岸田総理大臣は、内閣改造と自民党役員人事を行いました。記者会見で、岸田総理大臣は、経済・社会・外交安全保障の3つの分野に取り組む、「変化を力にする内閣」だと強調しました。
今回の人事からみえる岸田総理大臣の戦略はなんなのか。今後の政局を展望します。
(挙党体制の構築)
今回の人事は、来年秋の自民党総裁選挙で、岸田総理大臣が、党内の幅広い支持を得て再選を実現できるよう、挙党体制の構築を強く意識したものといえます。
そのため、自民党役員人事では、麻生副総裁、茂木幹事長、萩生田政務調査会長をそれぞれ留任させましました。
岸田派は党内第4派閥にすぎないことから、最大派閥の安倍派、第2派閥の麻生派、第3派閥の茂木派の協力は欠かせず、政権基盤の安定を図る必要があると判断したものとみられます。
さらに、総務会長には、菅前総理大臣や二階元幹事長と近い森山選挙対策委員長を起用して、政権から距離をおく派閥やグループにも配慮を示しています。
(ライバルの「取り込み」)
さらに、総裁選挙でライバルになる可能性のある有力者を、閣僚や党役員に起用し、取り込んだ形にしていることも、特徴としてあげられます。
最大派閥の安倍派は、会長が決まらず、直ちに候補者が決まる状況にはありません。
2年前の総裁選挙で争った河野デジタル大臣と高市経済安全保障担当大臣を留任させ、支持拡大に向けた積極的な動きを封じる狙いがうかがえます。
こうした中、岸田総理大臣がもっとも苦慮したとみられるのが、茂木幹事長の処遇でした。
茂木幹事長は、岸田内閣の看板政策である少子化対策や、補正予算案の編成などをめぐり、岸田総理大臣よりも先に方向性を打ち出すことがあり、首相周辺からは、「『ポスト岸田』への意欲を隠していない」として、幹事長に留任して力を持ちすぎることに警戒感が出ていました。
一方で、茂木幹事長を交代させれば、「ポスト岸田」への動きを活発化させるという見方もあり、難しい判断となっていました。
ただ、自民党の歴史を振り返れば、総裁選挙で現職の総理大臣に幹事長が挑んだのは、1978年に福田赳夫総理大臣と当時の大平正芳幹事長の間で争われて以降、ありません。支える立場の幹事長が立候補することには批判も予想され、岸田総理大臣には、来年の総裁選挙で、幹事長が現職の総理に挑むのは難しく、留任させたほうがいいという読みがあったとみられます。
さらに、選挙対策委員長には、茂木派から小渕優子・組織運動本部長をあてました。幹事長は、衆議院が解散された場合には選挙を取り仕切るだけに、同じ派閥内で一定の期待が集まる小渕氏を選挙対策の責任者にすることで、茂木氏をけん制するねらいもあったのではないでしょうか。ただ、小渕氏は、過去に「政治とカネ」をめぐる問題で閣僚を辞任しており、改めて説明責任が問われそうです。
(女性活躍を意識した布陣)
さらに新内閣の顔ぶれをみると、19人の閣僚の内、11人が初入閣となりました。女性閣僚は、上川陽子・元法務大臣を重要閣僚の外務大臣に、また当選3回の加藤鮎子氏をこども政策担当大臣に起用するなど、過去最多と並ぶ5人となっていて、衆議院選挙も念頭に、女性の活躍を意識した人事と言えるでしょう。
ただ、北朝鮮によるミサイル発射やウクライナ情勢など、緊張した国際情勢が続く中、外務大臣の交代にはリスクが伴うほか、こども政策担当大臣は、少子化対策の財源確保という難しい課題に取り組むことになります。5人の女性閣僚は、今後、具体的な成果が問われることになります。
さらに、連立を組む公明党からは、斉藤国土交通大臣が留任となりました。人事に先立って、自民党内からは、国土交通大臣のポストを公明党が10年以上担っていることに不満の声が出ていました。
ただ、自民党と公明党の間では、次の衆議院選挙に向けた東京都での候補者調整が難航し、他の地域への影響が懸念されていました。今月、岸田総理大臣が、みずからが主導する形で、公明党の山口代表との間で、東京都での協力を復活させることで合意したばかりで、公明党の求めに応じ、配慮を示しました。
こうした一連の人事で、岸田総理大臣は、いつでも衆議院の解散・総選挙を打てる構えを示した形です。
(秋以降の政局の焦点は)
では、秋以降の政局はどうなっていくのでしょうか。
来月下旬には、衆議院議員の任期が折り返しを迎え、議員心理としては、衆議院の解散・総選挙への意識が強まります。今後の政局の焦点は、岸田総理大臣が、総裁選挙の前に、衆議院の解散に打って出るかどうかに絞られます。岸田総理大臣とすれば、衆議院選挙で勝利することで、事実上、無風で総裁選挙での再選を決めたいという思いもあるとみられるからです。
(衆議院の解散が考えられる時期は?)
総裁選挙までに衆議院の解散が考えられるのは、いつになるのでしょうか。
もっとも早いケースは、来月22日に投開票が見込まれる衆参の補欠選挙と合わせて行う日程ですが、直近のNHKの世論調査でも、岸田内閣を支持しないという人の割合が高く、こうした状況で解散するのは難しいという見方が大勢です。
次に考えられる時期は、年末にかけて、年明け、そして来年度予算が成立した4月以降のケースです。
年内までの政治日程をみると、マイナンバーカードをめぐるトラブルの総点検の結果が11月末にまとまります。結果次第では、健康保険証を来年秋に廃止するスケジュールの変更を余儀なくなれる可能性もあります。
一方で、岸田総理大臣は、ガソリンや電気・ガス料金への対応も含めた物価高に対応する経済対策を来月中をめどに取りまとめ、その裏付けとなる補正予算案の編成を指示する考えです。補正予算を臨時国会で成立させ、物価高対策を実現させれば、国民にアピールできる材料となります。このため、補正予算の成立以降、衆議院解散の環境が整うという見方もあります。
一方で、年末が近づくと、看板政策の裏付けとなる財源確保について、結論を出すことが迫られます。
少子化対策で、政府は、今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保するとしていて、この年末に具体的な制度を固めることにしているほか、防衛費増額の財源を賄うための増税の時期をめぐっても、年末に政府・与党の議論が行われます。
国民負担にもつながる議論だけに、与党内では、結論が出る年末以降、衆議院の解散は容易ではないという見方があります。
岸田総理大臣としては、1つ1つの課題に取り組む中で、慎重に衆議院解散の時期を探るという難しい政権運営を迫られそうです。
(野党は)
では、野党はどう臨もうとしているのでしょうか。
野党第一党の立憲民主党は、国民民主党との連携を最優先に、小選挙区で野党候補を一本化する野党共闘を働きかけています。
ただ、今月行われた国民民主党の代表選挙で、与党との協調も排除しない玉木代表が再選され、自民党内から、連立政権入りも選択肢の1つだという声が出たことを受けて、立憲民主党と国民民主党との候補者調整は当面、難しくなったと見られています。
さらに、日本維新の会は、まずは野党第1党を目指し、積極的に候補者の擁立を進めています。共産党は、立憲民主党との選挙協力の可能性も探りながら、党勢拡大を目指しています。
緊張感のある政治状況を生み出すため、野党はどう対応すべきなのか。野党側の戦略も問われています。
今後の政局は、衆議院の解散・総選挙の時期と、来年秋の自民党総裁選挙の行方に焦点が移ることになります。ただ、年末に向けた政策課題が示すように、社会保障や悪化する安全保障環境への対応など、構造的な課題への取り組みは待ったなしです。
各党は、どれだけ説得力のある道筋を示すことができるのか。政局的な思惑とは別に、国会では、地に足の着いた政策議論を期待したいと思います。
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