皆さんはニューロダイバーシティという言葉をご存じでしょうか?
脳や神経を表す「ニューロ」と、多様性を表す「ダイバーシティ」を組み合わせた言葉です。
発達障害の人達などの特性を、能力の欠如ではなく「多様性」と捉えて、広く活躍できる社会を目指す考え方です。
いまIT業界などで、この考えが広がり始めています。
人口が減少する日本では、多様な人材が活躍することは、極めて重要な意味を持ちます。
今回はニューロダイバーシティの意義と、特別な能力を持つ人に限らず多くの人に広げていくために何が必要なのかを考えます。
発達障害は、脳の働き方の違いによって、行動や情緒面に影響が出る状態を指します。
例えば、ASD=自閉スペクトラム症は、コミュニケーションがうまく取れない、対人関係をうまく築けない、あるいは興味や関心が極端に偏るなどの特性があるとされています。
また、集中出来ない、じっとしていられないなどのADHD。
読む・書く・計算するなど一部の能力が極端に苦手な、LDなどがあるとされます。
こうした人は診断されているだけでも約140万人に上るという推計もあり(ASDとADHDを合わせた人数・野村総合研究所の推計)、診断されていない人も含めれば、さらに多いと見られています。
しかし現実は、企業に採用されにくい、あるいは就職しても職場になじめず辞めてしまう人もいて、十分に活躍できる社会になっているとは、まだ言えません。
【ニューロダイバーシティの広がり】
ところが今、人口が減少に転じ、働き手が不足し始めたことで、発達障害の人が持つ強みに、もっと目を向けていこうという企業が出てきています。
「ニューロダイバーシティ」の広がりです。
国がまとめた報告書によると、例えば自閉スペクトラム症の場合、注意力や集中力が高く、情報処理にも長けていて、仕事で高い技術や精度を発揮する人がいる。
ADHDは、変化に対応する能力が高く、刺激的な仕事に高い集中力を発揮する。
LDは、物事を多角的に考えられ、発明や独創的な思考ができるなどの強みが、あくまで一例ではありますが、先行研究で示唆されているとしています。
そうした強みを持つ人を、会社の戦力にしていこうという動きが出てきています。
特に、この動きが顕著なのはIT業界です。
ITの仕事は、情報処理能力や集中力が高いといった一部の発達障害の人の強みと、特に親和性が高いとされている上、世界的に専門人材が不足しているという事情があります。
国内でも2030年に最大で79万人ものIT人材が不足するという推計があります。
こうした中、特に海外では、マイクロソフトやSAPなどの大手企業が、高度なIT専門職として採用し、革新的なアプリケーションの開発などに繋げています。
企業は、従来の面接中心の採用から、技術や能力を重視する方法に転換し、過去に不採用とされた人が能力を認められ採用されるケースも出てきています。
【日本でも動きが】
そして日本でも、その動きが始まっています。
例えば、大手精密機械メーカーのリコーでは、自閉スペクトラム症と診断されている永田雄大さんを採用し、デジタル戦略部に配属しました。
永田さんは数学的な思考に優れ、アルゴリズムと呼ばれる計算や処理方法の開発で、中心的な役割を担っています。
その結果、印刷のプロが数時間かけていた、色合わせという色の調節作業を、わずか数分で自動的に行う製品の開発に、大きく貢献しました。
永田さんは周りの環境に敏感なため、会社は人の出入りが少ない場所に席を用意し、上司が日々の体調の変化に気を配るなどして、仕事をしやすい職場環境を整えてきたといいます。
これ以外の企業でも、ソフトウェアの開発や不具合を見つけるテスト業務などで、発達障害の人達が活躍しています。
ニューロダイバーシティを重要な成長戦略と位置付ける企業も出てきています。
【特別な能力を持つ人だけの話ではない】
こうした高度な能力を持つ発達障害の人の採用は、ニューロダイバーシティを広げる大きな一歩となります。
ただ、ここで忘れてならないのは「ニューロダイバーシティ」という考えは、多様な人材の活躍を目指すことであり、決して特別な能力を持つ人だけの話ではないという点です。
発達障害の中には、高度なITの専門能力を持たない人もいますし、特性は人それぞれです。
例え特別な能力を持たない人でも、その力を最大限発揮できる社会を目指すことこそ、私は最も重要だと考えます。
【ニューロダイバーシティを広げていくには】
そのためには、様々な特性を持つ人を、さらに多くの企業で受け入れていくことが必要です。しかしそれは、決して簡単なことではありません。
発達障害の人の中には、ストレスを感じると体調をすぐに崩してしまったり、感情の起伏が激しくなったりする人もいます。
自分の考えを十分に伝えられない人もいます。
そうした人たちに最も適した勤務時間や場所、それに仕事の内容を、会社側が考えていく必要があります。
そしてそれを、上司や周りの社員が理解し継続的にサポートしていくことが求められます。
しかし、今はまだ、それが出来ている職場とそうではない職場があります。
特に中小企業は社員が少なく、サポートをする余裕がないという所も少なくありません。
ただ一方で、社員が少ないからこそ、理解を広めやすい、全員の当事者意識を高めやすいという声もあります。
大切なのは中小企業でも受け入れられるという実例を増やし、そのノウハウを共有していくことだと感じます。
東京都では発達障害の人を受け入れる中小企業のモデルを作ろうと、トライアル雇用を行う会社を募集し、助成金を支給する事業を9月から始めました。
今は、3つの会社が参加しています。
そのうち1社は「ダイバーシティを進めることが企業の成長の伸び代になると捉えて応募した。偏見や先入観にとらわれずサポートを考えていきたい」と話しています。
ノウハウを作り広く共有していく支援を、国や自治体は、さらに広げてもらいたいと思います。
【周りの社員の働きやすさにも繋がる】
発達障害の人の受け入れは、負担が大きいと感じる企業もあるかもしれません。
しかし、そうした人をサポートする環境を整えることは、実は周りの社員の働きやすさにも繋がっていくという面もあるのではないでしょうか。
職場での対人関係がうまく築けない、ストレスを感じやすい、興味や関心が偏ってしまうといったことは、ほかの社員にも起こりうることです。
そうした面にチームのリーダーが配慮する、あるいは社員同士で助け合うことは、発達障害の人だけでなく多くの社員の安心や、働きやすさに繋がります。
実際、ニューロダイバーシティに取り組み、チーム全体の生産性や効率性が上がったという企業も出てきています。
是非、多くの経営者に、そうした効果にも目を向けてもらいたいと思います。
多様な人材の活用は、発達障害に限らず、高齢者なども含めて、これから多くの企業が取り組むべき課題となります。
ニューロダイバーシティが、一部の業種、一部の能力を持つ人だけに留まらず、多様性を尊重しサポートし合える職場が、さらに広がっていくことを強く期待したいと思います。
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