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1年ぶりに1ドル150円台 円安・物価高に揺れる日本経済

櫻井 玲子  解説委員

3日のNY外国為替市場は、一時、1ドル150円台まで円安がすすみ、物価高に悩む人々の、暮らしへの影響も、心配されています。
全国の企業に景気をどうみているかを聞く、「日銀短観」の最新の結果でも、足元では、日本経済の緩やかな回復基調が確認される一方で、3か月先については、今より景気が悪化するとの見方も非製造業を中心に示され、先行きには、不透明感も漂っています。
最新の数字もみながら、日本経済の課題を、あらためて、点検していきたいと思います。

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【1年ぶりの1ドル150円台に】
3日のNY外国為替市場では、アメリカで金融引き締めが長期化し、日米の金利差が拡大するとの見方から円を売って、より利回りの高いドルを買う動きが強まり、円は一時1ドル150円台まで値下がりしました。
心配されていたアメリカの政府機関の閉鎖が、ひとまず、回避されたことも投資家が、ドルを買い戻す材料となりました。
1ドル150円台をつけるのは去年10月以来、およそ一年ぶりです。

【足元は景気回復継続、先行きは不安も】
この円安、今、物価高という形で、私たちのくらしにも影響を与えています。

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2日に発表された最新の日銀短観の数字をみても、
▼足元は、大企業の製造業は自動車生産の回復で、プラス9ポイントと、2期連続の改善。
大企業の非製造業は外国人観光客の増加によって、プラス27ポイントと、32年ぶりの高い水準となり、日本経済が緩やかな回復軌道にあることが、ひとまず、確認されたものの、
▼3か月先の景気については、大企業の製造業が1ポイントの改善と、ほぼ横ばい、大企業の非製造業は、今回より6ポイントの悪化を見込んでおり、ここから先は、より慎重な見方が出ていることもうかがえます。
業種別では、
▼小売業が6ポイントの悪化。
▼卸売業が17ポイントの悪化。
▼不動産業が9ポイントの悪化を予想しています。

【物価高と弱い個人消費】
その背景にあるのが、個人消費の弱さです。

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最新の家計調査をみても、2人以上の実質消費支出は前年同月比でマイナス5%と、下落率は、2年5か月ぶりの大きさです。
これは5か月連続の減少で、円安を要因とした物価高が消費を冷え込ませています。
特に影響が大きいのは、食料品の値上がりです。
今月・10月からは、飲料や菓子、それに加工食品など、4600以上の品目が値上がりする見込みで、必需品の値上げに歯止めがかかりません。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まった当初は、エネルギー価格の急上昇が目立ちましたが、今は、食料品の値上がりが、物価高の主な要因となっています。
株価の上昇を背景に、ブランド品や高額マンションが売れている一方で、大半の人は、食料品でさえ、買う量を減らしたり、スーパーの特売日に買いだめをしたりする傾向が、さらに強まっているとききます。

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実は、以前は、新型コロナウイルスの感染拡大が収まり、社会活動の正常化がすすめば、個人消費も大きく伸びるのでは、という期待もありました。
コロナ禍で外食や旅行ができず、その分、貯蓄にまわった個人のおカネが、20兆円も積み上がっており、それが経済の起爆剤になる、といった予想もあったのです。
しかし実際には、ことし5月以来、社会活動がコロナ禍以前に戻りつつある中でも、個人消費は伸びていません。
企業の景況感が回復しているのとは裏腹に、多くの人は食費や光熱費の値上がりにおわれ、節約志向が一層強まっています。
このため、20兆円もの金融資産の大半は使われないまま、物価の値上がり分だけ、おカネの価値が、目減りしてしまっています。
来月発表予定の7-9月期のGDPも、個人消費がふるわず、マイナスに陥る可能性もあると、専門家は予想しています。

【どうなる経済対策】
さて、「企業の業績は改善しても、自分たちの暮らしはよくなる実感がない」そんな声も聞かれる中で、政府は今月中にも物価高に苦しむ国民を支えるための経済対策をまとめる見通しです。
モノの値段が値上がりしていることに伴い、国の税収も、伸びているからです。

そこで問われるのが経済対策の中身です。

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物価高への対応策として第一に挙げられるのは、やはり、「賃上げ」です。
アメリカでは、全米自動車労働組合が4年間で40%の賃上げを当初は要求し、連日のように交渉が続いていて話題となっています。
インフレが一時は9パーセントまで上がったアメリカならではの話ですが、労働者が物価の上昇に見合った賃上げを当然のように要求している様子がうかがえます。
そして日本でも、ことし春にはおよそ30年ぶりの水準となる賃上げが実現しました。
ただこれを一時的な現象に終わらせず、力強い賃上げを中小や地方の企業も含めて、来年以降も継続できるかが大きな課題となっています。

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また企業の中には、人手不足対策として、若い世代の従業員の給料を上げるために、50代以上の従業員の役職定年や、定年退職者の再雇用で生じた賃金の差額をまわす、といった、いわゆる賃金の再分配をすすめる動きがみられます。
しかし、これは賃金の総額を増やす、本当の意味での「賃上げ」とは異なり、今度は給料をカットされた人たちの消費が抑制されるおそれも懸念されています。

政府は賃上げを実施する企業への支援をすすめる方針ですが、中小企業などが物価上昇率をも上回る賃上げを続けられるよう、支援策を充実させるとともに、企業が若い世代の昇給に取り組むだけでなく、社員全体への賃金の支払い総額を増やしているか?といった点にも目配りする必要があるのではないでしょうか。

【世界経済に潮目の変化】

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また、今後の物価の見通しですが、食糧やエネルギーなど原材料の価格自体は一時期にくらべれば低下しており、物価高の主な要因が、今はむしろ円安になっていることにも注意が必要です。
インフレを抑えるため、金利を高い水準で維持しようとするアメリカと、マイナス金利をはじめとする金融緩和策を続ける日本の金融政策の差を背景に、1ドル150円前後まですすんだ円安が日本の購買力を減退させています。

日本はこの10年、景気を支えるための金融緩和策を続けてきましたが、世界的にはデフレからインフレへと、すでに潮目が変わっていて、日銀がより柔軟な対応をとれるかが問われています。

そして今後、景気が来年にかけて悪くなってきても、物価は下がらない事態もありうる、という点も指摘されています。
というのも、人手不足はいまや世界的な課題にもなっていて、簡単に解消する見込みがないこと、そして米中対立や、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、コストを多少、度外視しても、安定供給を優先したサプライチェーンを築く動きが強まっていることから、構造的なインフレが、世界的に長く続く可能性が出てきているからです。

世界経済の潮目が変わる中、人々の生活は大きな変化による影響にさらされています。
日本はこれまでの延長線上にはない経済・金融面での対応が求められる局面も考えられ、その対応力が、問われています。


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