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北朝鮮 『国防5か年計画』の"現在地"は

高野 洋  解説委員

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北朝鮮は、核・ミサイル開発に拍車をかける「国防5か年計画」を朝鮮労働党創立80年の再来年までに実現すべく突き進んでいます。去年以降かつてない頻度でミサイル発射を繰り返す北朝鮮。日米韓3か国への対決姿勢を鮮明にしています。
折り返しを過ぎた「国防5か年計画」の“現在地”を整理し、北朝鮮の思惑や今後の出方について考えてみます。

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はじめに、キム・ジョンウン(金正恩)総書記が国防力強化のため、おととし1月の党大会で打ち出した「国防5か年計画」の主な内容です。
▼アメリカ全土がすっぽり入る射程1万5000キロ圏内の命中率の向上、
▼固体燃料式のICBM=大陸間弾道ミサイルの開発推進、
▼戦略核兵器より威力が小さく、使用のハードルが低いとされる戦術核兵器の開発、
それに▼アメリカなどの軍事行動の追跡・監視に不可欠だとする軍事偵察衛星の運用などが盛り込まれています。
北朝鮮の軍事目標は、抑止力として重視してきた戦略核だけでなく、先制使用を想定した戦術核の実戦配備へとシフトしています。

では、2年半余りがたって折り返しを過ぎた計画はどこまで達成されているのでしょうか。
北朝鮮は去年以降、アメリカ全土を射程におさめる可能性がある新型の弾道ミサイルなどの発射を、「実験」や「訓練」と称して異例の頻度で実施。多様な新型兵器を次々と登場させてきました。

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▼液体燃料式のICBM級「火星17型」。北朝鮮で最大の片側11輪の移動式発射台を使用します。今年3月の発射訓練では通常より角度をつけて高く打ち上げた結果、最高高度が6000キロを超え、実戦配備の段階に入っているとアピールしました。
▼初めてとなる固体燃料式ICBM級「火星18型」。液体燃料式より迅速な発射が可能で、兆候を把握するのが難しくなるとされています。今年7月の発射実験では、北朝鮮のミサイルの中で高度が最も高いおよそ6650キロ、飛行時間も最も長い74分に達しました。
日本のほぼ全域が射程に入る可能性があるミサイルも誇示しています。
▼戦術核弾頭の搭載が可能だとする多様なミサイルの1つ、「戦略巡航ミサイル」。飛行距離はおよそ2000キロです。低空を長時間飛ぶことができ、迎撃が難しく命中精度は高いとみられています。
このほか、▼極超音速ミサイルだとする「火星8型」や、▼水中で爆発して放射性の津波を引き起こすとされる「核無人水中攻撃艇」、▼大型の無人偵察機などの存在が明らかになっています。

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一方、実戦配備に向けては道半ばと言わざるを得ない部分が少なくありません。
たとえば、「火星17型・18型」は飛行距離や速度だけ見ればICBM級ですが、弾頭を大気圏に再突入させる技術の確立は確認されていません。戦術核兵器も、肝心の小型化・軽量化された弾頭の開発には7回目の核実験が不可欠だという見方が有力です。今年3月に公開された戦術核弾頭とみられる物体が完成形なのかも不明です。超大型核弾頭の開発もベールに包まれています。
さらに北朝鮮の自前の技術力だけでは難しい「高い壁」があるのも事実です。その最たるものが、2回連続で打ち上げに失敗した軍事偵察衛星や、「設計・研究は完了した」と主張する原子力潜水艦です。

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ただ、ここにきて北朝鮮を後押しする“変数”が現れました。ロシアによる軍事技術供与の可能性です。
キム総書記は今月12日からおよそ1週間、専用列車で4年ぶりにロシア極東を訪問しました。先端技術が集まる宇宙基地でプーチン大統領と会談し戦略的協力の強化で一致。続いて戦闘機などを製造する工場やロシア海軍の太平洋艦隊などを視察しました。同行者には、北朝鮮軍の元帥、国防相、海軍と空軍の司令官、党で兵器生産を統括する軍需工業部長らが顔をそろえ、軍事分野に重きを置いたことは一目瞭然です。
北朝鮮の兵器の多くは旧ソビエトの技術がベースで、ロシアの兵器との互換性が高いとされます。今回の訪問で「所期の目的を達成した」と評価している北朝鮮。「国防経済事業」と呼んで武器輸出への意欲もにじませています。砲弾などの提供と引き換えにロシアから何らかの軍事協力を得られる可能性が出てきたとして、計画達成に自信を深めているように見えます。

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ロ朝の蜜月が東アジアの安全保障環境を揺さぶるのは避けられそうにありません。
軍事大国・ロシアには、北朝鮮にとって手に入れたい先端技術が数多くあります。ロシアが北朝鮮の支援要求にどこまで応えるのか慎重な見方が少なくないものの、北朝鮮の軍事力強化につながる可能性は否定できません。さらに国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアは今後、北朝鮮を擁護する姿勢を一段と強める構えです。北朝鮮に対する決議案に拒否権を行使するだけでなく、過去に自らも賛成した制裁決議に違反して骨抜きを図るおそれもあります。そうなれば、北朝鮮の軍事行動の幅がいっそう大胆に広がるのは確実でしょう。
「今後ロシアとの関係を最も重視していく」というキム総書記の発言どおりロシアへの傾斜を強めれば、もう1つの後ろ盾・中国との関係が微妙になることも予想されます。経済面を中心とした中国一辺倒のリスクを回避したい思惑もあるとみられる北朝鮮。中国の反対を承知で7回目の核実験を強行する可能性も高くなるかもしれません。

さて、私はキム総書記が最高指導者になった2012年4月に取材でピョンヤンへ赴いた際、外国訪問に列車ではなく飛行機を使わないのかと、面識のある当局者の1人にこっそり尋ねたことがあります。すると「飛行機のほうが楽に決まっているが、国営航空では国際規格に達しないしロシア製もダメだ。アメリカのボーイングの機体さえあれば専用機にできる」と、アメリカの技術力への憧れを口にしたのを覚えています。
北朝鮮はすぐれた技術力の恩恵を受けるだけでなく体制そのものの保証を取りつけたい相手のアメリカと現時点でどう向き合おうとしているのか。それはキム総書記の意向を受けた妹キム・ヨジョン(金与正)氏の直近の談話に表れています。

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▼アメリカが言う「前提条件のない対話」は荒唐無稽(こうとうむけい)だと断言。
▼「非核化」は古語辞典で探すべき言葉だとして核の放棄を改めて否定した上で、
▼アメリカが拡大抑止体制を強化するほど、われわれを交渉から遠ざけるだけであり、
▼現在最も適切な手だては、十分な実力行使でアメリカの強権と専横を抑止することだと主張しています。
来年1月で40歳になるとみられるキム総書記。今後数十年間、政権を率いる可能性があり、将来再開されるであろう対米交渉を見据えてあくまで長期戦の構えです。

「国防5か年計画」の最終年は党創立80年となる再来年。この節目にキム総書記は自らの業績として核・ミサイル開発の進展を大々的に印象づけたいところで、当面は軍事力の強化に突き進むとみられます。
これに対して日米韓3か国は緊密な連携のもと抑止力も固めつつ外交力を駆使する必要があります。「責任ある大国」を自任する中国への働きかけも欠かせないでしょう。加えて、北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源を絶つ取り組みを各国が強化しなければなりません。
今や戦術核の先制使用も辞さないと威嚇するまでになった北朝鮮。その増長は差し迫った脅威にほかならず、これを食い止めるための国際社会の一致した努力が求められています。


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