金の返済ができなくなり、中国側が港の運営権を引き渡すよう要求する事案が発生。いわゆる債務の罠といわれる問題ですが、その裏には、中国がインド洋にかけての安全保障上の要衝を押さえる狙いが透けて見えたのです。
その後も、一帯一路への反発が各地で強まっています。例えばインドネシアでは一帯一路の名の下で行われているニッケルの精錬や加工の事業をめぐり、中国から大勢の労働者が送り込まれ、現地の雇用が奪われているという不満が強まっています。さらに、今年1月には、中国資本の精錬所で働く現地の従業員が、賃金や安全対策など労働条件の改善を求めて抗議活動を行うなどのトラブルも起きています。
一方、ヨーロッパの主要国は、当初、世界第二の経済大国となった中国との関係強化につながるとして、一帯一路への期待を強め、中国主導で立ち上げたAIIB=アジアインフラ投資銀行にも参加。しかしその後、一連の開発プロジェクトに民間企業が参加するプロセスが不透明で、中国企業が優遇されている疑いがあること。中国政府が、旧社会主義国を中心とした中・東欧の16か国と定期協議をもったことで、ヨーロッパの分断を図ろうとしているという疑念が生じたことなどから、警戒感を強めていきます。先月には、G7の中で唯一一帯一路に関する覚書を中国と交わしていたイタリアが、一帯一路から離脱する方針を非公式に伝えたと報じられるなど、一帯一路離れの動きが進んでいます。
2)自らに跳ね返るか債務の罠
一方、一帯一路をめぐって指摘される債務の罠の背景には、中国政府が、支援先の国への融資の全体像を把握していないという問題が指摘されています。
債務の罠とは、スリランカの事例のように、中国側が、採算のとれないプロジェクトに巨額の融資を行い、途上国側が融資の返済ができなくなるという問題です。
中国では、支援先の国に対し、輸出入銀行や国家開発銀行、複数の国有銀行などの金融機関が、それぞれ個別に融資を行っていますが、実は、中国からの融資が全体としてどれくらいの規模に上っているか、当局がコントロールできていないという指摘があります。このため、支援先の国は、経済規模に対して、過剰な債務を負うことになり、それが融資の返済ができない一因となっていると見られます。また、巨額の債務をかかえた国に対して、債権国が返済期限の延期など債務の負担を軽くするための協議を行おうとしても、中国による融資の状況が正確に把握できていないために、困難が生じるケースもあるといいます。その結果、途上国が巨額の債務を抱えたままの状態で身動きが取れなくなり、中国に対する融資の返済も進まなくなる。いわば、中国は自分で自分の首を絞める状況となっているのです。
このグラフは、中国の輸出入銀行と国家開発銀行による海外向けの融資契約件数と融資額の推移です。2016年の151件870億ドルをピークに、おととしには8件37億ドルと急速に縮小しています。背景には、融資の返済が滞るなかで、中国自体が融資案件を小規模なものに絞り込むようになっているという指摘があります。さらに、中国の経済成長率は、10年前には7%台だったのが、去年はコロナの影響もあって3%と大幅に勢いを失っています。高い成長力は、相手国から見れば関係を強化する大きな魅力となり、中国にとっては巨額の融資を可能にする力の源泉ともなってきました。その肝心の経済成長に衰えが見えていることが、一帯一路失速の最大の要因といえるかもしれません。
3)グローバルサウスが“壁”となるか
では、今後一帯一路はどこへ進んでいくのか。私は、この10年で中国をとりまく情勢が大きく変わるなかで、巨大な経済圏を目論んだ初期の構想から変質せざるを得ないと思います。その大きな要因がグローバルサウスの台頭です。
グローバルサウスとはインドやインドネシア、ブラジルなど、アジアやアフリカ中南米などの新興国や発展途上国を差します。この中で、人口で中国を上回ったとされるインドが、今年1月、中国を招かずに、グローバルサウスの首脳会議を開催。グローバルサウスの国々は、一帯一路が想定する地域と重なりますが、こうした国々へのアプローチで先行する中国の動きを牽制したともみられます。さらに、経済発展で力をつけたグローバルサウスの国々の中には、中国が大国意識で、資金力をてこに取り込みをはかる手法が通用しなくなることも考えられます。中国は、17日から北京で、一帯一路10年を記念した国際フォーラムを開き、140あまりの国の代表を招いて、環境問題など国際的な課題を話し合うとしています。世界への貢献を訴え、グローバル・サウスとの連携を進めたい思惑があるとみられますが、今後は一帯一路を自らの経済的利益や勢力圏の拡大に利用する姿勢から、相手国本位で関係を構築する方向に転換を迫られることも予想されます。
こうした中で日本はどのような役割をはたすべきでしょうか。それを考える上で参考にしたいアセアンの研究機関の調査結果があります。域内の有識者を対象に、世界の主要な国や地域について「正しいことをして世界の平和や繁栄などに貢献すると思うか」をたずねたところ、中国についてそう思うと答えた割合が29.5%だったのに対し、日本は、アメリカやEUよりも高い54.5%にのぼっています。日本がかかげてきた法に基づく支配、共通のルールにのっとった貿易や投資、透明性の高い公平な競争などに対する支持が広がっていることを示しているように思います。一帯一路構想が失速する中、日本としては、相手の経済の実情に寄り添い、対等な立場からの経済協力を展開していく。そして中国に対しては、国際社会と調和した形で責任あるプレーヤーとしての務めを果たすよう、ときに厳しく物申していくことが求められています。
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