病院に勤務する医師の「働き方改革」。
夜間や休日の時間外労働を厳しく制限する、国の制度改正が来年4月から始まります。
医師の働く時間が減ることから「地域医療を守れるのか」「患者が不便にならないか」といった不安の声が聞かれます。一方で、医師の健康を守り、疲労によるミスを防ぐなど、医療の質を維持していくために必要な改革でもあります。
北海道の事例などを基に、今どのような対策が進められているのかご紹介し、地域医療を維持していくために必要な対策、そして、私たち医療を受ける側は何を知っておくべきかをお伝えします。
【医師の働き方改革とは】
まず、医師の働き方改革とは何かご説明します。
病院で働く勤務医は、これまで労働時間が厳しく制限されてきませんでした。
過労死や過労自殺が起きるなど、長時間労働が深刻な問題となっていました。
それを是正するため、国は来年4月から制度改革を実行します。
具体的には、年間の時間外労働が、960時間までに制限されます。
これについて国は「一般の労働者と、ほぼ同じ水準に設定した」としています。
(事業主にあたる開業医は対象に含まれず)
一部で、年1860時間という特例も設けられますが、救急医療を維持できないなど、特別な場合に限られます。
では、どれくらいの医師が、この制限に関わってくるのか。
4年前、2019年の時点では、実に4割近い勤務医が、年960時間の基準を上回っていました。多くの医師が労働時間を短縮する必要に迫られたのです。
これを受けて、各地の病院は対策に乗り出し、医師の働き方や診療体制の見直しを進めてきました。この結果、去年は、基準以上の医師が2割と、4年前の半分まで減りました。
まだ道半ばではありますが、長時間労働の是正が少しずつ進んでいます。
【北海道で進められている対策】
現場では、どのような対策が行われているのでしょうか。
医師不足の地域も多く、早い段階から対応を模索してきた、北海道の事例をご紹介します。一部で「診療機能の集約化」が始まっています。
医師を一か所に集めて体制を強化することで、1人あたりの労働時間が減っても、診療レベルを維持していく取り組みです。
ことし4月、札幌市にある「JCHO北海道病院」と「KKR札幌医療センター」の2つの基幹病院が、産婦人科の機能集約を図りました。
もともとは、それぞれの病院が、分娩を扱う「産科」と、子宮がんなど女性特有の疾患を診療する「婦人科」の両方の機能を持っていました。
それを、一方の病院が産科を担い、もう一方が婦人科の機能を担うことにしました。
これによって、産科の医師や助産師を、1か所に集約することが出来、体制が充実。
医師1人当たりの労働時間も減り、「無痛分娩」も手掛けられるようになりました。
長時間労働への対応は、産婦人科だけの話ではありません。
こちらは、診療科別の労働時間の実態を、全国で調査した結果です。
時間外労働が年960時間を超える医師の割合は、産婦人科だけでなく、脳神経外科(36.6%)、救急科(32.3%)、それに外科などで(29.7%)特に高くなっています。
これらは夜間の急な患者にも対応する24時間体制が必要で、手術も多く実施されます。
こうした診療科では、夜間や休日の体制を維持するために、特に対応を迫られることになります。
その対策の1つとして考えられるのが診療機能の集約化ですが、これは医師の労働時間の削減に繋がるものの、そう簡単に進められるものでもありません。
北海道では、病院の運営母体が違ったり、あるいは医師を派遣する大学病院が違ったりして、集約化の議論が進まないという地域もあります。
しかし、いまご紹介した札幌市の2つの基幹病院は、運営母体が違いますが、自治体や大学病院が議論に加わり、「地域の産科を守るためには集約化が必要だ」と、双方の考えが一致しました。
労働時間の規制を目前に控えた今、こうした運営母体などの「壁」を超えて、集約化に限らず、病院同士の連携を議論する時にきていると思います。
ただ、集約化には限界があるのも事実です。
診療機能が集約されると、それだけ通う病院が遠くなる患者が出てきます。
北海道の場合、隣の病院が100キロ以上離れている地域もあります。
1分1秒を争う、心臓疾患や脳卒中などを扱う診療科では、集約化は難しいという場合も多くあります。
【病院で進められている対策】
このため、病院は、ほかに様々な対策を進めています。
例えば、北海道のある病院は、これまで脳神経の外科と内科の両方で、夜間の当直や休日対応の医師を配置していましたが、それを1人にしました。
また、これまで医師が行ってきた、採血や静脈注射といった業務を、看護師などが担う「タスクシフト」も進んでいます。
業務を分担することで、医師1人1人の勤務時間を抑えようとしているのです。
【宿日直許可の急増】
一方で、気がかりな点もあります。
いま病院の中には、「宿日直許可」という制度を、利用する所が増えています。
これは医師が、夜間の宿直や、土日の日直を行っても、業務内容が軽ければ、「労働時間」とみなさなくて良いという特例的な制度です。
十分な睡眠が取れる、救急対応などの業務の発生が稀であるといった条件があり、労働基準監督署の許可が必要です。
許可件数は去年までの2年間で10倍に増えています。
(2020年:144件→2022年:1369件)
しかし、一部の医師からは「みかけの労働時間を減らすために、制度が乱用されるおそれはないか」と危惧する声も、聞こえてきます。
もし、業務が頻繁に発生しているのに、労働時間にみなされないという事態が起きれば、それは働き方改革に逆行します。
国は、宿日直許可が適正に運用されているか、厳しくチェックしていく必要があります。
【患者への影響も】
一方で、働き方改革への対応が進むと、私たち患者にも影響が出てきます。
例えば、医師が患者や家族に対して行う、手術や病状などの説明です。
これまでは仕事をしている家族の都合などにあわせて、夜間や土日に行われることもありましたが、出来る限り診療時間内に行って残業を減らす取り組みも進んでいます。
去年の時点で、すでに半数以上の病院で実施されています。
また、1人の患者を複数の医師で診る「チーム制」の導入や、診療時間の短縮や土日診療の縮小も、広がる可能性があります。
これらは、患者の不便に繋がることもありえます。
ただ、今までの医療は、医師の大きな負担の基に、成り立っていた部分もあります。
それには限界があり、医師の長時間労働がこのまま続けば、集中力の低下や、疲労によるミスも起こりえます。
もちろん、医療機関や自治体が患者の不安の声に耳を傾け、影響を最小限に抑えていくことが必要です。
一方で、私たち患者側も、働き方改革が医療の質を保っていくために必要な取り組みだということを、忘れてはならないと思います。
【根本的な問題の改善を】
そして最後にお伝えしたいのは、個々の病院の対策は極めて重要であるものの、どこかで限界もあるという点です。
地方に行くほど医師が少ない、外科や救急など負担が大きい診療科に医師が集まらない。
そうした「医師の偏在」という根本的な課題にも、対処しなければなりません。
それには国や自治体の対応が欠かせません。
働き方改革は、病院や医師、患者、そして国や自治体が、それぞれ、地域の医療を維持していくために何をすべきか、考えていく必要があります。
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