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ジャニーズ性加害問題が問いかけるもの

高橋 俊雄  解説委員

ジャニーズ事務所の創業者、故・ジャニー喜多川氏による性加害問題。事務所は被害者への補償を来月から行い、その後廃業することになりました。
納得のいく補償は可能なのか、そして性加害やハラスメントをなくしていくためにはどうすればよいか考えます。

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■会見とその後の動き
ジャニーズ事務所は今月2日に2回目の会見を開き、事務所の今後などについて説明。しかし、その際に、指名しないようにする記者をまとめた「NGリスト」を、運営を担当したコンサルティング会社が作成していました。事務所はリストの作成には一切関与していないとしています。
一方、事務所のビルでは5日から社名の看板を外す作業が行われ、6日未明までにすべて撤去されました。
最近の動きからは、幕引きや新たな体制への移行を急いでいる印象を受けます。しかし、そのためには過去の検証が必要です。

■過去にどう向き合うか
ジャニーズ事務所は、2019年に死去したジャニー喜多川氏が1962年に設立した芸能事務所です。その創業者による性加害の問題を受け、事務所は外部の専門家からなる特別チームを設置。8月に調査報告書が公表されました。

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それによりますと、1970年代前半から2010年代半ばまでの間、ジャニーズJr.に対して広範に繰り返していた事実が認められ、「少なく見積もっても数百人の被害者がいるという複数の証言が得られた」としています。
ジャニーズJr.はデビュー前の少年です。40年にわたって多数の未成年に性加害を繰り返すという、許しがたい悪質な行為といえます。
しかもこの調査で全貌が解明されたわけではありません。事務所には引き続き、過去と真摯に向き合うことが求められます。

■社名を変更し補償へ
その第一歩は、被害者への補償です。今月2日の会見で、その仕組みや方法が示されました。

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それによりますと、被害者への補償を担うのは現在のジャニーズ事務所ですが、今月17日付けで「SMILE-UP.」に名前を変更します。
社長の東山紀之氏は「被害を受けられた方々への補償をきちんと最後まで行い、廃業いたします」と述べ、将来的に廃業すると明言しました。
一方、希望するタレントやグループと個別に契約を結ぶエージェント会社を、およそ1か月以内に新たに立ち上げることも示されました。社名はファンクラブで公募するとしています。

■難しい被害の認定
ジャニーズ改め「SMILE-UP.」社はどのように補償を進めていくのか。

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会見での説明によりますと、元裁判官の3人の弁護士からなる「被害者救済委員会」を先月13日付けで設置し、すでに受け付け窓口を設けました。この委員会が聞き取り調査などを行い、補償額を算出します。会社はその額を和解案として被害者に提示し、話し合いをしながら補償を行うということです。補償は来月から始めていくとしています。
しかし、これにはさまざまな困難が予想されます。
まずは被害認定をどのように判断するのか。加害者が死去した今、被害者の証言を基に判断することになります。しかし過去のつらい記憶を蒸し返すことになりかねず、十分な心のケアは欠かせません。
さらには「在籍確認」という課題もあります。先月30日までに連絡があった478人のうち、事務所への在籍が確認できているのは150人程度だということです。
その要因は、かつてのずさんな管理体制です。
事務所が設けた専門家による特別チームの調査報告書によりますと、「ジャニーズJr.」を採用する際に契約を締結することはなく、そもそも誰がジャニーズJr.であるかすら把握できていませんでした。
会見に出席した井ノ原快彦氏は、「僕もジャニーズJr.のときというか、今に至るまで合格と言われていません。それくらい正式な取り決めがなかったです。しばらく契約はしてもらえませんでした」と明かしています。さまざまな資料や被害者を知る人の話などをもとに、確認を進めていく作業が不可欠になります。

■要因1 「加害者が絶対的に強い立場」
このような事態を引き起こすことになった性加害は、なぜ長期間、かつ広範囲に及んだのか。2つの要因について考えてみたいと思います。
「加害者が絶対的に強い立場にある」ことと、「被害者が未成年の男性である」ことです。

加害者であるジャニー氏は、事務所の中でタレントのプロデュースに絶対的な権力を持っていました。特別チームは、「デビューして有名になりたい、逆に拒めば冷遇されるという被害者の心情につけ込んで行っていた」としたうえで、「エンターテインメント業界の特性の下、生じた問題であるとも考えられる」と指摘しています。
そしてその特性について、▽権力者と、売れたいと考える者との間の絶対的な力関係と、▽タレントなどになれるかの客観的な基準がないこと、▽それゆえに性加害やセクシュアルハラスメントが生じやすい構造が存在していたと考えられる、と分析しています。

この指摘を裏付ける調査結果があります。

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俳優や音楽家などの芸能従事者でつくる⽇本芸能従事者協会が、去年6月から8月にかけて行ったハラスメントの実態調査アンケートでは、「ハラスメントを受けたり見聞きしたことがありますか?」という問いについて、▽パワーハラスメントは93.2%、▽セクシュアルハラスメントは73.5%などと、回答した人の半数を大きく超えました。
また、どのようなハラスメントを受けたか尋ねたところ、「人間として扱われていないと感じる言葉や行動」や「個人の好き嫌いで仕事を奪われた」など、深刻な内容を記した回答が寄せられました。
今回の問題を一個人、一事務所のことで済ませず、これを機に、性加害やハラスメントを防ぐために何が必要なのか業界全体で考えていく必要があります。

■要因2 被害者が未成年の男性

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要因の2つめ、「被害者が未成年の男性」という点は、周囲への相談が心理的にも難しいという課題につながります。
ことし8月の「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の会見で、男性から被害を受けたことについて問われたメンバーは、「誰にも言えないし、言うこと自体がそもそも恥ずかしい」「子どもの意志で相談するというのは、たぶん難しいと思います」などと答えました。
男性が性暴力を受けた場合、「大したことはない」「自分で何とかしなければ」と考えてしまい、周囲も軽視しがちだと、専門家は指摘します。各地の支援センターの人員を拡充し、相談員の専門性を高めるなど、未成年や男性も相談しやすい体制づくりが必要です。

■マスメディアの「不作為」
ここまでは加害者と被害者の立場から、問題を深刻化させた要因を見てきましたが、もう1つ、忘れてはならない論点があります。マスメディアの「不作為」です。

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特別チームは、事務所はマスメディアから批判を受けることがないことから、自浄能力を発揮することもなく隠蔽体質を強化していったと指摘。その結果、さらに多くの被害者を出すこととなったと考えられるとしています。
また、来日してジャニーズの問題についても調べた国連人権理事会の専門家は、「日本のメディアは数十年にもわたりこの不祥事のもみ消しに加担したと伝えられている」と言及しました。
NHKがこの問題を最初に報じたのは、被害者の1人が記者会見を行った、ことし4月のことでした。長年にわたって報じてこなかったことで被害が拡大したと指摘されていることについて、文化の報道に携わってきた1人として重く受け止めなければならないと思っています。

■それぞれ不断の取り組みを
日本を代表する芸能事務所の創業者が引き起こした、今回の問題。
ジャニーズ事務所にとっては、まずは被害者への補償を着実に進める必要があります。そのうえで、なぜここまでの事態に至ったのか引き続き検証を進め、再発防止策を講じていくことが求められます。
また、エンターテインメント業界に人権侵害を許さない仕組みや体質が根付くのかにも、目を向ける必要があると思います。
そして社会全体に関しては、被害を受けた人たちが安心して声を上げられるような、支援策の一層の充実も急務です。
課題や教訓は多岐にわたります。これをどのように今後に生かしていくのか、それぞれ不断の取り組みが求められることになります。


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