NHK 解説委員室

これまでの解説記事

NTT見直し議論 どうなる巨大通信会社の行方

岸 正浩  解説委員

今、NTTを変えていこうという議論が活発になっています。総務省の審議会や自民党の作業チームが見直しのあり方について検討を始めています。通信を取り巻く環境が大きく変化する中で、日本を代表する巨大通信会社の行方について考えます。

j230911_1.jpg

【民営化の歴史とNTT法】

j230911_3.jpg

NTTは昭和60年、1985年に通信の自由化を受けて前身の日本電信電話公社、いわゆる電電公社が民営化されたのに伴い、株式会社として発足しました。当時はひとつの会社でしたが、その後、NTTデータ、NTTドコモがそれぞれ分離します。そして平成11年、1999年には持ち株会社と地域の電気通信業務を担うNTT東日本とNTT西日本などに分割・再編されました。
今回、焦点となっているのが民営化に合わせておよそ40年前に作られたNTT法という法律です。法律の対象は、持ち株会社やNTT東と西の3つの会社で、ドコモなどは入っていません。

j230911_4.jpg

NTT法では▼固定電話の全国一律のサービス、いわゆるユニバーサルサービスの提供が義務付けられています。また▼電気通信技術の普及のため、研究成果の公開を定めています。その上で、こうした業務を確実に行うために▼政府による株式の3分の1以上の保有や▼外国資本を株式の3分1未満とすることなどが盛り込まれています。
こうしたNTT法の見直し議論の背景には、国際的な競争力を高めたいという狙いがあるとみられます。

政府も動き出しています。総務省が有識者でつくる審議会を設置し、固定電話の全国一律のサービスの提供の義務、研究成果の公開などのNTT法の見直しについて議論を始めました。一方、自民党は作業チームを発足させ、防衛費増額の財源を賄うため、政府が保有する株式の売却を含めてNTTのあり方について議論を始めています。
自民党はことし11月をめどに政府への提言を、また、総務省の審議会は来年夏ごろに答申をまとめることにしています。

【見直しの対象①】

j230911_5.jpg

まず「固定電話の全国一律のサービス、ユニバーサルサービスの提供の義務」についてです。固定電話とは、メタルの有線回線、つまり銅線で作られた旧来型の回線を使います。NTT東・西の2社が担っていて、山間部や離島など人口が少ない地域を含めて全国であまねく通信できるよう張り巡らされています。この2社が日本全国の95%を保有しています。しかし、固定電話でサービスを提供するために2021年度にNTT東・西の2社は合わせて年間500億円あまりの赤字を計上しています。一方で、固定電話の契約者は、携帯電話の普及に伴い減少が続いています。昨年度末の契約件数は、1210万件とピークの5分の1まで落ち込んでいます。こうした事情があるものの、NTTは携帯電話会社のドコモなどを持っています。昨年度の決算でグループ全体の売り上げは13兆円、このうち10兆円はドコモとデータが占めています。中でも6兆円を売り上げるドコモの利益で固定電話のコストをカバーできるという考えもあります。しかし、頼みの携帯電話のシェアは、ドコモが発足した1992年には約60%だったのが2022年には約36%まで低下しています。格安スマホや他社との料金の値下げ競争が激しくなる中で、今後も高い収益を上げる企業であり続けることができるのかは不透明です。さらに研究開発費の負担が増す可能性があります。グーグルの親会社のアルファベットは3兆円を超えています。一方、NTTは昨年度で2500億円とその差は歴然です。世界的な技術開発競争が続く中でNTTも多額の費用が必要となるとみられます。こうした内外の環境変化で、法律で求められている固定電話の維持にかかるコストが重荷になっているという意見も、見直し議論の背景にあります。

【見直しの対象②】

j230911_6.jpg

もうひとつが「電気通信技術の普及のため、研究成果の公開が定められていること」についてです。NTT法が作られた際には、いわば国の会社ともいえる電電公社の技術力を引継ぎ、独占するのは適当ではないとされました。そこで研究をしっかりと続け、成果は広く活用するために海外事業者を含めて誰にでも原則、開示することが求められているのです。現在、NTTは「IOWN」という光の技術を使った次世代の通信ネットワークの開発を進めています。今後、メタバースなどの仮想空間で画像の大量情報をやり取りしたり、膨大な情報を集めたりするには、現在の通信ネットワークでは今後、限界がくると言われています。そうした中でIOWNはこれまでより高速で大容量のデータのやり取りができ、消費電力も大幅に抑えることができるとされています。半導体など関連する部品や製品も大きく進歩させることも期待されています。NTTはこの技術で通信の国際標準をとり、世界をリードしたいと考えています。しかし、今の法律では仮に海外のライバル企業に技術の開示を求められた場合、拒否できず、簡単に手に入れられることも考えられ、優位性が低下するのではないかという指摘も出ています。経済安全保障上の観点からも不安視する声も上がっています。また、法律があると、共同開発などで他の企業がNTTと手を組むことに躊躇し、競争力の強化の足かせになるという見方もあります。こうした環境変化もNTT法が時代にあわなくなっていると言われる背景となっているのです。

【将来に向けたNTTのあり方は】

j230911_7.jpg

携帯電話の普及率は今や90%超えています。旧来の固定電話の役割が薄れているのは理解できます。ただ、災害などの緊急時にどの地域でも安定的に通信ができる環境は、確実に確保しなくてはなりません。その際にNTTの持つ固定電話に頼るのか、地域によっては他の会社が持つ光ファイバーなどを活用するのか、コストはどうするのか、考えなければなりません。また、固定電話をやめると判断した場合、災害時に携帯電話が安定的につながる技術を確立できるのかも問われるでしょう。
そして、公正な競争環境をどう維持していくのか、しっかりと考える必要があります。NTTは多くの通信インフラから携帯電話事業まで保有しています。仮に政府が保有するNTTの株式を売却して民間色を強め、そのパワーで競争力を高めれば、他の通信会社にとっては公正な競争環境が損なわれるおそれがあります。
一方でNTTの民間色を強め、自由度を高めるのであれば、経済安全保障の観点から外資規制をどう行っていくのか、詰めなければいけない点が多くあります。
NTTの見直しは、日本の情報通信業界を変えるとともに、私たちの生活や災害時の安全にも関わる重要な問題です。経済合理性だけでなく、是非、公益性を含めた幅広い視点からの議論を求めたいと思います。


この委員の記事一覧はこちら

岸 正浩  解説委員

こちらもオススメ!